第51話 続 TSF転生者を始末ですわ!
遅れて来る転生者は、城壁を沿って城門へと歩みを進める。
歩き方だけを見れば男だ。
若干の蟹股で歩く風体は、まさしく男性のそれ。かといって歩く毎に揺れるモノを見てしまうと、傍目にはやはり女性としか思えない。観察しなくてはいけない。だけども凝視することに引け目を感じてしまう。そんなジレンマに苛まれる俺を横で見るルディア。
「常日頃私と暮らしておきながら、本当うぶな子ですわね。確かに及第点のスタイルですが、私の方がどう見ても大きさは——」
「あーあーあーあー」
話のくだりが再度いかがわしい方向に。咄嗟に耳を塞ぐと、単調なフレーズを繰り返しその先の言葉をかき消した。
そうこうしている内に城門の前へと辿り着く転生者。だがしかし、転生してばかりのその服装は、布切れ一枚という難民さながらの見た目。というか事実、異世界難民であることは間違いない。通さじと門番。素性のしれない者をそう易々と入れる訳にはいかない。職務上仕方がないとも言える。
だが、そう思っていた矢先。話は別の方向へと流れ始めた。
「どうしても中に入れて欲しいならよ。誠意を見せてくれるのなら考えてやらないこともないなぁ」
「下衆だな」
「下衆だわ」
誠意という言葉はこういう場面で使われる場合、決まって不誠実な内容と相場が決まっている。一体今までにどれだけの人間を食いものにして来たのだろうか。誘導する門番の口先には手慣れたものを感じさせる。
「えぇと、誠意と言われても、お金も何も持ってないですが……」
「んなこたぁ見れば分かるよ。俺が言ってる誠意ってのはな、その身体を使って俺に奉仕しろってことだよ」
見る間に顔を引きつらせる転生者。
「い、いや。俺、男なんだけど……」
「冗談きついぜ。それで見逃してもらえると思ってんのか? それに男ってんなら、今すぐこの場で服を脱いで見せろよ」
転生者の発言により、今回のケースがTSFだという裏付けは取れた。だが正直今はそれどころではない。下手すればこの場でストリップショーの開催となってしまう。最悪の場合はその先すらも——
何か、この凶行を止める手だては……
「待ちなさいッ!」
転生者の後方にいる俺とルディア。そのまた後ろから一つの大声が轟く。振り返る先には声の主と思わしき者の姿が。だが本当に先の声がその者によるものか疑う程に、小柄な体躯に眼鏡を掛ける、地味な見た目の女性がそこにいた。
「おま、いや……あなた様は王都直属魔道士の——」
「その子は私の連れです。入門を許可しなさい」
「ですが、しかし……」
転生者の前へと躍り出る魔道士。眼鏡のブリッジに指を当てると、狼狽える門番を分厚いレンズ越しに睨み付ける。
「ですがも何もありません。それとも、今の彼女とのやり取りをバラされたいのですか?」
「うっ……」
魔導士は転生者の手を引くと、言葉を詰まらせる門番を尻目に門の内へと入っていった。事なきを得て一件落着。と、言いたいところなのだが。俺とルディアも後を付いて門を通る間際——
委縮する門番。ルディアは猛烈な勢いで彼の股間を蹴り上げた!
「—————ッ!!」
声にならない声で悶え苦しむ門番。それもそのはず。
痛打の音は、ぐしゃりという”ナニか”が潰れるような音が混じっていたのだから。
「あぁ、足が滑ってしまいましたわ。いやはや、調和の神たる私がなんたるミスを。次から気を付けましょうっと——」
まるで反省しているようには聞こえない、無機質な戒めの言葉を放つルディア。
自業自得ではある。ざまぁと感じる自分も少なからずいる。だが、その痛みは男子共通の同情を誘うものがある。あの痛烈な音から察するに、家系図はきっと彼の名前で打ち止めだ。これもある種TSFなのではと、下らぬ考えが頭を過る。
転生者はというと魔導士に連れられて、あひるの子の様に大人しくその後を付いていた。とある一軒の家で足を止めると中へと誘導する魔導士。右も左も分からない転生者は言われるがままに家の中へと入っていく。
勿論、俺とルディアも家の中へとお邪魔した。
部屋の中には本が溢れかえり、それは棚に収まりきらない量で至る所に積みあがっている。恐らくは魔導士の家なのだろうが、とてもじゃないが女性の暮らす家とは思えない。
——てことはないか、部屋が乱雑なのはルディアも一緒だ。
「さっきはありがとう。でも助けてくれたのに難だけど、なんで見ず知らずの人間を救おうと?」
「実は、私も拾われた身だったんです。なんだか放っておけなくて。私はここで魔道士兼、その研究も行っているんです。あなたの素性は分かりませんが、もし行く宛が無いのであればここに住みませんか?」
「さすがにそこまでしてもらう義理は……」
「では私の研究助手ということでどうでしょう? それなら私としても助かりますし、お互いウィンウィンってことで!」
この女、聖人君子か。
出自も知れない人間を住まわせることはおろか、条件を提示することで相手の罪悪感をも消し去っている。これがルディアだったのなら、あなたの家のルールは早々に塗り替えられるぞ。
「色々お話したいこともありますが、私もあなたも、外から帰ってきて随分汚れてますし。まずはお風呂に入りませんか?」
「あぁ、それは助かるよ」
「決まりです! では行きましょう! 大衆浴場に!」
「……え?」「……は?」
「私もお風呂、大好きですわぁ! この女とは気が合いそうですわね!」
固まる俺と転生者。各々の相方は相手の気持ちを知りもせず、大いにはしゃいでいる。
「いや! た、大衆浴場って、それは俺が入ったらまずくない?」
「おれ? 全然問題ないですよ! ちゃんと女性用に分かれてますから!」
「ルディア、お前まさか一緒に入るつもりじゃないだろうな!? 絶対同行しないぞ、俺は!!」
「始末するあなたが同伴しなくてどうするのですか。必ず付いてきてもらいますわ」
「——だが」「——しかし」
「着替えなら私のを使えばいいですし、行きましょお!」
「着替えなら私が浄化しますし、行きましょお!」
(そういう問題じゃない!)(そういう問題じゃねぇええ!)
この時、転生者との思いがシンクロした。
と、俺は思っている。最後の叫びは互いに胸中の叫びであり、結局のところ本当の思いは当人次第。
そして、提案に乗せられた俺と転生者は今まさに大衆浴場の入り口を前に不安を抱いているのであった。建物はここ最近出来たような真新しさを感じる。
「ここです! ここ数年でできた施設なんですが、とっても人気なんですよ! 年配の方達は入浴という新しい文化を気味悪がって寄り付かないですが、若い子達にはとっては流行りのスポットなんです」
今回の異世界ではお風呂という文化があまり浸透していないようだ。そして魔導士の言い種では入浴客は若者ばかりということ。つまりはこれから入る女風呂には、年頃の女性しかいないということで——
「悪いルディア。今回ばかりは、俺は付いていくことはできない」
「————あの、マヒロとかいう小娘のことですか」
「そうだよ。俺にはマヒロを裏切ることはできない。それに始末とはいえ覗くのは、時を止める異能力転生者と変わらない非道な行為だろ? 俺はあんな奴とは一緒になりたくないんだ!」
「キラ、あなたって子は——」
いつになく理解のある眼差しを向けるルディア。いつもなら”駄目”の一言で終わらせようものだが。引き合いに出した転生者の例が良かったのかもしれない。奴にはルディア自身も相当な怒りを示していた。
「分かりました。ですがやはり、らしくないことを詮索する以上はキラには観察してもらわなければなりません」
「そんな——」
「ですが! 善処は致しましょう。一時的にキラの視覚情報を操作して、問題のない映像に変換して差し上げますわ」
「ル、ルディア……」
滅多に見せることのない心遣い。これこそが、女神の慈悲というものか。
ルディアはゆっくりと俺の眼前に手を伸ばす。瞼を閉じる様に促すと、そっと目の周辺を覆うように掌を添えた。
有難う、ルディア。俺の気持ちを汲んでくれて。
「終わりましたわ。さあ、目を開くのです。キラ」
ルディアに促されて瞼を開く。特に痛みや異変を感じるようなことはなかったが、果たして俺の視界はどのように——
「————マ、マヒロ?」
開いた視界の先には、マヒロがいた。
瞬間、異世界からの帰還が頭を過ったが、マヒロの背後には依然変わりなく大衆浴場が聳えている。だとしたらマヒロが異世界に来たのか?
何が起きているのか、俺にはさっぱり分からない。考えあぐねていると、眼前に立つマヒロはくすりと薄く笑う。そして、麗しい桃色の唇を開いた。
「キラ。どうですか? 新しい世界を目の当たりにした感想は」
目の前に立つのはどこからどうみても安心院マヒロ。だがしかし、耳に入る声質と口調は明らかに——
「ル、ルディア? なんでルディアの姿がマヒロの姿に?」
「いいえ、キラ。私がマヒロの姿になった訳ではないのですわ」
一体何を言ってるんだと、そう思ったのも束の間。ふと、ルディア扮するマヒロの背後を通り掛かる、見ず知らずであるはずの女性が目の端に映った。その女性の顔に違和感を覚える。通りすがりの一瞬の違和感。目の前から視線を外してその者を目で追うと、その違和感はすぐに判明したのであった。
「マ、マヒロが……二人……」
いや、二人どころではない。目に映る半数にも及ぶ人々の顔が、安心院マヒロの顔をしているのだ。
「キラのマヒロを想う気持ちは良く分かりました。だから、キラの目には全ての女性がマヒロに見える様に改変しました。これなら誰ぞ知らない者の裸体を見る訳ではないですし、大切なマヒロのことだけを頭に思い浮かべることができます。とても美しく、一途な配慮だとは思いませんこと?」
ルディアに思い遣りの精神を期待した俺がバカだった。
余計なことをしやがって……
「おい! てめぇ! 今すぐこの視界を元に——ッ!」
怒りに震える気持ちを、そのまま直にルディアにぶつけ……ようとした。だがその言葉をぶつける相手は、見た目には完全にマヒロそのもの。お叱り半ばで言葉が詰まる。
「キラくん……怖いよ……」
「うぐっ……」
潤んだ瞳で見つめる、ルディア扮するマヒロの像。
あ、味な真似を……
そんな顔をされてしまったら、怒鳴りたくても怒鳴れないじゃないか。
「これって、ちゃんと元に戻るんだよね?」
「時間経過で自動解除されますわね。まぁ小一時間といったところでしょうか。それにしてもキラ、口調がマヒロ仕様になってますわよ?」
「うるさ……静かにしようね……」
眼前のマヒロの顔は、にんまりと妖しげに笑みを浮かべる。そして、囁くような小さな声で、”これ使えますわね”と口にするのが僅かに耳に届いた。




