第57話 仲直り
人を小馬鹿にするような態度を取るキラ。思いつく限りの悪態をついて家から追い出すと、ルディアは静まりかえる玄関に一人佇む。
「リスクばかりが目立つというのに、私も随分とぬるくなりましたね」
転生者の始末。厄介なアンジェリアも丸め込み、順風満帆とはいかずとも危なげなくこなせるようにはなってきた。だが、今回手を出す行方不明の子供が転生者であるのなら、それは恐らくショーコの転生者である可能性が高い。
アンジェリアとショーコ、この二人には勘付かれたくないと始末の当初から感じていた。両者とも感が鋭いのが特徴だが、アンジェリアは野生の勘とも言うべき理屈抜きの感情タイプなのに比べて、ショーコのそれは理論が備わる。
アンジェリアは論破しようが通用しない根拠のない疑惑が厄介だったが、反対に証拠を握られても覆せる感情のブレがあった。しかし、ショーコにそんな感情の揺れ動きは期待できない。バレてしまえばジ・エンド。とってつけた誤魔化しなど一切通用しないだろう。
だがしかし、いつかは転生者を根絶やしにする必要はある。ショーコの転生者にも遅かれ早かれ手は下さなければならない。であるのなら、今回はいい機会なのかもしれない——
と、ルディアは自身の行動が正しく、平等であると信じ込むかのように自らを正当化する。
少しの躊躇いはあるものの、すぐに実行に移ったルディアは神々の住まう天界へと向かう。行き先はアンジェリアのテリトリー。そのまま直行できれば楽なのだが、天界および天上界というのはゲートを通じてひとっ飛びということができず、固定の場所から各所に向かう必要性がある。
理由は太古の名残から。過去に悪魔と争っていた時代、ゲートを通じて内側から侵攻されないよう外部からの入り口を制限したのである。
翼を広げ、雲の海を渡るルディア。道筋は否応なしに身体が覚えた。今でこそ害という害はないが、それでも”ここ”を訪れると当時の記憶が蘇り、次第に気分が悪くなっていく。
深紅に染まった、相も変わらず薄気味悪い空間。
「まさか……ルディアの方から私に会いに来てくれるなんて——」
テリトリーの住人、アンジェリアは居心地の悪そうにするルディアに恍惚の眼差しを向ける。
「まったく。キラといい、今日は気色の悪い視線にさらされてばかりですわ」
そんな憎まれ口も、目の前の女にとってはご褒美同然。突然の訪問に歓喜するアンジェリアは、早速ルディアをもてなす準備をしはじめた。
「さぁルディア、この椅子に掛けて? せっかくなんだから、ゆっくりお話しましょお? あ、でもぉ、いきなり激しくっていうのも私は全然構わないわぁ。私をルディアの好きにしてちょうだぁい。ちなみにお出しするのは紅茶でいいかしらぁ? ルディアはお砂糖いらなかったわよねぇ? あとケーキの用意もあるのよぉ。ルディアの好物のチーズケーキ。いつルディアが来ても良い様に、毎日毎日毎日毎日用意してるのよぉ。結局今までのは全部駄目になっちゃったけどぉ、今日が良ければそれでいいのぉ。あ、全然怒ってないのよぉ? むしろ幸せ、ルディアの好物を前にしているという時間がとっても有意義で幸せだったのぉ。それと香りは——」
「お口にチャァアアアック!」
言われるがまま、アンジェリアは即座に口を一文字に結んだ。
「長居をするつもりはありませんわ。アンジェリアには一つ、頼みごとがあって来たのです」
”長居はしない”の一言に、まるでこの世の終わりを見るかのように肩を落としたかと思うと、”頼みごとがある”のフレーズを耳にするや諸手を挙げて嬉々とするアンジェリア。たったの二言でここまで情緒が様変わりするとは、なんとも忙しない奴だとルディアは呆れる。
「実は、ある者に探りを入れて欲しいのですわ。できまして?」
「あなたの頼みを断る訳ないじゃなぁい。でぇ、一体誰なのかしらぁ?」
愛する者の頼みごとなのだから、アンジェリアにとっては負担に思うどころか心底喜ばしいことであろう。だからこそ、ルディアはその名を述べることが憚られる。普段なら彼女に微塵の容赦もするつもりはないが、なにせ今回は相手が相手——
「転生神、ショーコ・ハレルヤを探って欲しいのです。具体的には、あの女が昨夜に転生させた者がいるかどうか、それを調べてきて欲しいのですわ」
名を聞くや否や、途端にアンジェリアの顔が強張る。お得意のうすら寒い笑みは消え失せ、眉根を寄せて怪訝な表情を浮かばせた。
「——はぁ。よりにもよってショーコなのね。私、あの女好きじゃないのよぉ。独善的で、全部自分が正しいと思ってる。見た目はお子ちゃまで魅力に欠けるし、その癖偉そうにしてるから話してて気分が悪くなるのよねぇ」
そんな不満を漏らすアンジェリアも、他人を卑下できるような高尚な人格の持ち主ではない。というより、今現在もかなり問題のある人柄であることは否めない。更に言うと、神々というのはみな誰しも我が強く高慢だ。もちろんそれはルディアも例外ではないし、彼女自身もそのことを自認している。
しかしそれを踏まえても、アンジェリアの言うショーコに対する印象にはルディアも同意であった。議会中やそれ以外も含め過去にショーコと話をしたことは何度かあるが、彼女は自身の行いが絶対の正義だと信じきっているのだ。
「あんまり気乗りはしないけど、やらせてもらうわぁ。私は恋愛にしか興味がない奴、周囲にはそう思われているらしいもの。否定はしないけどね。でもまぁ、お陰様で転生者の始末に関わっていると疑われ辛いかもしれないわぁ」
「…………」
「あらぁ? どうしたのぉ? 急に黙りこんじゃって——」
「いえ、あなたのことだから、てっきり見返りでも求めてくるかと思いましたわ」
その言葉に、アンジェリアはお得意のいやらしい嗤い——ではなく。
予想に反して、爽やかなで清々しい微笑みを浮かべた。
「私はね、”真実の愛”を求めるの。そうすることにしたの。愛する者からの頼みに見返りを求めるのは、うまく言えないけど、”違う”でしょお?」
永き時を生きると、自分を変えるのは難しい。それはたった百年ぽっちを生きる人間ですら起こりうること。経験が増えるごとに、新鮮味は薄れ、物事への対処は画一化されていく。それが億を越える時を生きる神々ともなれば推して知るべし。
しかし、アンジェリアは懸命に自分を変えていこうと努力している。努力するなんて馬鹿らしいと、他の神々の嘲笑の的になることは請け合いだ。
そして、残念ながら彼女の言う”真実の愛”は永久に報われることはないだろう。そう思いつつもルディアは、世界を変える神の力を有しながら、自身を変える決断をしたアンジェリアに過去の自分が重なって——
(ま、仲良くしてあげるくらいは、してあげても良いかもしれないですわね)




