第66話 見ぃちゃった、見ぃちゃった
この世界に訪れてからというもの、景色や文化に驚きの連続が続いたが、中でもとびきりの感動と興奮を感じざる負えない存在感。伝説上の生き物を生で見て、幼い転生者と同じ反応をしてしまったことには気恥ずかしさを感じるが、大人だって映画や模型のドラゴンに興奮するだろう。冷静でいろというのが無理な話だ。
とはいえ、巨体と風貌故の静の迫力はあるものの、呼吸に合わせてゆったりと身体を上下に揺らすその姿から躍動感は感じられない。
「こやつは過去に我が城を襲撃してきたドラゴンでな。城の魔道士総出で動きを封じて捕らえたものの倒すことは敵わず、こうして今も牢に閉じ込めておる。魔道士殿、どうか貴殿の魔力で倒してはくれないだろうか。それで実力を測ることもできるじゃろうて」
王の言うことが本当かは分からない。ドラゴンの方から襲撃を加えたこと、倒せないから閉じ込めているということ。証拠もなければ、話せばそれが全てである。だが同じく証拠はないものの。俺には王の言葉が嘘であると、何故だかそんな気がしてならなかった。だが真実はどうあれ、転生者にやる気を出させるのであれば、そういう”設定”の方がやりやすい。
「えー、かっこいいドラゴンを倒しちゃうなんてもったいない!」
対して転生者の回答は子供らしい率直な感想だった。しかし幼いということ、それは無邪気さ故の残酷さを伴う。では、もったいなくなければと——
最も、その裏読みも歳を重ねる上での残酷さを孕む訳だが。
「し、しかしだな。このドラゴンは街を襲撃した際、魔道士殿のような子供達をもたくさん殺した残酷な——」「——なんだって?」
瞬間、空気が一変した。今の今まで無垢で無邪気だった愛らしい転生者の身体に、荒れ狂う魔力の渦が巻き起こる。
「そんなの——絶対ッ! 許さないッ!」
それは子供には似つかわしくない、殺意と憎悪に塗れた魔法力。王の話が真実ならば許せたものではないのは確かだ。だがしかし、これはいくらなんでも——
「子供が捻り出せるような感情じゃねぇだろッ!」
「…………」
居合わせる一同が慌てふためく中。ルディアは静かに事の次第を見つめている。その憐れみの眼差しは果たして転生者に対してなのか、ドラゴンに対してなのか。
荒れ狂う嵐の如き魔法力は洞窟全体を揺らし、よもや崩落を招くに違いない。王は慌てた様子で転生者を宥めるものの、怒りに震える転生者は全く持って聞く耳を持たなかった。
ルディアと同じく、ドラゴンの方にも動揺する様子は見られない。しかしそれは転生者を上回る力からくる、余裕に満ちた落ち着きではなく——覚悟。
怒る転生者を一瞥すると、静かに瞳を閉じるドラゴンには野生らしからぬ、人と同じ”死の覚悟”が備わっていた。長きに渡る監禁。数多の魔物の中でも知に優れたドラゴンには、自身の行く末がどうなるかなど捕らわれた時点から理解していたのだろう。
言葉を語らぬ以上は憶測に過ぎない。もしかしたら人語を解すかもしれないし、話せば真相と心情が分かるかも——
だが、そんな猶予は残されてはいなかった。転生者は心のままに力を暴走させると、後先構わず膨大な魔法力を解き放った。
その威力は凄まじく、金属製の檻すら跡形も無く消し飛ばしてしまう。爆音は耳を劈き、衝撃は逆方向にいるはずの俺の身体を宙へ浮かせた。
「ちょッ! やばいって——ッ!?」
遥か後方に吹き飛ばされることも覚悟したが、そんな俺の腕を掴むと自身の身体に引き寄せるルディア。神の守りは鉄壁で、ルディアの周囲を纏う力は、そよ風すらも感じぬ程に爆風を後方へと受け流した。
「あ、危なかった……。サンキュー、ルディア……」
「礼には及ばなくってよ。それより、目の前の出来事をしっかり目に焼き付けておきなさい」
指し示すルディアの指の先には、あらん限りの魔力で身を守る王と臣下、召使い、そして転生者の姿が残されていた。だがそこに哀愁漂うドラゴンの姿は既になく、死骸の一部も残さずに、痕跡という痕跡すらも消失してしまっていた。
俺の右手は輝きを放っている。力の出処は転生者に違いないが、その理由は理不尽な強さからなのか、憎悪を糧に殺害したからなのか、吸収した後では定かではない。しかしどちらであろうが効力に差はない。そんな力を手に、俺は改めて思う。
「ドラゴンすらも一撃で倒してしまう力の持ち主。それすらも始末できる転生者キラーって、不思議な力だよな」
「転生者キラーは魔力とは別次元の力なのです。いわば外部の力。無限の魔力を持とうが、億を超えるスキルを持とうが、全てを無効にするチートを持とうが、打ち切りという現実には抗えない。登場人物には覆すことのできない、究極の圧力が主人公パワーという力なのですわ」
結局改めたところで、凄いのかみみっちいのかよく分からない力だ。しかし、物語の主人公にとってこれほど恐ろしい力はないだろう。
「故に対象以外に当てても効果はゼロですわ。決して、物理的破壊力を持つエナジーではないのですから。さ、無駄話はこれまでにして早く終わりにしましょう。その後の仕事も残ってますしね」
「その後の仕事?」
「それは全てが済んでからお話します。では、裁きの時ですわ」
驚異の威力に茫然自失の王と臣下。そして、脇で静かに佇む召使いに当たらぬよう、転生者に向けて真っすぐに力を向ける。
これでようやく、彼は家族の元に帰れるのだ。
慈悲の気持ちから放出されたその力は転生者の背後へと迫り寄る。直撃すると共に光弾は弾け飛び、同時に転生者の肉体も無事、この異世界から消失し——
——ない?
確かに主人公パワーは直撃した。当たったからこそ弾けたのだ。しかし、当たったはずの転生者は、依然何事もなかったようにその背中を異世界に残している。
パワー不足?
実は主人公じゃなかった?
慈悲の気持ちが籠っていたから?
いや、違う。理由はとても単純。そもそも転生者に当たってなどいなかった。
弾けた主人公パワー。その光の残滓の残る空間に目を凝らす。着弾部分、徐々に弱まる光の煌めきの先に見えたものは——
手。それも幼い少女の掌。
その手は転生者の傍らから不自然な形で伸びており。とても偶然伸ばしたような姿勢には思えない。そんな召使いの掌が、俺と転生者との力の射線を遮っていたのだ。
「——え?」
「——ッ!?」
俺は心底間の抜けた顔をしていたと思う。対してルディアは驚きを隠せない。そんな二人を睨めつけるように振り向く召使い。口角はぐにゃりと歪み、見開く瞳孔は相手を捕えて離さない。
蛇の如き眼光を放つ少女らしからぬ少女は、口を開けば少女の如き言葉を口にする。
「見ぃちゃった、見ぃちゃった。かぁみさまに言ってやろ」




