第62話 ショーコと愉快な子供達
アンジェリアがショーコから聞き出した世界。行方不明の男児がいるかもしれないその異世界は——
まさに異なる世界。
前触れで魔導国家と聞いてはいたが、それは想像を遥かに超えて魔法の世界を目に見える形で体現した国。
見渡せば目に留まる色彩豊かな草花は、風に揺られて歌を唄う。それは決して比喩的な表現ではなく、声量を伴う肉声は陽気なアイリッシュを奏でる。噴水ではその合唱に合わせて清らかな水が飛び交い、意志を持つかのように自在に形を変えては澄んだ水面へと還っていく。
見上げる空には物理法則に反して浮遊する島々が点在し、科学的根拠の不可解な水量の水が滝のように地上へと流れ落ちる。その島々を縫うようにして、生物学的にはありえない鯨の群れが悠々と空を泳いでいるのだ。
人々はその不思議な世界を演出するいわば役者といったところ。各々が個性豊かなローブを身に纏い、箒に跨り空を飛ぶ。その足跡には飛行機雲の如く、蛍のような淡い光が漂い、七色に煌めきながら地上へと降り注いだ。
一言で言うならば”幻想”。まさにファンタジーでしかありえない。幻想的な景色に感嘆の溜め息が漏れ出る。
「不思議——だなぁ。まるで夢の中にでもいるみたいだ」
「私もここまで凝ったものは初めて見ましたわ。きっと国のイメージ戦略なのでしょう。華やかさで居住者を呼び込みつつ、他国には膨大な魔法力を誇示をする。一見すれば無駄遣いとも思える魔力の使い方には、そんな意図が隠されてるのでしょうね」
子供のように心踊らせる俺に対してルディアは冷静に分析を始める。この女神、妙なところでテンションを上げては、上げるべき場所で落ち着いたり。
けれどこれは経験故の違い。ルディアにとって新しいゲームや漫画は新鮮で、俺には新鮮な異世界はウン億年と見飽きたものだ。
澄ましたルディアと共に異世界の街並みを歩く。王国の召喚の儀というだけに、恐らく転生者は王族の関与する施設にいる可能性が高い。まず目指すは、その中枢である城——
なのだが、本来あるべき城らしい城はそこにはなく、あるのは宝石と水晶で造られた巨大な建物。いや、厳密に言えば城の形は成しているのだが、それを一括りに”城”と称してよいものなのか。そう思わせるほどに、今までに見た他の城とは一線を画した神秘的かつ稀有な建物がそこにあった。
そんな稀なる城へと向かう道中。それもまた見飽きることのないファンタジックな街並みで、妖精が商うレストランでは輝く鱗粉が店内を彩り、ドワーフの営む工房では槌を下ろす度に魔力の粒子が弾け飛ぶ。それらは見上げる夜空のように瞬き、流れ、そして儚く消えてゆく。
正直、写真の一つにでも収めて永久保存しておきたい気持ちに駆られるが、そんな悠長にしている暇はないしルディアが許すとも思えない。名残惜しくも、瞼にしっかりと焼き付けながら先を進んでいく。
「ここに、例の転生者がいるのか――」
ようやく辿り着いた城門の前、うっすらと光を帯びる扉には魔法の力が感じられる。それがどう扉に作用しているのかは不明だが、扉に手を伸ばすと——
ゴゴゴゴ……
僅かに指先が触れただけで、重々しい音を立てながら扉は自然と開いていく。
「魔力を使った自動扉か。さすが魔導都市——」「違いますわね」
言いかけたところで口を挟むルディア。彼女の瞳は開いた扉の隙間、その先の城内を見据えている。
「魔力で開けているのは正しいですが、これは内側からの力。そして——ついに相まみえる瞬間、ですわね」
友達でも無ければ知り合いでもない。話したこともなければ顔すらも知り得ない。それでも探し続けた、会いたいと願った転生者。それが今ここに——
「行くよぉおお! 早く街を見てみたかったんだ!」
快活な呼び声と共に城から駆け出してきた子供。クセのあるブロンドを靡かせて、好奇心に溢れる碧瞳を爛々とさせる。日本人離れした容姿だが、その年齢は六~七歳いったところ。そして微細な魔力しか持たない俺ですら、はっきりと目に見えるほどに立ち昇る金色の魔力。
一目で直感した。目の前の子供こそ、魔道士として生まれ変わった転生者で、行方知れずとなった男児に違いないということに。
「待ってぇ! 魔道士様! 置いてかないでぇ!」
城外へと駆け出す転生者を追うようにして一人の幼い少女が姿を表す。小綺麗な身なりはしているものの、その容姿は使用人としての服を着用しており、王族ではないことが伺える。
それはいわゆるメイドというもの。遊園地にドレスを着ていく子供よろしく、見ていてとても愛らしいものだ。
「いかにも、あの女が好みそうなキャラクターですこと」
「あの女って、転生神のことか? たしか、えぇと」
「ショーコ。転生神のショーコ・ハレルヤですわ」
今回の転生神。今までにない、新しく聞く名前だ。アンジェリア曰く子供を主に転生させる神。二人はやっかんでいたが、それだけを聞くと善良な神様のような気がしてならないが。
「ショーコは子供ばかり転生させているんだろ? つまりは子供好きの神様ってことだよな。調和云々は抜きにして、良い奴っぽそうにも思えるけどな」
すると憐れむような眼差しを向けるルディア。掌を返すとやれやれといった様子で息を吐いた。
「知らぬが仏といったところでしょうか。ものは言い様ですわよ。例えるなら、”子供好きの教師”なら教職に向いた素晴らしい人間だと思いませんか? ですがこれが”ロリコンの教師”ならどうでしょう。教職に就かせるべきではないというのが一般的な考え方でしょうね。広義で言えばショーコも勿論子供好きです。ですが同時に、修正不可の重症患者でもあるのですわ」
た、確かに……
ロリコンもショタコンも、広い意味で言えば”子供好き”なんだよな。世の物事には限度があり、そのラインを越えると狂気の域に達してしまう。アンジェリアの恋愛観なども似たようなものだ。
「神であるショーコに性的な感情まであるのかは不明ですが、彼女の目指す理想郷はよほど性的興味の方が人間らしいと思えるほどに常軌を逸しているのです。もっとも、私もアンジェリアも、気に入らないのは単にショーコの人間性の方なんですがね」
他人の人間性を否定できるほどに、二人ができた神様かと言われれば正直疑問だ。細めた視界から疑惑の眼差しをルディアへと投げかける。
「何か言いたげな顔ですわね。大方予想は付きますが、まあ良いでしょう。とにかく奴は決して良い奴などではない。加えて、最も許せない理由があるのですッ!」
「な、なんだよ。それは——」
胸の前で固く拳を握りしめるルディア。その手は怒りで小刻みに震えている。よほど許せないことなのだろう。調和に関わる重要な事柄なのかもしれない——
「それは——」
ごくり……
「ショーコにはファンが存在することですわッ! ぺらぺらの胸! メリもハリもない寸胴体型!! ショーコは自身の容姿も幼いのです。ですがそんなショーコにはファンが多い。私のグラマラスボディの方がよほど魅力的だというのにッ!」
おいおいおい。
まさかルディアがショーコを嫌う理由って……
「だから! あいつはいけ好かないッ!!」
「私怨じゃねぇかッ!!」
まったく。調和や平等を語るのかと思いきや、ここにきてふざけたことを抜かしやがって。でもま、この方がルディアっぽいっちゃルディアっぽいけどな。
呆れ、踵を返して転生者の観察に集中する。
そんな俺を、ルディアは背後でじっと見つめていることなど露も知らずに——




