第67話 二度目の死なんて知りたくない!
たどたどしい言葉を話す少女。幼く無邪気で愛らしい、純粋無垢の——
はずだった。
振り返り、顔を向ける女の顔にそれはない。邪気を孕んだ悍ましい悪意を向ける。その矛先は目視不可能な俺とルディアに対して真っすぐと。
「な、なんで——」
当然、俺の思考は混乱した。ありえるはずのない事態を目の当たりにすればパニックになるのは当然——でもない。なぜなら俺は過去にも経験してる。こんな事態を、誰かに見つかる緊急事態を。
歪な姿勢で射線を遮るその者は、視線はそのままに改めて身体をこちらに向ける。ゆらりと弧を描く給仕服に華やかさはなく、怪しく揺らぐ薄気味悪さが勝る。
「まさか、あなたは——」
「その、まさか。あたしがあの程度の小細工に引っ掛かる間抜けと思ってくれたのは、不名誉だが僥倖ってもんだね」
流暢に話すその口調や言葉遣いは少女のそれとはほど遠い。嘲るような笑みを浮かべてはいるが、瞳孔の開く茶色目は依然、蛇のように鋭く狡猾で、冗談ともおふざけとも済まない強い意志を湛えている。
「こいつも、神なのか?」
「え、えぇ……。というか、キラが冷静さを保てているのは意外でしたわ。神に見つかる経験は初めてじゃないですものね」
一度目はアンジェリア。あの時は想像を絶する殺意を向けられて、心底怯えてしまったものだが。
「この女が——ショーコ。今回の転生者を生み出した転生神、ショーコ・ハレルヤで間違いない、はず」
「はず——って、ルディアはショーコと面識があるんじゃないのか?」
って、おいおい。自分で言っておいて、それは今に限った話じゃないだろう。ルディアはこの世界に来てから召使いの姿は見ているんだ。そこで気付いてない時点で、ルディアは召使いの姿をショーコと認識していない。
「あたしの本当の姿は誰も知らないんだよ。ルディアや神々に見せている姿でさえ仮のもの。ウン百億年と続けてきたから、それがショーコ・ハレルヤの真と認識してもおかしくはないがね」
ウン百億年って……ババアじゃねぇか! しかもあくまで仮の姿でウン百億年だ。真の姿で過ごした期間も含めれば、その長さは人間の俺には到底測り知れない。
「脇役なので失念しておりましたが、思えば不自然な点はいくつもあった。城へと戻ったあなたは誰にも相手にされていない。機密であるこの場に召使い程度の身分で同席している。そして王の台詞である、”我々四人の秘密”という言葉。あなたも含めれば計五人のはず。言い間違い程度と軽く受け流してましたが——あなた、”神の視点”を使ってますわね?」
ルディアの推理を突きつけられるショーコに焦りの色は見られない。なぜならこれは答え合わせで、既にショーコの目的は達成されてしまっているのだがら。
「ピンポンピンポォン! 名答! お見事! 大正解! ご褒美は——神々の罰だッ! 三人共々、恐ろしい神罰を下してやるよ!」
指を突きつけ処刑を宣告するショーコ。神罰と言えば神々しいが、実態はまごうことなき死の宣告。言葉の気迫に圧されてしまいそうになるが、そんな言霊に紛れてショーコは一つ重要な言葉を述べていた。
三人共々。俺とルディアの二人では?
「ま、待て! 三人って、残りの一人は!?」
「アンジェリアに決まってるじゃないか。あの白豚、いけしゃあしゃあとあたしに近寄りやがって。もともと疎遠な神々が、短期間に二度も訪れて、それを自然と思うはずないだろうよ」
確かに、この場にショーコがいて、アンジェリアから何の報告も無いとなると、その企みを看破していたことは容易に推測できた。しかし報告がないということはそれはつまり——
「お前、アンジェリアに何を——」
「してないよ。まだ、ね。腐っても才女だ。目的の為に戦うアンジェリアは骨が折れるからな。今頃はあたしのダミーと楽しくお喋りしてるだろうよ。その技術は——努力とかいう、もの好きのルディアには言わずもがな、だね」
神々の内情を語るショーコは見た目によらず、恐らく相当長生きをしているのだろう。ともかく現状、アンジェリアの身が無事だったということにはほっと一安心といったところだが、その安心は間もなく覆されてしまう。
「ちっ、裏をかいたつもりだったのですがね。しかしあまりにも早過ぎる。控えている者の存在を知り得なければ、到底不可能な早さでしてよ」
「そんなこと、少し考えれば分かるだろうよ。アンジェリアは恋愛以外では動かない。であれば誰かの好意を得るために動いているとしか考えられない。対象は——ルディアしかいないだろうが」
「知ってたの——?」
「舐めるんじゃないよ。あたしは女だ」
アンジェリアの好意。それは永きに渡り続いたものだが、ルディアがそれを恋愛感情だと気付いたのはつい最近。それまでは真逆の感情を向けられていると誤解していたらしい。だからそれを知るショーコを意外と思うルディアだが、端から見れば気付く者は気付いていたのかもしれない。
「勤勉なルディアよ、一つ勉強になって良かったな。残念ながらそれを活かすことは永久になさそうだけどね。天上の神々の審判が下れば、ルディアとて紙屑同然に消されておしまいなんだ。”あいつ”と同じ様になぁ!」
すると、空へ向かい輪を描くように指を動かすショーコ。この所作は知っている。それは異世界に移動する際にルディアが行う動きと同じもの。
「おい! 待たねぇか!」
「それは警察の台詞だよ。業深き罪人め——」
去り際の言葉を残し、ショーコは異次元への狭間に身を投じる。後を追おうにも瞬く間に閉じられるゲートの入り口。薄暗い洞窟には、ショーコを除いた面々が取り残される。
「これって、やばいんじゃないのか?」
「まずい、ですわね。それもかなり。ですが万事休すという訳でもない。ショーコの行き先は十中八九”天上界”。そして天上界へは直接ゲートを繋げることはできない。形骸化した防衛対策がここにきて役立つとは。全力で追えば、ショーコを止めることができるかもしれない」
「止めて、その後は?」
「説得か、今回ばかりは殺害もやむ負えないでしょう。”神殺し”のリスクはありますが、やらなければ結果は同じですから」
神殺し。聞くに堪えない悍ましい罪状だが、もはやこれは生死を分けた鬼ごっこ。若干の猶予はあるが、その時は決して長くはない。考える間もなければ、すぐにでもショーコを捕え、手段を選ばず口を封じなければならないのだ。
「そ、そうだよな。じゃあ俺達も急いでショーコの後を——」
「待ちなさい! その前にやることが一つ、残っているのですわッ!」
一刻の猶予も無いというのに、それでもなお、この場でしなければならないこと——
言葉なく歩み寄るルディア。無言の圧に一歩退きそうになるが、時間を掛けてなどいられないのだ。ぐっと堪えて迫るルディアに視線を合わせる。
すると、ルディアはその視線を遮るように掌を眼前に差し向ける。はてなにやらと、頭には疑問符が浮かぶが、その答えを率直に、簡潔に、あっさりとルディアは言ってのけたのだ。
「証拠を消す為にも、キラには再び死んでもらいます」
そうか。確かに事前に証拠を消しておくのは重要なことだ。
っておい!
待て、待て待て! 証拠隠滅の為に俺を殺すだって?
なんで? どうして? 言ってる意味が分からない!
まさかルディアは、俺が転生者を始末した証拠とでも言いたいのか? ルディアは犯人で、俺は凶器。凶器は記憶を有する人間で、調べれば物質以上に多大な証拠を得ることができるのは間違いない。
今回の転生者の始末は、幸か不幸か未遂に終わっている。万一ショーコを止められなかった場合、俺から余罪が漏れないように口封じを——
「これしか方法はないのです。どうか許して——」
「そんな、こんなのって……」
ようやく状況を理解したのも束の間。弁明も、命乞いをする間も無く、憐れむルディアの掌から目映い光が放たれる。
そして俺は——
あえなく二度目の死を迎えることになった。




