第64話 続々 ショーコと愉快な子供達
その後しばらくの間は雑談が続き、特に核心に迫ることもなく集会は解散した。恐らく以降は転生者を交えての話となるから。
再び転生者の後を追っても良かったが、話の流れ的にもそろそろ城に戻ってくる頃合いだろう。ルディアと共に城内の入口付近で転生者の帰りを待つことにするが、その間に気になる点を一つ、尋ねてみることにした。
「転生者を始末しなければならないのは勿論だけど、ついでにこの悪者達もなんとかできないもんかな?」
転生者を利用して戦争をおっぱじめようと企む王国の者達。過去にルディアも話していたが、一方が悪なら、もう一方が正義になるとか、そういうことを言いたい訳ではない。戦争そのもの自体が悪い行いで、それを強行しようとするなら悪者と、そう言っているだけだ。
別段可笑しな質問をしたつもりはなかった。しかしルディアはきょとんと呆けたような面持ちで俺の顔を見つめている。
「えぇと——どの? 悪者の話ですか?」
そんなにも複雑な話をしたつもりはなかったのだけれど、ルディアはなぜだか合点がいってない様子だ。
「今、会議してた奴らだって。話の流れ的に分かるだろ」
「————キラが言いたいのは”戦争を止めよう”ということですか?」
暫くの間を置いて、再び分かりきった質問を投げ掛けるルディア。度重なる質問に少しばかりの苛立ちを覚え始める。
「だから! そうだって! 戦争は調和の真逆だろ。調和の為なのだとしたら、転生者だけじゃなく——」
「キラは、何か勘違いしてませんこと?」
勘違い? 俺の方が?
いやいや、質問の意図を理解してないのはルディアの方じゃ——
「私達は隣国との争いそのものを止めることはしません。転生者の利用はさせませんけどね。そもそも、戦争が悪行だと誰が決めまして?」
「いや、誰も何も、普通に考えたら——」
「その”普通”とは? 地球にある、日本で言うところの”普通”、ですか?」
「————え?」
なにやら唐突に質問の毛色が変わる。戸惑う俺を残して、ルディアは淡々と話を続けていった。
「だとしたら論外ですわ。この世界の倫理的な観点からズレていますから」
「ま、待てよ! 倫理を語るならなおさら——」
「ではキラ。少しばかり倫理のお話をしましょう。例えば百年後の日本からタイムスリップしてきた人間がいるとして、その者に——」
”肉食は動物の命を犠牲にした野蛮な犯罪”
”かっこいいや可愛いを男女で使い分けるのは不適切で差別用語”
「などと言われた場合、キラは直ちに共感し、それを正すことができますか?」
ルディアの話は戦争とは全く別軸の話だ。正直、何が言いたいのか疑問ではある。しかしそれを問うたところで話は進まない。
そしてルディアの質問内容。言っていることの意味自体は理解できる。しかし、意味が分かれば共感できるとは限らない。肉食については、ちょくちょく話題を目にする場面はあるが、結局のところ肉が好きなことは変えられない。男女で使い分ける言葉も差別と言われればそれまでかもしれないが、あくまで両者とも誉め言葉で、言われて不快に感じる者がいなければ別段変えようとも思わない。
「未来の常識を言われてもさ、今では普通なことだろ? そんなことを押し付けられたって変えられやしない——」
と、言うことで気付いた。言わされて、ようやく話の意図を理解した。ルディアの言いたいことは、”常識の押し付け”だと言うことに。
「そういうことです。あなたの思い描く常識と、この世界の常識は違うのです。戦争すらも異世界においては未だ普通で、それを部外者の私達が無理に正すことは調和を乱すことと同義なのです。そして私が最も危惧すること、それは——」
淡泊な口調で話すルディアであったが、ここでその様子が鬼気迫るものに一変する。その顔は使命に燃える、調和の神としての矜持を備えていた。
「転生者は腕ずくで常識の変換を実現できてしまうということです。対話だけならまだいい、しかし転生者の多くは力を行使することで、たった一人の偏った思想を異世界全土に波及できてしまう。だからこそ! 大いなる力を備え、かつ別世界の思想を持つ転生者は存在してはならないのです!」
ルディアは一瞬の激情を見せたが、その感情はまるで打ち上がる花火や台風一過のように過ぎ去ると、次の瞬間には穏やかな微笑みを浮かべたのだった。
「偉そうなことを言いましたが、私的なことを言えば戦争は無いに越したことはないのですがね。しかし、地球の人類が得た倫理は数多の歴史を積み重ねて至った重みのあるもの。それに絶対の答えはなく、様々な在り方を内包します。ぽっと出の、たった一人の人間の価値観で決まるものではありませんわ」
——それって——
「まあ、ある種私の解釈もキラに押し付けている訳にはなりますが、あなたは転生者であり、神の世界を知りうる者。であれば同胞で、同胞ならば意志の統一は必須。私の思想に”共感”しろとまでは言いませんが、始末を進めていく上でも”理解”はしておくのですね」
ルディアって、意外と個々の在り方を大事にする。もちろん決めつけも多い。転生者に対してはそれがより顕著だ。だがそれは神としての建前で。
ルディアは先程さらっと”私的”と言った。公的なルディアが鬼畜で尊大なら、私的なルディアは——
「さ、倫理の時間はお仕舞です。どうやら転生者が戻ってきたようですから」
ルディアが送る視線の先には転生者が立っていた。傍らには迎えに寄越した者がおり、更にその三歩後ろを控える様に召使いが転生者の後に付いている。
合わせて、先程の集会にいた最も位の高い、恐らくこの城の王と推測される男もホールに姿を現した。
「ただいまぁ!」
「戻ってこられたか。魔道士殿! 早速だが少し話がしたいのじゃが、良いかの?」
気さくな態度を見せる王の顔には、気味の悪い作られた笑顔が張り付けられている。子供は感受性が高く敏感かもしれない。しかし反面、偽りを見抜く経験は大人と比べて圧倒的に乏しい。
「わかったぁ!」
王の真意も知らずに無邪気に後を着いて行く転生者。その理由は推して知るべし、隣国との戦いについてのことだろう。もちろんその内容は一方的に隣国を悪者だと仄めかす、偏向的なものに違いない。
だが、そんな国同士の陰謀は俺達には関係ない。悪巧みなんて、いかなる時代にも少なからずあるものだ。片一方を見る俺達からすれば、この魔導国家が大悪で、隣国は憐れに見えてしまう。
しかし真実は——隣国の方こそ、より凄惨で醜悪な計略を企んでいるかもしれない。それを知る術を俺達は持っていないし、知る必要もない。
余計なことを考えすぎた。俺にできることは、転生者とその両親を救うこと。ただそれのみ。それだけをシンプルに考えればよかったのだ。
「よしッ! やってやるぜッ!!」
「わっ!?」
ガタッ!
心を新たに気合いを注入したつもりだったのだが、唐突な言動に思わずルディアは飛び上がる。
「ちょ、ちょっと! なんですか!? 驚かさないでくださまし!」
予想外に驚かしてしまったようだ。大分激しい物音がしたように思えたのだが——
振り向けば存外ルディアは平静に戻っており、さして動揺している様には見えなかった。じっとりとした眼差しをこの俺に対して向けている。
「わ、悪い悪い……」
「まったく——」
だがその時は気付かなかった。
気合いの雄叫びに反応したのは、ルディア一人ではなかった。ということに——




