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第5話 魔法学校あるある

 キーンコーンカーンコーン


 耳に届く旋律。それは学生にとって馴染み深い音。俺は再び異世界に飛ばされたはず、なのに何故ここでも始業のベルが? その目を開き周囲を見渡す。



挿絵(By みてみん)



 そこは、確かに学校といえば学校、であった。

 だが学校と一言にいっても、地球にだって様々な種類の学校がある。小学校や中学校、大学や専門学校に至るまで。


 しかしだ、目の前に広がる光景は、そのどれをとっても比類なき個性を醸し出す。火を灯した照明、不可解な術式や図形の描かれたボード、怪しげな道具や薬品の数々。それだけならば、何か怪しい研究を行う施設とも見て取れる。


 だが、室内を闊歩するのは、白衣と眼鏡がお似合いの研究員や学者ではない。この場を学校と断定するに相応しい者。その者達が、部屋の中にはひしめき合っていたのだ。

 

 それは、子供。

 俺より一回りは幼いであろうか。そんな年頃の子供達が、この奇妙な部屋の中には存在した。子供達はみな一様にローブを着て、とんがり棒を被り、杖を持ち歩く。それはまるで、映画に見るような魔法学校を想起させるもの。


「一応聞くけど、この場所って……」


「お察しの通り魔法学校ですわ。どうやらここが今回の舞台のようですわね」


「おいおい、ようですねって。波動とやらを感知して、ここまで来たんじゃなかったのかよ?」


「あくまで転生者のエネルギーを大まかに感知して訪れたに過ぎないのですわ。結果どこに行きつくかなんて、私も全く存じ上げないですもの」


 マジで言っているのか?

 それじゃあ毎回事前に作戦を練る訳でもなく、行き当たりばったりでやっていくしかないのかよ! 先行きが不安過ぎる……


 そんな不安を隠しきれずにいた様子を察してか、ルディアは腰を折るように曲げると、明るく元気付けるような微笑みで俺の顔を覗き込んだ。


「人生とは先の見えない旅と言いますし、それが醍醐味であり、面白くもあるでしょう?」


 うん。

 いいこと言ってるようで全然関係ないよね?


 気を取り直し、改めてこの奇妙な部屋の中を見渡してみる。

 変わっているのは間違いないが、いかに珍妙といえどその場の雰囲気が全て整えば、かえって俺達が場違いに見えてしまうのだから不思議なものだ。ルディアの力の範囲内にいなければ、こちらが変人と騒がれること請け合いだろう。


 何事もなく日常を過ごす学生達。侵入者がいることにも気付かずに、普段通りに着席しはじめる。どうやら先程のチャイムが始業の合図だったようで、それに合わせて教師と思わしき人物が、どこからかふわりと教壇に降り立った。まるで魔法のようだと感じたが、事実魔法なのであろう。


「皆さんおはようございます。早速ですが、今日からこのクラスに転入生が入ることになりました」


 ざわざわざわ……


 教師の話を聞くや否や、やにわにざわつき始める生徒達。

 かっこいいかな? 可愛いかな? 出身は? 成績は?

 何のことはない。転入生というイベントから鑑みれば、現実世界にもありうるようなざわつきだ。こういう些細な反応は世界が変わっても一緒なんだなと、妙な親近感が沸いてくる。


「では、入ってきてください」


 古めかしい教室の扉が乾いた音を立てて開く。当然視線は一斉に集まる訳だ。その耐え難い注目、緊張感。入室した転入生の顔は強張り、動きも固まりぎこちなく――


 と、いうことはなく、その顔はなんともいえない間の抜けた表情。やる気のなさそうな顔、と言った方が良いかもしれない。

 既存の生徒達の学生らしい反応とは打って変わって、妙に子供らしくない態度をした男の子が現れた。



挿絵(By みてみん)



「どうも、今日からこの魔法学校に通うことになりました。宜しくお願いします」


「アレ、ですわね」


 入室してから挨拶するまでの一連の行動。たった一分にも満たない流れの中で、ルディアは何かを察したようだ。


「え? アレって?」


「魔法学校への転入、やる気のない脱力系の見た目。間違いないですわ! あの転入生こそ今回の標的、転生者なのですわ!」


 おいおい、確かに初日から緊張感も無いのは不自然だが、だからといってイコール転生者というのはさすがに早計すぎではないだろうか。何より俺の思い描く主役は、こんな陰気なタイプではないのだ。


「主人公ってのは熱血だったり、活発だったりするものだろ? ああいうタイプはむしろ脇役の役目じゃ……」「甘いですわ!」


 言い切る前に言葉尻を捉えんとするルディア。

 せめて言い終わった後に指摘をいれてくれないかな?


「熱血活発だけが主人公だなんて懐古も懐古。こういうスカした奴が主人公を張ることも、往々にしてあるのですわ!」


「そ、そうなんだ。でもそんな主人公、俺は嫌……」「キラの嗜好なんてどうでもいいのですわ!」


「…………」


「そんなことより、よく見ておきなさい。この転生者の末路は大体予想がつくのですわ」


 強引に物事を進めていくそのスタイルは、まるでどこぞのガキ大将だ。

 えぇと、この転生者の末路といったか?

 正直言っている意味は良く分からないが、とりあえず言われるがままに転入生の観察を始めることにする。


 一通りの挨拶と自己紹介を済ませ、転入生は予め用意された席につく。周囲の生徒は身を乗り出して声を掛け、離れた生徒も視線はきっちり転入生へと向いていた。

 これが特殊な状況であることは確かだろう。だけど、違和感があるかと言われれば、そんなことは決してない。転入生の初日なんて大体こんなもの、むしろ自然と言えるだろう。


「観察眼が足りないですわよ」


 特に不審な点はないと油断するが、それを逃さずルディアは突っ込みをいれてくる。


「確かにチヤホヤする学生達の方に異常はありませんわ。ですが見てみなさい! 転生者のあの顔を!」


 好奇の眼差しを向ける者。ひそひそと内緒話を始める者。そんな興味深々な学生達ばかりに目が向いてしまっていたが、当の転入生本人は、澄まし顔。


「あー、だね……」

「そう……かもな……」


 気のない返事をする転入生。

 悲しい過去を持ち、感情を失ってしまったのだろうか?

 そういう設定を、転入のタイミングで試みようと決心したのであろうか?

 下手をすれば興味ないね、とも言いかねないその佇まい。


 とはいっても、決して悪口を言っている訳ではないのだ。嫌味さえも。なのに何故だか、俺の心にはある一つの感情が芽生え始めていた。

 何だろう。この胸の奥でふつふつと沸き上がる気持ちは。形容しがたいが、その気持ちは決してプラスの感情ではない。


「どうです? 感じますでしょう? あれが脱力系主人公特有の、イラっとする態度なのです!」


 そ、それだ! 心の内に引っ掛かるような、胸の奥底がもやもやするような。言われて気付いたが、この負の気持ちの正体は苛立ちだ!



挿絵(By みてみん)



「ふふふ、少しばかり右手が光り始めましたわね。開始早々イラっとさせるなんて、主人公にはあるまじい行い。主人公なら皆に好かれなくては!」


 前回得た主人公パワーという謎の力。

 主人公らしくないことを発見すれば得られるというものだが、その輝きは前に比べると少し弱い。アドレナリンを一気に放出されるような、情熱的な熱さも今は特に感じない。


「でも、まだまだですわね。吸収できる量はその行いの内容によって変動する。らしくなければない程に、多くのパワーを得ることができるのですわ。せいぜい今ので得られたのは『百』主人公パワー程度、始末するにはまだまだ足りないのですわ!」


「ちゃんと戦闘力みたいな数値が存在するのか!?」


「適当ですわ。二度と使うことはないでしょう」


「…………」


 数値っていいよね。

 インフレしがちだけどさ。


「でも! そしたら残りはどうやって溜めていくんだ? 今みたいに少しずつエネルギーを集めて、倒せる量まで溜まるのを待つのか?」


「心配には及びませんわ! 観察はとても大事でしてよ。掲示されたこの世界の暦と時間割から察するに、次の授業は実技。さぁ! 恒例のイベントが始まりますのですわ!」



挿絵(By みてみん)



 ざわざわざわざわ……


 いよいよ始まる実技演習。場所は屋外にある広場だ。実技というからには実際に魔法を放つ訳で、危険と判断しての屋外ということだろう。


 校内の広場であれば校庭と言いたいところだが、目の間に広がる光景は、とても日本でいう校庭とは比較にならない、原野同然の空き地であった。もちろん彼らは陸上競技をするわけではないので、これで十分演習場としては機能する。


「では皆さん、これから魔法の実技演習に入ります。前回同様に的に向かって、火炎弾ファイヤーブレッドを唱えてください」


 教師の指示に合わせて学生達は列を作り始める。

 行うことが魔法という点を除いては、現実世界の学生にも見られる何の変哲もない行動。ルディアは実技演習に何かしらの期待を持っているようだが、果たして一体。


 そんな疑問に首を傾げた時、的の先にある校舎が目に映った。


「そうか、分かった!」


「ほぅ……」


「転生者は強いんだろ? つまり的はおろか、その先の校舎まで吹っ飛ばしてしまうとか! そんなことしたら大変だ! 主人公っぽくないよな!」


「全ッ然違うのですわ!」


 なんの躊躇いもなく即座にNOと断言する。

 少しは溜めてくれてもよかったのに。


「期待した私がバカでしたわ。いいこと? 仮にも主人公が、そこまでの大惨事を引き起こすはずがありませんわ。そんなことをすればすぐに、巻頭から巻末に移ってジ・エンドですわよ。もっとも、ギャグ漫画だとしたら話は別ですがね」


 そう言われてしまうと何も言い返せない。確かに多少のミスはともかく、校舎ごと吹き飛ばしてしまったら、校内の人物を殺傷してもおかしくない。

 それこそ怪我や破損も一コマ後には全快してしまう、ギャグ漫画でしか頻発できない表現だよな。


 そんな的外れな推理をしている間に、転生者の方にも動きがあった。


「じゃあまずは転入生の君! 君は今日から転入してきたが、ファイヤーブレッドを使うことはできるかい?」


「まぁ……一応……」


 ちっ……

 相変わらずイラっとする返事だ。一応ってなんだ、一応って。使えるなら使えますでいいだろうが。


「ではまず君からやってみよう。なぁに、最初はみな上手くいかないものだ。的に当てられただけでも大したものだよ。まぁ、気楽にやってみてくれ」



「完全に、振りですわね」



 え?

 ルディアが何か呟いた、ような気がした。目の前のやり取りに気が向いていたのでよく聞こえなかったが、フリって言ったか?


 呼ばれて前に出る転生者。無造作に腕を的に向かって差し向けると、皆に注目される中で指示された魔法を唱え始めた。


 実はこの俺、転生キラは魔法には一切詳しくない。当然だろう。ゲームとしての知識はあれど、それはあくまで架空の設定であり、実際に生で見たことなんてある訳ないのだから。


 だけどそんな俺でも今回の演習で使われる魔法、そして転入生に試させる程度の魔法。

 大した威力の無い初歩の初歩で、ファイヤーブレッドというくらいなのだから、小さな火の玉でも飛び出すもの。少なくともその時の俺はそんな風に考えていた。自身の考えを女神に否定されたのだからなおさらだろう。

 しかし実際は――



「ファイヤーブレッド!」



挿絵(By みてみん)



 転生者の詠唱と共に放たれる火炎弾。

 それは轟音と共に、荒れた地面を抉りながら勢いよく飛んでいく。そして、強大な火炎弾が直撃すると、凄まじい業火が的を跡形もなく焼き尽くした。


「す、すげぇ威力だ……」


 初めて見る魔法に驚嘆しつつ、俺は自身の思い込みを反省した。異世界には異世界の常識があり、現実世界の常識など当てはまらないのだと。

 日本のように安全な国とは限らないのだから、学生の演習に使われる魔法だって、実用的かつ高威力なものが選ばれるのかもしれない。


 そう考えを改め直し、クラスメイトの方へと視線を戻す。するとそこには、俺の反応と全く同じに、あまりの威力に教師すら含めて唖然とする滑稽な光景が広がっていた。


 どうやら、演習には初歩。という当初の思い込みは間違いではなかったらしい。


 とはいってもだ。確かに凄まじい威力ではあるが、ルディアの言うように校舎を吹っ飛ばしたりだとか、人を巻き込んだりはしていない。

 単に威力が強いだけなら主人公らしくないとは言えないし、前回の転生者のように理不尽な強さかどうかというのも分からない。

 なぜなら転生してばかりの状況と違い、これまでの転生者の軌跡が分からぬ以上は、その力が恩恵に依るものなのか、はたまた真っ当な修行によるものなのかを断定しようがないからだ。


 結局この演習で何が分かる訳でもなく、一体何を期待していたのかを尋ねるべくルディアの方へと振り返る。

 だが、その疑問は喉まで出かかるも、声に出すことは叶わなかった。



挿絵(By みてみん) 



 俺に再び生を与えた神。

 果たして、本当に女神なのだろうか、それとも、死神なのでは……


 この視線、この表情。前にも見たが、やはりとても善良な神とは思えない。物事が計画通りに進んだ時、ある人は全身で喜びを表現し、ある人はグッと拳を固める。

 だがこの女神はこうなのだ。ニヤリとひっそりほくそ笑む。凶兆を孕む、美しくも歪んだ冷血な笑みで。



「言うわ、言うわよ――」



 何を?

 そう感じたものの、百聞は一見に如かずだ。俺は結局何も聞かず、改めて校庭へと視線を戻した。


 周囲は唖然とし静まり返る。常識を遥かに超えた威力を目の当たりにして、誰もが言葉を失い、大口を開けて呆けていた。

 その場面を見た転生者は、皆の反応が意外だったのだろう。片腕で頭を掻きつつ、したり顔でその口を開いた。



挿絵(By みてみん)



「あれ? 俺、何かやっちゃいました?」



 ブチッ



 その瞬間! 俺の右手が強烈な光を放ち始めた!



「キマシタワァアアア!!!」



 鼓膜が破れんばかりの大声量に、反射的に叫び声のする方の片耳を塞いだ。ルディアはそんな仕種にはお構いなしに解説を続けていく。


「あれこそ! 脱力系転生者最大の特徴! 何に驚いているか分かりそうなものなのに、そこでシラを切る嫌味さ加減! 転生神『テヘペロン』の大好物なのですわ!」


 既に片耳の聴覚がイカれてしまい、ルディアの言葉は聞こえてこない。

 だが、正常なもう片側の耳から更なる追撃が鼓膜を、いや、心を揺さぶる!


「やっぱり俺の魔力……弱すぎましたかね?」


 まったく……

 人をイライラさせるのが上手な奴だ!

 

 トドメの言葉が怒りのヴォルテージを限界まで引き上げていく。


「さぁ! やっておしまい! 奴の言霊で得た力で、奴自身を粉砕、玉砕するのですわぁああ!!」


 ゆっくりと、真っすぐに。

 光り輝く右の掌を転生者に差し向ける。

 そして肺の奥深くまで大きく息を吸い込むと……



「やっちゃったのは……」



「貴様のその台詞だぁあああああ!!!!!!」



挿絵(By みてみん)



 ルディアに負けず劣らずの咆哮で放たれた、圧倒的な主人公パワー。それは先の火炎弾など比にならない、莫大なエネルギーを湛えた裁きの鉄槌。

 その力が転生者の身体へ突き刺さると、まるで火炎弾を浴びた的の如く――


 転生者の身体を炭も残さず、粉々に消し飛ばした!

 


「ヤリマシタワアァアアアアアア!!!!!!!」



 本日二度目のバインドボイス。もう俺の鼓膜のライフポイントはゼロなんだけどな。


「大喝采なのですわぁあああ!!! スカした中二病転生者を始末して、これで今日もご飯が美味しいのですわぁあああ!!!」


 相も変わらず鬼畜な発言ぶり。既にそれに慣れ始めてしまった俺も俺でどうかと思うが。だがそれはさておき、一つ気になる点が頭を過った。


「これで転生者は異世界では消滅したけど、実際は転生前の世界に戻ったんだろ?」


「えぇ、戻りましたわ。記憶も綺麗さっぱり消えた状態で」


「それなら良かったけど、あいつは転生前はどんな奴だったんだろう。日常生活に戻って、今後は大丈夫なのかな?」


「そんなのはあなたの気にするところじゃないですわ。でもま、あまり興味はないですが、魂を見れば奴がどのような人物だったかは一応分かりますわね」


 口先を窄めると、少し面倒そうな顔をして目を瞑る。どうやら転生者の魂とやらを覗いているようだ。


「えぇと、彼はいわゆる社畜と言われる人間だったようですわね。転生理由としては割と上位に当たりますわ。どうやら連勤一か月での過労死で転生したようですが」


 突如その目を見開くルディア。

 その瞳は荒れ狂う時化のように渦巻いている。


「甘い! 本来人生は一度きり! 転生するなんて百年早いのですわ!」

 

 転生者なき後、静まり返る校庭の中でただ一つ。ルディアの女神とは思えない邪悪で高らかな笑い声が、この異世界に響き渡っていた。








挿絵(By みてみん)

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