第59話 続 おこちゃま転生者を始末ですわ!
笑顔に溢れる一家族。その中心、夫婦に抱かれる転生者を追って俺とルディアは尾行を開始する。古い街並み、といっても衛生的に汚らしいという意味ではなく、趣のある古びた街道をゆっくりとした歩調で進んでいく。
暫く歩いたところで、道脇にある小さな家に夫婦は入っていった。その間赤ん坊は静寂そのもので、てっきり寝静まっているのかとさえ思いもしたが、存外瞳はぱっちりと母親の顔へと向けている。
「静かでいい子だな」
「黙っていることくらい誰でもできるでしょう。赤ん坊に見えても精神は転生前相応なのですわよ」
そう言われればそうなんだけれども。
赤ん坊となるとどうしても見た目に惑わされてしまうな。
もし仮にこの赤ん坊が例の行方不明の男の子だとしたら、その年齢は六歳相当ということになる。だとしたら赤ん坊の様に泣き喚くことはしないと思うが、それでも年端もいかぬ子供が突然訳の分からぬ場面に陥っては、その心を襲う不安は計り知れない。
静かに、黙って、見知らぬ母を見つめる赤ん坊の心境を察すると、目には自然と熱いものが込み上げてきた。
「共感するのはご自由ですが、例の子供と決まった訳ではないですからね? きっと、キラのことだからそんな風に考えているのでしょうけれど」
一撃で俺の想いを看破するルディア。いや、ルディアが凄いというより単に俺が分かりやすい奴なだけなのかもしれない。赤ん坊も俺みたいに、何を考えているのか分かりやすければ良いのだけれど。
「ど、どちらにしろ! 早く現実世界に帰してやった方がいいだろ!? 現実では家族が待っているかもしれないし、この世界の夫婦も——」
って、あれ?
「キ、キラ……?」
果たして——
この赤ん坊って、肉体に宿るタイプの転生者なのか?
それとも、肉体を生み出された転生者なのか?
「キラ? 落ち着いて聞きなさい?」
悪役令嬢は実在する異世界の令嬢の肉体に、転生者の魂が宿るタイプだった。なぜなら転生前に悪役であった事実が必要だから。故に始末しても、異世界から元の身体までは消失せず再び本人の魂が戻る。だけど今回のケースはどうなんだ?
「キラ! 話を——」
「ちょっと、黙っててくれ!」
司祭の言葉からも、母親はたぶん赤ん坊を産み落としたのだろう。であれば、突如この異世界に赤ん坊の肉体だけが現れたのではない。拾い子ではないはずなのだ。そうなのだとしたら、悪役令嬢同様に肉体に宿るタイプの転生者だと思いたい。
しかし、もし胎児の時点から生み出された転生者なのだとしたら——
母親のお腹に肉体を宿した転生者なのだとしたら——
始末と同時に、赤ん坊の肉体はこの世界から消滅することになる。
そうしたら、そんなことをしてしまったら……異世界に残る両親はどうなるんだ? この赤ん坊は例の行方不明の子供と決まった訳ではない。だけれども、俺がもしこの赤ん坊を始末したのなら、現実世界と同じように我が子の行方不明に涙する両親を作り出すことは間違いない。
それって……あんまりじゃないか! 腹を痛めて、ようやく愛する我が子と顔を合わせることができた両親。そんな尊い親心を、精神だけが宿る転生者ということに賭けて始末するだなんて、そんな博打……打てる訳がない!
この転生は”悪質”だ。強い訳では無いが、過去最高に最悪の、反吐が出るほどに悪質な転生。繰り返すが、仮にもし赤ん坊が例の行方不明の子供だとしたら。どちらに転んでも親から子を奪い取る結果にしかなりえない。
「転生してもらった俺が言えることじゃないけど……転生神というのはやはり、あってはならない存在なんだな……」
「キ、キラ……」
恨み、憎しみ、嫌悪。後ろ暗い想いが心の内にぽつりと沸き立つ。それは燃える様に心の中に広がると、あっという間に憎悪の炎を滾らせた。
「はじめて、転生神の存在そのものに殺意が沸いたよ。ルディアだけは別だってことは知ってる。だけど一度は感謝したアンジェリアだって、ルディアを追い詰め、他人の精神を奪い取るような行いを平気でしてきたような——」
「落ち着きなさい!」
侮蔑の言葉を吐く俺の身体を、ルディアは咄嗟に抱き寄せる。
「心を闇に落とすのではないのです。私だって似たような考えを持ってますが、恨みで闘ってはなりません。私は調和の為、あなたは自身の憧れる正義の為——」
これが普段の俺ならば、抱かれようものなら顔を真っ赤にして動揺していることだろう。だか、この時ばかりはルディアに抱き寄せられることで不思議と安堵していた。燃え盛る憎しみの炎は次第に弱まり、聖なる光が心の闇を照らしている——そんな気がしたのだ。
徐々に落ち着きを取り戻したことを肌で感じたのか、ルディアは力を緩めると、そっと俺の肩に手を添えた。
「アンジェリアは、今後無闇やたらに転生させないことを私と約束しましたわ。それで今までの罪まで晴れるとは決して思いません。ですが、それでも彼女は反省して、少しずつ前に進んでいるのです。ましてや”転生という罪”は天界においては”良きこと”とされてます。気付くのは中々に難しいことなのですわ」
「…………」
「主人公は間違えたりもするけれど、反省して強くなっていくもの。それがキラの思う熱い生き方ではなくって?」
「そう——だね」
慈しむように抱擁し、愛するように人を諭す。
その所作はまるで女神。慈愛に満ちた、神様に足る神聖な振舞いであった。
「なんだかさ、女神っぽいことしてるじゃん」
「失礼ですね。ですが元来は鬼畜ですから、そう思われても仕方ありませんか」
無邪気な微笑みを向けるルディア。だがその心の内は、きっと俺の心境を気遣っているのだろう。
「それにしても、今回の転生者は一体どうしたら——」
そう、心に落ち着きは取り戻したものの、依然この事態に変化はないのだ。今回の始末が賭けることのできない博打だということには変わらない。しかしそんな俺の不安は余計だったようで——
「ご安心なさい。今回は悪役令嬢同様に、赤子の魂を乗っ取るタイプのものですわ。魂を戻したところで、本来の赤子の魂が再び宿るだけなのです」
「な、なんだよ。そうだったのか……だったら先に言ってくれよな」
「途中何度も呼び止めたでしょう。まったく、キラは早とちりな奴なのです」
そういえば、ルディアは何度も俺の名を呼んでいたし、それに対して黙れと言ったのも俺だ。
やれやれ、頭に血が上っていいことなんて何もないな。
「安心したけど、だとしたらそれはそれで、元の赤ん坊の魂の為にも絶対に元通りにしてやらないとな!」
そうですわよ! と、はつらつに返事をするルディアの顔は眩しく輝き、心の隅に残る小さな闇をも消し飛ばしてくれたのであった。
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心の取っ掛かりも無くなり、やる気と笑顔を取り戻したキラ。だけども——
ルディアの先の発言は嘘だった。
悪役という過去が必要なその性質上、魂を宿すタイプの転生者はほぼほぼ令嬢に限られる。十中八九、今回の転生者は肉体ごと異世界に転生しているに違いない。故に始末すれば、赤ん坊の肉体は異世界には残らない。現実はご都合主義とはいかないのである。
そしてルディアは——
始末の瞬間と同時に、自ら転生者を創り出すことに決めた。
世界中で起こる死産の赤子の魂を、目の前の赤ん坊そっくりに似せて作った肉体に宿らせて。目的外の転生者を創るなど彼女の矜持には反するし、ましてや親子の情に流されて肩入れしてしまうなど、平等を口にする者として失格である。
それでも、これが現状の最善手であることは間違いなかった。実際は親子への情というよりも、ルディアはもっと大切な者を守りたかったのだ。
キラの心を壊さないように。
私の大切な、はじめての転生者。
億を越える年月守り抜いてきた誓いを捨てるのだ。後ろめたい気持ちが無い訳ではない。だがしかし、目の前の男の子が明るく素直でいれるなら——
自分の矜持など安いものだと、ルディアはそう思ったのである。




