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第49話 同情なんて許さない!

「キラぁあ! お風呂上がりましたわぁあああ!」


 豪快に開く扉の先、そこにはバスタオル一枚身体に巻き付けるルディアの姿が——


「お、おい! 服くらい着てから入ってこいよ!」


 すかさず手元にあった教科書を広げて視線を外す。もちろん、書かれている文字など頭には一つも入ってこない。


「あぁ、今日もいいお湯でしたわぁあああ」



挿絵(By みてみん)



 ベッドに腰かけるルディア、ぱたぱたと手をうちわ代わりに扇いでいる。足を組むことで身に着けるバスタオルが持ち上がり、生足が太股の付け根付近まで露になった。


 そんなこんなで集中力をかき乱してくれるルディアだが。彼女は神だが風呂に入る。風呂も食事や睡眠と同じく趣味であるらしく、本来は浄化の力を使って、その肌や衣服は常に清潔に保たれているそうだ。逆に風呂に入った方が汚れるといっても過言ではないとのこと。

 

 それでも湯船に浸かる感覚はルディアの心を虜にしたようで、はじめは訝しげな目で見ていたお風呂も今では彼女のお気に入り。好きな漫画や動画を眺めながら、長時間風呂場を占有し続けるようになった。そしてこのお風呂、ルディアが来てからというもの、転生家では新たなルールが追加された。


 それは女性優先ということ。俺は必ずルディアの後にお風呂に入る。以前先に風呂に入ってしまった際には大層ご立腹で、風呂掃除から湯沸かしまで一からやり直しさせられた。


「先に風呂に入るのはいいけどさ、もうちょっと早くできないもんかね? 二時間くらいは入ってたぞ。長風呂したいなら俺の後でもいいじゃないか」


「誰が男の入った後の風呂に入りますか。そんなことしたら妊娠してしまいますわ」


 冗談だよね? 真面目な顔してるけどさ。

 というか、身体や衣服を浄化できるなら、風呂のお湯を浄化して入ればいいだろうに。でもまあ、言われっぱなしもなんなので、少しは反論させてもらうことにする。

 

「それを言うならルディアもだろ」

「なんですって?」


 これから始まるであろう反論に、鋭い視線を突き返す。だがここで怯む訳にはいかない。言いたいことはちゃんと言わなければ、早々に転生家のルールは全て塗り替えられてしまう。


「お前が何年生きてきたのか正確には知らないけどさ、何億年の老廃物が溜まってる訳だろ? ルディアの出汁の方がよっぽど――」


 ズムッ


「かぺ……」


 言い切る前に、必殺の鉄拳が俺の顔面に深々とめり込んだ。


「ほら見たことですか、神罰が下りましたわ」


 し、神罰って、こんな物理的に下るものだったのか。


「全く、失礼にも程があるのですわ。そんなことでは、せっかく付き合うことになったマヒロとかいう女にも早々に見限られてしまいますわよ」


「俺は女じゃないんだから分かるかよ、女性の気持ちなんて。分からないと言えば『これだから男は』分かると言えば『男には分かるものか』だろ?」


 ルディアは掌を返すと、やれやれといった調子で肩をすくめた。

 

「だから、『これだから男は』なんですわよ。なぜそうも両極端になるのかしら。男だけど分かろうと努力する。が正解でしてよ。複雑に揺れ動く乙女心を零か百のどちらかで判断しようなんて、浅ましいにも程があるのですわ」


 つまりそれって、結局はその時の気分次第ってことだろ。


「でもまあ、デリケートな問題なので何が正しいかは時代によりますわね。私も長い時を生きてきましたが、まさか性別が男と女の二つだけの時代に終わりがくるとは思いませんでしたわ」


「え? 二つだけだろ?」


「生物学的にはね。両性の生物も存在しますがそれはおいといて。体は男や女でも、心はその逆というのが往々にしてあるのです」


 確かに、言われてみればそうかもしれない。オネェというキャラクターも確立されて認知も深い。中学の時には実際に女装をする生徒もいたな。時折笑い者にされてたりしたけれど。


「それは、調和の乱れとは違うもんなのか?」


「えぇ、時代が望むのであればそれは自然であり、調和の一部なのです。今はその転換期で差別的な意見もあるでしょうが、いずれは当たり前の時代が地球には訪れるでしょうね」


 なんだか難しい問題だ。おいそれと口を出していいものではない気もするし、かといってまるで気にしないのも駄目な気がする。正しい知識を持って、適切に対応することが――って、あれ?


 なんでこんな話題になったんだっけ?

 元はと言えば、ルディアの長風呂を正す為の話だったはず。


「おい! 話変わってるけど、お前の長風呂はなんとか――」

「むむ! この反応は! 転生者なのですわ!」


 俺の話……


「発見したら即始末、風呂上りだって構わない! 行きますわよ、キラ!」


 ルディアはバスタオルの胸元を引っ付かむと、それを豪快に放り投げた。宙を舞うバスタオルは裸体をいいところで隠しながら俺の眼前に迫ってくる。頭に覆い被さるそれを顔から剥がすと――


 そこは既に異世界。

 なんて早さだ、時でも止めたのか?

 

 ルディアは既に服を着ている。

 なんて速さだ、期待してた方、ごめん。


 手元のバスタオルを丁寧に畳む。畳んだ上で、改めて周囲を見渡した。



挿絵(By みてみん)



 今回の行き先は、鬱蒼と木々の生い茂る森の中。一番最初の転生者、俺のはじめて訪れた異世界も森の中でのスタートだった。あの時は右も左も分からない状態だったが、今となってはタオルを畳む程度の余裕はある。


「森でのスタートは、モリリンっていう転生神の仕業だと言ってたっけ?」

「うーん、今のところはなんとも言えないですね。転生者を見てもいないですし」


 早速周囲の観察をはじめる。すると、今回は比較的早い段階で転生者を見つけることができた。これまた初回と同様で森の中で横たわる転生者。こんな状況下で寝ている人物は一目で転生者と判断できるから助かるが、そこには一つの問題があった。


「おい、女性だぞ。そんなことってあるのかよ……」


 そう、倒れていたのは女性。その上身に着けているのは薄っぺらな布一枚。暴漢にでも襲われたようにも見えてしまうが、幸いその体には傷らしい傷は見えない。しかし、衣服は見えてはいけないギリギリのラインまではだけており、まじまじと見るには気が引けた。


「そんなことありますわよ。女性の転生は令嬢と決まってる訳ではないのです。冒険者に転生することもあれば、森の中で目覚めることだってありえます」


 そう言われればそうと納得するしかないが。だからと言って、こんな得体の知れない森に女性一人寝転がるのは、やはり男としては気掛かりだ。幸い今現在、俺はシャツを羽織っている。男気としてここは一つ、ルディアに打診してみることにした。


「俺のシャツ、置いといてあげてもいいかな?」


 女性の気持ちになって考える。先程ルディアに言われた言葉だ。少しはできる男をアピールしたつもりであったが——


「駄目に決まってるでしょう。女性だから施してあげるなんて言語道断ですわ! 平等に見なさい、平等に」


 おい、言ってることが違ぇじゃねぇか……

 それともこれが、複雑に揺れ動く乙女心ってやつなのか?


「それにしても起きる気配が無いですわね。早く来すぎたのかしら?」


 転生者はあくまで転生者。女性であっても容赦なし。ルディアは足元にある石ころをおもむろに拾うと、それを寝そべる転生者に向かって投げつけた。


「えい!」


 投げた石ころは転生者の頭にこつんと当たる。


「石ころはいいのかよッ!」

「転生者にくれてやるのは石ころで十分ですわ」


 だが、石ころ程度ではピクリともしない転生者。恐らく”神の視点”の効果もあるだろう。ルディアは頬を膨らませると再び足元の石ころを拾う。いや、石ころという表現を改めよう。


 ルディアは足元に埋まる岩石をおもむろにひっ掴むと、それを地面から豪快に掘り上げた。


「おい馬鹿ッ! 目覚めるどころか二度と起きなくなっちゃうよ!」

「ま、大丈夫でしょう。転生者なんだから——」


 大型トラックも真っ青な巨岩を片手に持ち上げると、それを転生者目掛けて大きく振りかぶるルディア。

 

 俺は背を向き走った。全力で走った。決して、逃げようと思った訳ではない。

 ”神の視点”のテリトリーから外れた俺は即座に振り返り、腹の底から大声を出す。


「起きろぉおおおお!!!」


 自分でも信じられない程の声量が森の中に響き渡る。野鳥はバサバサと音を立てて飛び立ち、小動物は跳ねるように草影から顔を出すと、一目散に森の奥へと逃げていった。そして、肝心要の転生者は――


 ようやくその目を開き、意識を取り戻してくれたのであった。


「ちっ」


 ルディアは手を離れるすんでの所で動きを止めると、大人しく掘り起こした地面にその岩石を押し込んだ。


「俺が止めなきゃマジで投げてた?」

「バカおっしゃい、冗談ですわ! 冗談!」

「本気じゃ、ないんだよな?」

「えぇ、もちろん!」


 目が少し泳いでいたようにも見えるが、それは気のせいということにしておこう。



挿絵(By みてみん)



 目覚めた転生者はゆっくりと上体を起こすと、信じられないといった様子で辺りを見回している。しかしここまでは普通、テンプレートな反応。だが、転生者は次に自身の身体を眺めると、身に着けた布をたくし上げ、おもむろにそのたわわな両丘を揉み始めた。


「んな! なぁあぁななななぁあ!」


 率直に言おう。転生キラはウブなのだ。

 ルディアの風呂上がりを直視できないように、付き合うマヒロの手を未だ握れないように。女性への免疫が極端に少ないのである。破廉恥白血病と言い換えてもいい。


 とにかく、女性の生肌を見たり触れたりする抗体が圧倒的に他人より欠落しているのだ。そんな俺が目の前の出来事を直視できる訳もなく――


 鼻血を噴出した俺は、その意識も欠落したのであった。








挿絵(By みてみん)

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