第58話 おこちゃま転生者を始末ですわ!
「じゃあね、キラくん」
「うん! また明日」
学校を終えて、いつもの公園の前。交際関係にはあるものの毎日共に学校を行き来する程度の間柄で、これみよがしに手を繋いでいちゃラブすることもなければ如何わしいことなど何一つしていない。端から見ればなんともピュアな関係性が続くが、俺にとってはそれで充分。つうかそれが限界。
だが、そんな俺でも今週末にはマヒロとのデートの約束に至ることができた。そこで何か進展があるかどうかは分からないが、一つ言えることは——
アンジェリア様様であるということ。
伊達に恋愛の神は名乗っていない。最も、アンジェリアの導きがあった全ての人間が幸せになれたかどうかは甚だ疑問ではあるが。
だが俺は対価としてルディアとの間柄を保つことを約束している。前にはアンジェリアが買った呈にして、チーズケーキをルディアにくれてやったが、それで此度の恩を返しきれたと思うほど俺も薄情な男ではない。さて、次は何を協力してやるべきか。頭を抱えながら歩いていると――
ドンッ
うっかり、前に立つ人にぶつかった。完全に自分の意識の欠落が要因。慌てて頭を下げ、上目遣いで相手の顔色を伺うと、そこに立つのは見慣れた容姿。
「な、なんだよ。ルディアか――」
「なんだよとはなんですか。知り合いにならぶつかっても構わない、ということはないのですわ」
「わ、悪かったよ。だけどこんな場所で一体……って、まさか! 例の子供が見つかったのか!?」
謝罪の誠意に不満があるのか、頬を膨らませるルディアは少し不機嫌な様子であったが、溜めた空気を一息吐くと事の次第を語り始める。
「いいえ、違います。例の件をアンジェリアに依頼したのは確かですが、実際の調査はこれからです。単純に、転生者の反応を感知したので呼びに来ただけですわ」
ルディアは異世界へのゲートを作り出すと、中に入るように俺を促した。期待が外れて残念な気持ちは否めないが、あくまでこれはこれ、それはそれ。
とりあえず言われるがままに異次元への空間に足を運ぶ。ルディアも後に続いて、共に転生者のいる異世界へとダイヴする。
「気合を入れたいところだけど、なんだか頭がもやもやするな。心に引っ掛かりがあるというかなんというか」
「しゃきっとしなさい。それに、この反応が例の子供という可能性もゼロではないのですから。とはいっても、宝くじの高額当選より確率は低いでしょうがね。そもそも転生したのかどうかも不明なのですし」
言っていることは厳しいが、やはり今回はいくらか転生者のことを気に掛けているような気がする。神にも感情がある以上、口では平等を述べつつも、”子供”に対しては特別な感情があるのだろうか。はたまた——
行きついた先は教会だった。古びた建物の上部には、シンボルとなる十字が青空を四方に切っている。のどかな街並みにぽつんと佇む街の教会といった雰囲気で、仰々しい程の荘厳さは感じられない。
だが、ところどころ丁寧な補修が施され、教会を囲うように彩られた花々を見る限り、街の人々には愛されている場所なのであろうと理解できた。
「神の私には相応しいスタート地点ですわね」
「崇めている神はルディアじゃないだろうけどな」
小さな舌打ちが聞こえたような気がしたが、気にしない気にしない。
それはさておき、いつも通りであるならば転生者はこの近くにいるはず。ぐるりと周囲を見渡すと、教会に向かって歩く二人の夫婦らしき男女が目に入った。なぜその二人が夫婦と感じたかというならば、女性の手には大事そうに抱えられている”何か”をくるんだ布があり、隙間からは顔だけが覗いていて——
「お、おい……赤ちゃんだぞ! まさか例の子供が——」
「ちょっと待ちなさいってば。子供なら子供に転生するとも限りませんし、早合点し過ぎなのですわ。そもそも、その赤ん坊が転生者かどうかも分かりません」
確率は低いと頭では分かっていても逸る気持ちを抑えきれるものではない。ルディアには嗜められたが、直接本人にでも聞いてしまいたいくらいだ。それが普通の赤ん坊であったのなら、俺は頭のおかしい奴になってしまうが。
しかし、赤ん坊の方ばかりに目がいってしまったが、よくよく見れば夫婦の様子が少しおかしい。一見すれば仲睦まじく歩く幸せな家族の一ページといったところだが、その顔は幸福に包まれるものではなく真剣そのもの。更に言えば、不安を押し殺すような陰すらも見え隠れする。
「あまり穏やかな様子には見えないけど、まさか赤ちゃんに深刻な事態でも?」
「近からずといったところですわね。現状が深刻というより、深刻になるかもしれないと言った方が正しいでしょう。そのことに不安を抱えているのです」
一瞬頭に疑問符が浮かんだが、要は何かの検査みたいなものだろうか? 病院の診断やテストなど。不安を抱き、結果が分かれば深刻になるものは往々にして存在する。ルディアはその正体に感付いているようだが。
「何かの、結果待ちっていうことか?」
「おぉ! 鋭いですわね! ですがそれも遠からず。検査自体もこれから、結果もこれから。今から行われるのは神の洗礼。”適性判断”というものですわね」
久々にドヤるルディアの口からは聞き慣れない言葉が発せられる。
「適正……なんだって?」
「”適正判断”ですわ。ここは異世界であり、キラのいる世界と違うことは既に存じていると思います。魔法が存在し、スキルが存在し、レベルや能力値が存在する。ですがそれらの能力を知るにはどうしたらよいのか。キラも転生時に私が解説をしなければ、”転生者キラー”の能力を持っていることなど知る由もないでしょう?」
「まぁ、それはそうだろうね」
存在を知らなければ使い方も分からない。偶然発動し気付くにしても、相手が主人公らしいかどうかを測ろうだなんて、生涯を通じてするかしないかといったところ。つまり、教えてもらわなければ宝の持ち腐れということだ。
「それらを伝えることが教会の役割です。もちろん異世界によりけりで、そういう世界もあるというに留まりますがね。恐らく夫婦は、生まれた子供の適正を調べる為に教会を訪れているのでしょう。結果次第で子供の人生は大きく左右されますから、気が気でないのも当然ですわね」
能力値が優れていれば優秀な戦士になれるかもしれない。いや、戦いだけじゃなくて、スローライフ転生者のような生活面で役立つ能力もあるのだろう。それによって、子供の将来は決定されると言っても過言ではないのかもしれない。
最も、生まれた直後に人生の大筋が決まるなんて、そんなネタバレを俺はあまり好ましく思えないが——
俺達がいることには気付かず、夫婦は目の前を過ぎ去り教会の中へと足を運ぶ。一歩一歩が重く緊張した足取り。知りたいけど、知りたくない。そんな矛盾した気持ちが二人の様子からありありと伝わってくる。
そんな二人を祭壇に立つ司祭が見据えている。新たな生命の誕生を祝福するような慈愛の微笑みを浮かべているが、これが神か悪魔か——
もちろん司祭に悪意なんてものはこれっぽちも無いだろう。だが夫婦にはきっと、意図の読めない不気味な嗤いに見えているに違いない。
「お待ちしてましたよ、ご両親。健やかなる神の子が生まれましたね。早速、神託をお聞きしてみましょう」
「神託ってことは、この場合は神様の誰かがお告げでもするのか?」
「いえ、あくまでこの世界のシステムですわ。そのシステムを神託という呈にしているだけ。わざわざ生まれた子すべてにお告げをする勤勉な神などいないでしょう」
もう、君たちのこと神様って呼ばなくてもいいかな?
大事に抱きかかえる我が子を恐る恐る司祭へと差し出す母親。今にも泣きだしそうな顔付きで、すがるような眼差しを司祭に対して向けている。父親は既に見ていられないのか、両手を胸の前で組むと瞳を固く閉じて祈りを捧げている。
司祭は赤ん坊を受けとると、祭壇へと振り返り高々と頭上に掲げた。その振る舞いは神聖で厳かなものであったが、これが単なるシステムだとするとなんだか少し興醒めである。
「おぉ、なんと! あなた方の赤ん坊は稀に見る才の持ち主です! 希少な魔法やスキルをいくつも。加えて基礎魔力量も桁違いです!」
神託を聞いた司祭は、赤ん坊の潜在能力を興奮気味にまくし立てた。その言葉にもちろん夫婦も歓喜する。女性の方は緊張の糸が切れ安堵したのか、よろよろ崩れる様に床に座り込んでしまった。
だがしかし、そこから導き出される答えも一つある。それは、この子供が転生者であるということ。稀に見る才能、高すぎる魔力量。それはきっと転生で得た力であるに違いない。
「これで赤ん坊が転生者ってことで間違いなさそうだな」
「そうですわね。ただ一つ……いえ、二つでしょうか。大きな問題があります」
「問題?」
転生者が判明したにも関わらず、腕を組むルディアは左右の眉を歪ませる。
「どうやって”らしくない”ことを探すかという点ですわ。彼らにはこの先、壮大なストーリーが待ち受けているのかもしれませんが、成長するのは数年から数十年後。そこまで待つのは中々難儀ですわね」
確かにそれは問題だ。果たして赤ん坊のままストーリーは進むのだろうか。それとも成長した後での話なのだろうか。
ストーリーが中々始まらないことを”らしくない”要因にしようとしたことは過去にもあった。だがそれはあくまで成熟した者に対しての事柄であり、幼少期シーンを省く物語というのは数多く存在する。子供の成長シーンの差し込みが主人公らしくないというのは少し筋が違うかもしれない。
「生まれたばかりなのに理不尽に強いってのはどうだろう?」
「それも司祭の言葉だけですから、ね。実際に稀な力を見なければなんとも」
うーん、困った。
だが、手詰まりという訳でもない。まだ何も観察をはじめてはいないし、転生したのであれば前世の記憶が残っていると考えられる。赤ん坊のままの姿でも、何か”らしくない”と感じれる事柄を起こす可能性はあるかもしれない。
「じゃあ、二つ目の問題ってのは?」
先程、ルディアは問題を一つから二つに訂正した。彼女が言うからにはそれなりのことなのだろう。事態の大きさに身構えていたが——
「それは——いえ、私の勘違いでしたわ」
「え? はぁ?」
覚悟していた分、拍子抜けである。まあ、問題がないのならそれは結構なことなのだが……
しかし言葉とは裏腹に、ルディアの顔には後ろめたいような薄暗い陰があるのを感じた。




