第48話 終 恋の女神は転生者を繋げたい
いや、いやいや!
確かにアンジェリアは恋の対象を女性にしている。でもあいつはルディアに一途だ。それは、自らの命を差し出すことができるほどに。その点だけは、俺が唯一アンジェリアの信用できるところ――
なのだろうか、本当に……
俺とアンジェリアは出会って間もない。それなのに、すぐに信用して良いものなのか? 決めつけてしまって良いものなのか? そもそも、ルディアが好きなら他に興味を示さないという根拠だって何一つない。
俺は日本生まれだ。だから一人の人間を愛するべき。それが普通で当たり前だった。でも、他国では一夫多妻の国は存在する。その国ではそれが当たり前で、心の底から妻達を愛しているのかもしれない。
地球にだって在る愛の形なんだ。それが異世界なら、ましてや神々だったら。一夫多妻、もしくはその逆、果ては性別や種族を越えた愛だって在り得るのかもしれないのだ。
ドクン……ドクン……
胸の鼓動が高まる。不吉な予感が身体全体を支配していく。アンジェリアは感情的だ。一番はじめ、協力すると言ったアンジェリアの言葉はきっと本心だったのだろう。だがそれ故に――
…………くん
自身の欲求に真っ直ぐなアンジェリアは、気持ちが揺さぶられれば、理性で抑えることが出来ないとも言える。
キ…………くん
ましてや相手はマヒロだ。誰が好きになったっておかしくは……
「キラくん!?」
「え……あ……」
「どうしたの? ボーッとしてたよ。体調あまり良くないのかな?」
覗き込むマヒロは眉尻を下げ、心配そうな面持ちで俺の顔を見つめる。
「いや、ちょっと考えごとしてただけだよ。ほんと、大丈夫だから……」
「本当にぃいい? 無理しないで、先に帰っててもいいのよぉ? 私はマヒロと一緒に遊ぶからぁ」
く、くそ……俺はもう邪魔者って訳かよ。最早口調も隠す気が無いみたいだ。うっかりではなく、偽りのない自分を見せたいって、そういうことかよ!
アンジェリア、お前のいい様になんか、させてたまるか!
「だから! 大丈夫だって言ってるだろ!」
凄む俺に対して、物怖じすることなく笑みを返すアンジェリア。人を小馬鹿にするような挑発的な嗤い。負けじと突き刺すような睨みを利かせる。
「ど、どうしたのかな? 二人とも……ちょっと怖い……かな」
「マヒロは気にしなくていいのよぉ? ほぉんと、男の子はおこちゃまなんだからぁ」
「ほいほい浮気するような尻軽女に言われたくねぇよ」
余裕の態度を貫くアンジェリアの下がり眉が、この一言でやにわに吊り上がっていく。
「その言葉、聞き捨てならないわねぇ。私は一途よぉ? その証拠を、今ここで! あなたに見せてあげようかしらぁ?」
アンジェリアはマヒロの正面に立つと、白魚のような指を細い顎へと伸ばす。状況の掴めないマヒロは、為すがままにアンジェリアの手を受け入れてしまっている。
「……やめろよ……」
「マヒロぉ? 目を閉じなさぁい?」
「ふ、ふえぇ?」
「やめろって……言ってんだろ……」
「あなたに言われてやめる筋合いはないわぁ。あなた、この子のなんなのかしらぁ?」
「てめぇ! 知ってるくせに! 俺がマヒロのことを――ッ!?」
”その言葉”を言ってしまう間際、そこでようやく俺は我に返った。
「わ、私のことを……?」
あ……まずい……どうしよう……
恥ずかしげに言葉の先を促すマヒロ。だがその先を言ってしまったら、それは最早告白と同義。怒りで紅潮していた顔が、別の方向で更に赤みを増し、汗が滲むほどに火照っていく。
「その……えっと……」
目のやり場に困り瞳を泳がせると、ふとアンジェリアの顔が目に入った。にやにやと、悪戯な笑みを浮かべるアンジェリア。その面持ちは、他人の恋沙汰に花を咲かせる女子のようで――
は、はめられたッ!
ここまで掛かってようやく、俺は気付いたのであった。この一連の流れ、それがアンジェリアの罠だということに。
はじめに言っていた恋に不可欠である嫉妬心。それはマヒロではなく、俺に芽生えさせるつもりだったのだ。
「あ、いけない! もうホテルのチェックインの時間だったのデス。では、私はこれでサヨナラです。グッバーイ」
アンジェリアは踵を返すと、ひらひらと手を振りながら、風のようにその場を去っていった。
残されたのは、気恥ずかしい空気の中に佇む俺とマヒロ。日は傾きはじめ、夕焼けが辺りを優しく包みはじめた。
「お、俺は……マヒロのことが――」
「ただいまぁ!」
「……おかえり」
この騒動の間ずっとゲームに熱中していたルディア。アンジェリアの言葉に対してそっけない生返事を返す。
アンジェリアはルディアの横に腰かけた。特に話をする訳でもなく、黙ってルディアのプレイするシューティングゲームを眺めている。暫くの間沈黙が続いたが、プレイの合間を縫って、ふとルディアが口を開いた。
「で、上手くいったのですか? 恋の女神に失敗は許されないでしょう?」
「簡単よぉ。というか、そもそも私が手を加える必要なんてなかったわぁ。すこぉし、キラの勇気の後押しをしてあげただけ」
「そ……」
それだけ聞くと、ルディアは再びゲームに集中しはじめる。その横顔を愛おしそうに見つめるアンジェリア。恍惚の溜め息交じりに、ルディアの腕に擦り寄った。
「やっぱり、私にはルディアしかいないのよぉ。この愛しの二の腕がなんとも――」
「バ、バカ! 触るんじゃないですわ! ミスるッ! 死ぬッ死ぬぅううう!」
ルディアの操る戦闘機は、多数の弾幕に自ら突っ込む形で爆散した。
「こ……このカスがぁあああ!!」
ルディアの腰の入った渾身のボディブローにより、アンジェリアはあえなく空の彼方へと消えていった。
「ったく、役に立つんだか邪魔なんだか――おや?」
振り返ると、開けたドアの先にはキラがいた。既にアンジェリアから結果はそれとなく聞いていたが、そのことをキラは知る由もない。
「おかえりなさい、キラ。アンジェリアとの企みは上手くいきました?」
「ま、まあぼちぼちね。それよりこれ、アンジェリアからだよ」
「? あの女から?」
渡された袋の中にはケーキが入っていた。ルディアの大好物のチーズケーキが二つほど。
「あら! 意外と気が利きますわね」
「だろ? 結構頭回るんだよな、アンジェリアの奴」
「私が言ったのは――」
「?」
「なんでもないのですわ! キラもお一ついかがかしら?」
アンジェリアの契約、その見返りは、彼女とルディアの仲を取り持つこと。




