第53話 続々続 TSF転生者を始末ですわ!
「創造……魔法……」
万物を超越する壮大さを彷彿とさせる神々しい語感。だがルディアはそれを、最低最悪と言う。
「名前だけで凄そうだとは感じるけど、一体どんな魔法なんだ? スローライフ転生者の精製していた農具や空き瓶とは違うもんなのか?」
「”創造魔法”とは、頭に思い描いた物体や生物を創り出す魔法。キラの言う転生者と近いと言えば近いですが。あちらはあくまで等価交換。決定的に違う点は、質量保存さえも無視してるということ。かなり厄介な事態になってきましたね」
聞く限りではかなりチートな魔法だ。スローライフ転生者の時も回復薬の戦争利用を危惧していたが、同様の事態を招きかねないということか。
「そうだな。たかが石鹸ならともかく、回復薬まで創られちまうとな。早いところ始末しないと。周辺で争いが起きてなければいいが——」
「キラ、違うのです。あなたの想像を遥かに超えて、創造魔法は危険なのですわ」
「なんだって?」
ルディアの声質がいつになく重い。目を開かずとも、その深刻さは耳を通してありありと伝わってくる。
「今は自覚なく石鹸一つ生み出した程度ですが。もし、創れるものに際限が無いとしたら、それに気付いたのだとしたら。それは、計り知れない程に文明を破壊するのですわ」
文明を、破壊だって? 確かに調和は大きく乱れるかもしれない。本来の世界の筋書きからは大きく外れてしまうことは否めないだろう。だが——
「創り出す魔法なら、むしろ文明を生み出すんじゃないのか?」
「文明とは、人知が進み、世が開け、人類を通して豊かになっていくことを言うのです。決して、個人が生み出し続けるものではないのですよ。キラの言う”たかが”石鹸でも、そこに携わる者の人生は大きく捻じ曲がることでしょう。材料を扱う者の人生は? 製造する者の雇用は? 石鹸に限らず、武具や食物にも置き換えられます。何でも作れる転生者、ですが経済のコントロールまでできるのですか? 創造魔法は等価交換無視のコストゼロ。真似をしたところで商売の敗北は目に見えてます」
「確かにそうだけど、全てを賄えるほどに転生者が生み出せれば——」
「それこそが文明の崩壊と言っているのです。たった一人に依存した世界など、文明もクソもあったものではないのですわ」
それは、まずいかもしれない。かもじゃない、絶対的にまずい。
今後絶え間ない努力の末に発明をする人物はその全てが泡となる。今を生きる者は生活の基盤を無くし破滅する。破滅する人達を転生者が恵み救ってやったとしてもだ。そこにはきっと努力なんてものは存在しない。全てを創造魔法に頼る堕落した世界。人々が生きる努力を失った社会は、いつかきっと崩壊する。
「異世界転生にはよく見られますが、創造魔法ではないにしろ、自作の回復薬などで大儲けするような転生者は大勢います。
ですが、その裏では必ず誰かが不幸を見てる。既存の回復役を製造する者、販売する者。神は転生者を憐れんで命を、そしてチートを与える。ですがなぜ、大半は交通事故などのドジで死んだ転生者が恵まれて、清く正しく生きてきた異世界の住人が突如不幸に見舞われなければならないのですか?
大局を見れない転生神は屑ですわ。安直に蘇らせて、偽善心に満たされて。死んだ者などありのままにしておけばいいのです。死者に翻弄される憐れな異世界原住民達。この者達こそ理不尽な能力に弄ばれる、真の被害者なのですわ」
ルディアの語りは熱かった。風呂でふざけるルディアはもういない。
主観というのは恐ろしい。目の届く範囲が幸せならば、それでめでたくハッピーエンドだ。だが世界の外側は違う。一物語ならばそれでいいのかもしれない。だけどルディアは神様だ。客観的に見なければならない。神として、調和を守る立場の使命を感じているのだ。
「キラ、いい機会です。調和を守る者の一端として、あなたには一度、”地獄”を見せましょう。そのまま目を瞑り、私の記憶を感じなさい」
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街の外れ、薬屋を営む小さな家族。
働き盛りの父とそれを支える優しい母、そしてパパとママが大好きな明るい娘。
長年その街で薬屋を経営していた父親は人々に愛され、信頼され、その結果国への回復薬の卸しも行っていた。
稼ぎは決して多くはないが、父親の仕事は順調で、自慢の娘は来年から学校にも通えるようになった。
薬学を学び大好きなパパの仕事をお手伝いする。そんな心優しい娘の言葉に胸一杯の幸せを噛み締める両親。
家族団欒の席には、今の幸せを象徴するかのような一家の似顔絵が飾られている。
だが、そんなささやかな幸せは突如終幕を迎える。
国への薬の卸しが突然白紙になったのだ。
理由は単純明快。より高い効果を持ち、それでいて安価な薬が国に供給されるようになったからだ。
噂ではどこからとなく現れた冒険者がその薬を国へと提供したらしい。
元々多くはない稼ぎ、これでは娘を学校へと通わせることはできない。
落胆する両親、だがそれ以上にそのことを娘に伝えることがつらい。
翌日、両親は学校への進学ができなくなってしまったことを娘に伝える。
だが、娘はつらい気持ちを我慢して、笑顔で両親にこう答えた。
勉強なら私一人でも頑張れるから、パパとママは心配しないで……
健気な娘の言葉に家族は抱き合い涙する。
だが、ここまでは言わばプロローグ。
悲劇の舞台の幕開けはここからなのであった。
冒険者の提供した薬はその効能と手頃な価格から、徐々に国のみに限らず街や村へと普及することになる。
一家の街も国の支配下にある。王国から訪れた商人はその街で冒険者の薬を販売することになった。
効果も価格も、全ては商売敵に優位性がある。
当然客足は離れていく一方。
長年利用していた常連客ですら、いつの日か愛想を尽かせてしまった。
悪化の一途を辿る経営。
父親は酒を飲むようになった。
自暴自棄になり、母親に暴力を振るった。
腫れ上がる母親の目からは光が奪われ、一人では生活できないほどの大きな障害を残した。
父親はというと、酒場で荒くれ者に突っかかり、あっけなくその命を終えた。
残る母親とその娘。
娘は必死に母親の世話をしたが、その母親も父親から受けた暴行で患った障害が後を引き、父親の死を追うようにして僅か半年で息を引き取った。
冒険者の薬は母親の障害すら回復できるものであった。
生活苦ではあったが、安価な薬を買えないこともなかった。
なのに、母親は決してそれを使おうとはしなかった。
家族を地獄に叩き落とした薬。
母親は最期の最期まで、頑なにそれを使うことを拒んだのだ。
そして今、娘は薄く微笑み一つの絵を眺めている。
それは団欒の席に飾られた家族の似顔絵。
パパとママ、その間で手を繋ぐ娘。
笑顔に溢れる暖かかった頃の家庭。
娘の頬には一筋の涙が流れる。
そして静かに瞳を閉じると、愛する家族の元へと向かうべく、痩せこけた細い首を救いの輪へ預けた。
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それは、とても悲しい光景。
これはルディアの記憶のほんの一部。調和を見守るルディアは、今までいくつの惨劇を見てきたのだろうか。似たような、いや、もっと酷い光景も目の当たりにしてきたに違いない。
あくまでこれは過去のこと。目の前の転生者に置きかえて主人公パワーを得ることは敵わない。だが、こんな胸糞悪い悲劇を繰り返さない為にも、俺が必ずここで止めて見せるッ!
「なんでこんなところに石鹸が? でも助かった! ちょうど欲しいと思ってたところだったんだよ!」
今のところ転生者は理屈を分かっていないようだ。望みの物が手に入ったことで喜びの声を上げる転生者。そこに魔道士が口を挟む。
「それが、”せっけん”というものですか?」
「そうそう! やっぱりあるんじゃないか、石鹸。ついでにシャンプーもあれば完璧——」
「”しゃんぷー”って、もしかしてこれのことですか?」
魔道士は床に転がる容器を拾いあげ、それを転生者へと差し出した。あくまで目を閉じる俺の代わりに状況を語るルディアからの伝聞だが。
決定的だ。
こんな偶然が二度続くものか。しかもルディア曰く容器の材質はプラスチック。そんなものがこの世界の文明に存在するはずがない。
「私、魔法の研究をしているって言いましたよね? これってもしかしたら、伝説に聞いていた……創造魔法、なのでは?」
「まずいですわね……」
「感付きやがった!」
「えと、どうゆうこと?」
「ちょっと、お風呂どころではないかもです! 私に付いて来てください!」
魔道士は転生者の腕を引くと駆け足で風呂場を後にする。その後を追うように、ルディアも俺を浴場から連れ出した。
「着きました。ここが王都の中心部の宮殿です。私は仕事柄この場所への出入りができます。ここに私の研究室があるので、そこでお話しましょう」
城内を歩く魔導士の足取りは軽い。もしや伝説とも言える魔術を目の当たりにしてか、研究者としての好奇心がくすぶられているのだろう。この頃には俺の視覚情報も正常に戻り、人の判別ができるようになっていた。
「ここが私の研究室です! さぁ、中に入ってください!」
訳も分からず狼狽える転生者はおずおずと部屋の中に入っていく。魔道士の自宅以上に広く、かつ多くの資料や研究材料が積まれたその部屋には、科学薬品のような独特の臭気が充満していた。
「まずは創造魔法というものについて説明します。さ、ここに座って——」
転生者の肩を押し強引に椅子へと座らせると、その前に立ち解説を始める魔導士。当人は説明できているつもりなのかもしれないが、息継ぎも無しに語り続けるその言葉は、早すぎて何を言っているのかよく聞き取ることができない。
「————という訳で、創造魔法は物体や生物、果ては現象まで創り出すことができると言われてます。太古の文献では使える者がいたとありますが、所詮空想のものだと思ってました。ですがまさか本当に実在するかもしれないなんて……」
「そ、そんなすごい魔法だったのか。でもそんな魔法で一体何をしたら——」
「あなたの魔法なら、きっとこの世界を救えます! 食料問題やエネルギー問題も一挙に解決! きっとこの世界は平和なものになりますよ」
その言葉にルディアは顔をしかめる。親の仇でも前にしたかのような険しい表情。その心中は容易に察することができる。
「まずは、どの程度の物まで創り出すことが出来るのか試してみましょう!」
魔導士の言葉を合図に転生者は能力を使用する。そしてそれは、驚きの連続だった。あらゆる異世界を訪れ、想像を超える体験をした俺にとっては並大抵のことでは驚かないつもりでいたが——
食物、武具、薬剤はもちろんのこと、果ては禁忌とまで言われる錬金や生物の精製まで容易にこなしてしまう。驚きと言ったが、それは感激ではない、驚愕だ。こんな力は存在してはならない。生死の倫理まで、きっとこの魔法は奪い去ってしまうのだろう。
「こ、これは驚きです。もはやあなたは神、いえ、神すら超える存在かもしれません!」
「馬鹿馬鹿しい! 神を超えるですって? 強ければ神、創造出来れば神だなんて、そんな単純なものではないのですわ! 大いなる力には、それにふさわしい崇高な精神も伴わなければ。それが適わぬのなら、その力は神などではなく人心を惑わす悪魔そのものですわッ!」
憤慨するルディアは声を荒げ魔道士を睨み付ける。
ルディアの言うことに共感はできる。だが思い付かない、”らしくない”ことが。創造魔法を使える転生者。それがこの先悲劇を産み出すとしても、それは未だ憶測であり実現してしまった訳ではないのだから。
この場面だけで見れば、それは主人公らしくないどころか世界を救う方向の話をしている。それが意図せず誰かを不幸に陥れる可能性があるとはいえ、確たる証拠がない限りは主人公パワーを吸収することはできないのだ。
「この力、早速ご覧にいれましょう」
「えぇと、見せるって一体誰に?」
「決まってます。この国の王にです!」
冷や汗が頬を伝う。
一体どうすれば、この創造魔法を扱う転生者を”らしくない”と断定できるんだ?




