第56話 NEXT STAGE
休み明け、身支度も済んだところで朝食を摂りにリビングへと向かう。扉の先にはルディアの姿。既に朝食を摂り終えた彼女は、コーヒーを片手に肘を付き、ぼんやりとテレビを眺めている。
「おはよ」
「お早う」
互いに顔も向けずにそっけなく挨拶を交わすと、席についてトーストを齧る。五月蠅い部分ばかり切り取っているが普段の会話は大概にしてこんなものだ。いがみ合っているとか、決してそういう訳ではない。
垂れ流されるテレビ番組。何気なく目を向けているだけで、特に内容は頭には入ってこない。ルディアもきっと同じだろう。朝の陽気に、ただぼうっと、脳が活性するまでひたすらに虚無の時間を過ごして待つ。
『昨夜、伊勢甲斐町に住む六歳の男児が行方不明になり、警察が行方を捜索しております——』
「かわいそうに、無事に見つかるといいわねぇ」
母の声が耳に届いた。そのことで、目を向けているはずのニュースにようやく意識が向きはじめる。自称人気女子アナを気取る、三十路手前の女性アナウンサーから画面が切り替わると、そこには行方不明になった男児の両親が泣きながらにインタビューに答える映像が映し出された。
痛ましいニュースだ。早く子供が見つかるといいけど——
と、今までの俺ならばそう感じていたことであろう。だが今は立場上、どうしても”行方不明”という言葉が引っ掛かる。
「これって、まさかな……」
「いや、可能性はゼロではありませんね」
ルディアの言う可能性。それは”転生”もしくは”転移”の可能性のこと。行方不明とされる子供は実は異世界に飛ばされており、それを危惧した俺の考えがあながち的外れでもないということだ。
「何か、見つけてやる術はないのかな?」
「それが出来たら、毎回転生者を探すのに苦労はしないのですわ」
難しいということは分かってはいたが、何もしてやれないという残念な気持ちは拭えない。肩を落とした俺は再び画面に視線を送る。
画面越しに映る素性も知れぬ一つの家族。だが、それが見知らぬ家族だとしても、やはり目に映る者は助けたいと思うのが人情だ。それが、幼い子供なのだとしたらなおさら。
「たすけ——」
「えっ?」
何かを言いかけて口を紡ぐルディア。こめかみに指を当て、少しの間考えるような仕種をした後に、再びその口を開いた。
「子供を転移転生させようというのなら、真っ先に思い当たる転生神はいますわ。私が直接コンタクトを取るのは危険ですが、今はアンジェリアという都合の良い駒もいます。彼女に、探りを入れさせてみることにしましょう」
「ル、ルディア……」
子供の捜索に協力的な姿勢を見せるルディア。もし、子供が転移転生しているのであれば、異世界から現実世界に帰さなければならない。それはルディアの役割としては適当であり、俺の願いとも一致する。だから捜索を試みる発言をしたというのが妥当だろう。
だが俺には、それが子供を助けたいという気持ちを汲んでくれたようにしか見えなくて——
「な、なんですか! その愛玩動物のように潤みキラキラとした眼差しはッ!? 気持ちの悪い視線を向けるんじゃないですわ!」
羨望の眼差しを向ける俺を罵倒するルディアの顔は、ほんのりと赤みを帯びている。
「だってよ、子供を助けるのを協力してくれるんだろ?」
「単に、アンジェリアを使った転生者の捜索方法を試してみたくなっただけです。一個体への情けで行うのではないのですわ。しっかりと肝に銘じておくんなさいまし」
変わらず鬼畜風な発言を続けるルディアだが、それはきっと照れ隠しで、終始にやけ顔を続ける俺に憤慨したルディアは更なる罵詈雑言を浴びせてくるのだった。
心地の良い暴言を背に家を後にする。そもそも転生などしていない可能性もあるし、これで確実に子供が救われると確定した訳ではないのだが、それでも前に進んでいるという心持ちは、気分を晴れやかにしてくれる。
そんな晴れ晴れとした青空の如き心の中に、一枚の花びらが舞う。いや、花びらなんて儚いものではない。大空いっぱいに掛かる虹のように、俺にとっての煌めく希望の架け橋。
「おはよッ!」
「おはよ! 朝から元気だね! キラくんは——」
待ち合わせた公園の桜の木の下。ここから先は、マヒロと共に学校へと向かう。気の知れる親友。大切な彼女。そして、そんな特別な日常へのチャンスをくれた女神。
転生キラは恵まれた人間だ。普通を生きていた頃の俺はもういない。
通学路の途中、赤信号で立ち止まる。その交差点では児童らが上級生に手を引かれて横断歩道を渡っている。
「今朝のニュース、あのくらいの小さな子供なんだよね。可哀そう——」
目に映るのは無邪気に笑う子供達なのに、それが行方不明の児童と重なったのだろう。ぽつりと呟くマヒロの横顔には、やり場のない悲哀が感じられる。
「早く、見つかるといいね——」
俺の特別は幸福だ。今の自分の方が好きだし、慢心することなくこれからも努力は続けていきたい。だけど、例の子の特別は幸福なのか?
俺は特別に憧れを抱いたけど、”特別”って、プラスにだけつけられるものじゃない。もし転生していたとしても、そうじゃないにしても、報道されるほどの失踪なんてものは普通の人間は味わうことのない特別な事柄だろう。
普通だった頃の自分。それは多くの特別な者にとって、羨むべき幸福な人間だったのかもしれない。
二人並んで、神妙な面持ちで子供達を眺める。明るく元気な子供に向ける表情ではないのだから、それはそれは怪しい者達に見えたことであろう。可憐なマヒロは良いとして、俺一人でジッと見つめていた日には、警察に事情を聞かれでも——
そんな思いが頭を過った直後、ふいに肩を掴まれる。慌てて振り返る様は余計に不審さを煽り立てるが、そこに立っていたのは——
「なんだよッ! 朝から暗い顔して、どうしたんだっつぅの?」
「ト、トウマか……ビビらせんなよ……」
偶然二人を見つけたトウマ。邪魔をするつもりはなかったらしいのだが、あまりに深刻そうな二人の面持ちを見て声を掛けることにしたらしい。どうやら俺とマヒロの仲を心配しているように見える。
見当違いなことに不安を抱くトウマの様子を見た俺とマヒロは、互いに顔を見合わせてくすりと笑う。それを見て首を傾げるトウマに、今朝のニュースの話題を投げかけた。
「なるほどね。そりゃあ暗い顔にもなるわな。でも、俺らが気にしたって仕方がねぇよ。確か伊勢甲斐町での事件だろ? 距離的にも、捜索を手伝ってやることだってできねぇよ」
「そうなんだけどさ——」
そうなんだけど、だがこれに異世界が絡んでいるのであれば、それはどこの者であろうと助力することはできない。いや、俺にしか解決できないことなのだ。
再び難しい顔をして考え込んでいると、腰を折り、頭一つ上にあるトウマの顔が俯く俺の面を覗き込む。
「そんな暗い顔ばっかしてんじゃねぇっつの。てっきり別れ話かと思ってヒヤヒヤしたぜ。ま、問題無さそうで何よりだよ。たく、羨ましい奴だぜ」
「はっ、お前以上に恵まれた奴なんているのかよ?」
トウマは天才だ。見た目もいいし、頭もいいし、運動神経だって抜群だ。社交性もあるし、愛嬌もあるし、誰もが羨む人間である。
「人の幸せは、他人に置きかえることはできない……」
そう呟くトウマの顔には、少しだけ陰があるように見えた。
「トウマ……お前……」
「ほぅら、また暗い顔してっぞ! マヒロも笑ったキラの方が好きだよな?」
「うんッ!」
即答するマヒロは、満面の笑みを咲かせた。予期せぬ突然の開花に思わずのぼせ上がってしまうが……
なにやら話をはぐらかされたような気がしないでもない。
「じゃ、おじゃま虫はここいらで退散するとして。マヒロッ! 時には俺にもキラを貸してくれよなッ!」
そう言って、先を駆けていくトウマ。時々声を掛けても、彼女と遊んでばかりなのはお前の方だろうと言ってやりたいが——
「当分は、誰にも貸さないもん」
呟くマヒロは、そっと俺の手を取り指を絡ませる。
そりゃあ、こんなこと言われた日には交友関係がおざなりになるのも無理はない。




