第50話 TSF転生者を始末ですわ!
……ラ
………キラ
う、うーん。
目の前にお山が二つ……
「転生キラ! 起きなさい!」
鼓膜を揺らす大声量。目の前には、どアップで揺れるルディアの大山脈。強烈なインパクトに再び精神が身体を離れんとするが、二度目は強烈なビンタが気付けとなり俺の意識を身体の中に押し戻した。
「まったく、徘徊する老人の様にフラフラと外出してしまうその薄弱な精神はなんとかなりませんの?」
「俺だって大人しく引き籠ってたいさ。地上げ屋の如く追い出すのはそっちの方だろ」
腫れ上がる頬をさすりながら憎まれ口を叩き返す。頬を膨らませるルディア、しかし埒が明かないと判断してか、言葉にはせず一息吐くと、話を転生者の始末に切り替えた。
「今回の転生者ですが、キラがオネンネしてる間に大方の予想は付きましたわ」
「マ、マジか! さすがはルディアだなぁ、頭がキレるぜ……」
一歩引いたルディアを見習い、こちらも言葉選びに気を遣う。少し過剰だったかと思い直すも、その言葉を聞いたルディアは気を良くしたのか、途端に饒舌に語りだした。
「ま! 私にかかれば造作もないことですわ! 因みに今回の転生者、おそらく”男”ですわね」
———え?
真面目な振りをしておいて、突如ルディアは冗談を語り始める。
ななな、何を馬鹿な……
そそそ、そんな訳あるはずないだろ……
だって俺は、確かに見た。転生者の胸に聳える二大巨頭を。そして自ら揉みしだき、それを目の当たりにした俺は失神したんだ。
それが実は男だったって? そんなの冗談に決まっている。でなきゃ俺は——
男相手に興奮したことになっちまうッ!
「どどど、どう見ても女だったろ! 信じない! 信じられない! 信じる訳がない!」
動揺しまくる様子を見て狼狽えるルディア。その顔にしてやったりといった含みはなく、それはつまり先の発言は本気だったということが伺えて——
「あばばばば……」
「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ! 別に、今現在が男だとは言っておりません! 転生前が男だったって話ですわよ!」
「あば……なんだって!?」
つまりそれは、男だった者が生まれ変わり女になったってことか?
それならば先の反応は仕方がないとも言えるはず。俺の尊厳は守られたのだろうか?
「魂には生物学的性別など存在しませんから、例えおっさんだろうが女性の器に転生することは出来るのです。だから気に病むことはありません。おっさんに興奮などしたら、普通は人様に顔向けできず、お天道様のもと大手を振って歩けはしませんが、中身はおっさんでも見た目は年頃の女性。意識しても仕方無いのですわ。真実はおっさんだったとしても」
うんうんと頷くルディアは同情するような物言いで語り出す。だが果たして、慰めてるのやら貶してるのやら。
ともかく、ルディアの話は冗談ではなかったようだ。だが、一つ腑に落ちない点がある。それはなぜ、転生者の前世が男だと判断できたかということ。
「なあ、なんで前世が男だって分かったんだよ」
「さすがのキラもこういう点には疎いですねぇ。では、もしもキラが女性に生まれ変わったら、まず始めに何をしますか?」
妖しげに、にんまりと笑うルディアからは嫌な予感しか感じない。だがまあ、俺が女性に生まれ変わったら、か。トイレはどうするんだろうな。それに服装だって男とは違う。ゆくゆくは男と結婚しなくちゃいけないのか? いや、それはありえないか。でも、そんなことは後々考えるとして、まずこの身体が女性になる訳だ。
視線を前へと戻す。最も身近な女性であるルディア。その首から下、完璧なるプロポーションを見た俺はようやく気付いた。
「あ、あれが……俺の身体に?」
途端に顔面が紅潮する。気付かれまいと顔を伏せるが、時すでに遅し。気恥ずかしそうにする俺の顔を見たルディアは、一人納得するように頷いている。
「ま! 揉みますわよね!」
「言うなぁああああ!」
おちょくることがさぞ楽しいのか、腹を抱えて笑い出すルディア。
「あぁ、可笑しい。じゃあその次は何の確認をしますかね? 今度は無くなる方ですけど……」
「もういいよ! 分かったから! 信じますって!」
そう言わなければ収まるまいと、早く話を終わらせたかった俺は半信半疑ではあるものの、ルディアの言葉を肯定することでなんとか下品な話題の振りを終息させた。ようやく息の乱れを整えたルディアは、目尻に溜まる涙を指で拭うと話の続きを語りだした。
「今回の転生者はね、そのどちらも確認したのです。キラは”上”の確認時点で昏倒してしまいましたが、その後に”下”の確認も行いました。前世が慎ましいものであれば、女性であろうと豊満になった”上”の確認は行うかもしれませんが、”下”まで行うのは、やはりそれが性転換したからに他なりません」
ようやく疑問だった男足る所以が明らかになる。確かに男が男に転生したとして、”下”の確認から行う物語なんて存在しないだろう。異性に変わったからこその確認なんだろうと納得することができた。
「これで転生者であることは分かったな。だけど一体何の転生者なんだよ、こいつは……」
「今回は”TSF転生者”ですわ。性を変えるなら恐らくサギーの転生者。と、言いたいところですが、まだ断定はできませんね。すけべな二人組も好みそうな展開ですから」
転生神の話題もさることながら、その前の聞き慣れないフレーズが気に掛かる。
「えと、てぃ、てぃーえす?」
「TSF。トランスセクシュアルフィクション。性転換の含まれる物語につけられる言葉です。歴史は意外と長いのですよ。湯水でスイッチするようなお話もあることですしね」
観察力は上がっても、知らないことは分からない。転生者や物語に博識なルディアには、知識の面ではまだまだ劣るところがあるようだ。
「ちなみに、TSF転生者の特徴ってあるのか? 見た目じゃなくて。その、行動とかの面でさ」
「その点なのです。今回の転生者がサギーと断定できない点は。TSFには往々にして、とある展開が多くなります。今回のケースでいえば心は男でも身体は女な訳でしょう? 日常で男女が使い分ける事柄と言えば?」
真っ先に浮かぶのは、男女で使用するスペースが分けられる場所。それはつまり——
「ト、トイレとお風呂……かな?」
「そういうこと。更衣室なども入りますね。合法的に男性視点で女性の花園を覗ける。すけべな神様が考えそうなことでしょう?」
つまり、今回の転生者を創り出した神は、ダークネスとかエーブイとかいう神にあるまじき変態どもの可能性もあるって訳か。
「ところで、その肝心の転生者は?」
まさか、広大な大森林と思ったすぐ先に都があったとは——
先の質問の後にルディアに連れられたのは、転生者のいた場所から少し歩いた崖の上。木々が生い茂るのは丘の上のみで、その眼下には城壁に囲まれた王都が存在した。高見から見る限りは人の往来も多く、比較的栄えているように感じる。
転生者も都の存在に気付き一足先に向かったらしい。とはいえ転生者は一文無しの上に、布切れ一枚のみすぼらしい容姿。堅牢な門を構えるような都市が、そう簡単に通行許可をくれそうには思えないが。
俺とルディアも転生者の後を追い都に向かうことにする。先を急がねばと思いきや、なんとルディアは突然俺を抱き抱えると、ふわりと崖の上から飛び立った。
「ちょ! 死ぬってぇえええ」
情けない叫び声と共に目を瞑り、必死にルディアにしがみつく。だが、思いのほか落下の感覚というものを感じない。風に煽られることもなければ、ジェットコースターで感じるような気持ちの悪い無重力感も——
恐る恐る瞼を開くと、周囲には虹色に煌めく膜のようなものが張っていた。まるでシャボン玉のような淡い球状の膜。その中に包まれる俺とルディアは、ゆっくりと王都に向かって降下している。その速度足るや舞い落ちる花びら、下るエスカレーター並みと言えば分かりやすいかもしれない。
ゆっくりと確実に王都に向かって舞い降りていく。それでも丘を迂回して向かうことに比べれば、圧倒的なスピードで先回りすることができる。
「よちよち、怖かったでちゅね。そんなにしがみつかなくても、もう安心して良いのですわよ」
ルディアの背に回した腕を即座に外すと、その両手を火照る顔面に押し当てた。
「もう、お婿にいけないっ」
「——意外と余裕ですわね。さ、そろそろ着きますわよ」
指の隙間から外界を覗くと、王都の城壁はすぐそこまで迫ってきていた。加えて、城門へ向かう転生者の姿も遠目から確認することができる。
城壁は高く、とてもじゃないが一般人ではよじ登ることはできないだろう。その壁の上では小鳥がさえずり跳ねている。彼らのように空を飛べれば外壁など軽々と越えていけるのだが。翼を広げる壁上の小鳥。きっと森へと帰るのだろう。一直線に丘の上へと羽ばたいていく。つまりはその導線上の俺とルディア目掛けて一直線。
そういえば、小鳥ですら俺らのことは認識できないんだよな。
降下する俺達を包む薄い膜。そこに小鳥の口先が接触すると、シャボン玉のように儚くパチンと音を立てて消え去った。
「おい、消えたけど……」
「強度まで考えたことはなかったのですわ」
気持ちの悪い無重力感が一気に押し寄せてくる。
「やっぱ死ぬってぇえええ!」
勢いのままに地面に落下する俺とルディア。幸い俺は抱きかかえられていたことと、二つの豊満なエアバックにより一命を取り留めたが、ルディアの方は尻からモロに地面へと激突した。
「まったく、美しい女神の降臨が台無しですわね。焼き鳥にしてやりたい所ですが、調和の為には致し方なし。大目に見てやるのですわ」
俺より遥かに衝撃は大きいはずだが、何事も無かったように立ち上がると純白の衣服を汚す土埃を浄化しながら城門へと歩き出すルディア。急いで起き上がりその後を追わんとするものの、俺は神でも無ければ身体能力はごく普通の一般人。内部に響いた衝撃で、ふらふらと足元がおぼつかない。
するとルディアはふと足を止めてこちらに振り返る。くすりと微笑むと、ふらつく俺に優しく手を差し伸べた。
「ほら、しっかりしなさい。キラがいなければ何事も始まらないのですわ」
差し出した手を取ると不思議と身体に力が漲る。ルディアはもう片方の手で俺の顔に触れると、撫でるように体についた土埃を浄化し始めた。
「これで男前に戻りましたわね。さあ、転生者の始末を再開しますわよ」




