第45話 恋の女神は転生者を繋げたい!
今日は休日。全国誰しもが待ち兼ね、この日の為に予定を立てる。だが、こと転生キラに関しては、予定もなければ特にやることもない。
トウマは彼女との予定があるし、マヒロとも仲は良いが付き合っている訳ではないので、毎週末に会うなんてことは決してない。
やることもなければ起きる必要もなくて、その日はいつもより長くベッドの上で丸まっていた。
「起きなさぁい」
「ああ、うん……」
「もうお昼になっちゃうわぁ」
「分かってるって、今、起きるから……」
「駄目よぉ、若いんだからシャキッとしないとぉ」
…………?
寝坊すれば起こしに来る。なんの不思議もない自然なことだ。だが、寝ぼけてスルーしていたがこの声色。母さんでも、ましてやルディアでもない。艶やかでいやらしいこの口調、どこかで聞いた覚えがあるような。
瞼を開くと、ぼやける視界が次第に鮮明に浮かび上がる。そして俺の目に映ったものとは――
冷たく輝く白金の髪。
血の気の通わぬ白い肌。
燃え上がる火炎の如き深紅の瞳。
転生神アンジェリアが、目先の僅か数十センチのところで、俺の顔をまじまじと見つめていたのだった。
「うぎゃあああ!!!」
一度は殺されかけた相手。そんな恐ろしい奴が目の前にいる。慌てて飛び起きると、逃げるようにして壁際に張り付いた。
「ア、アア、アンジェリア! なんで俺の部屋に!? まさかこの俺を殺しに?」
「まさかぁ。殺さないって約束したものぉ。単に遊びにきただけよぉ? ルディア、全然私のところに来てくれないんですものぉ」
「へ……」
改めて部屋を見回すと、ルディアは俺の部屋でゲームをしている。それ自体はよくあることで、慣れっこなのだが――
「アンジェリア、お茶ぁああ」
「はぁああい」
ルディアに言われるがままに、アンジェリアはお茶を取りに階下に向かった。まるで使いっ走りのように扱われている。確かに主従は逆転していたが、これでいいのか、アンジェリアよ。
「ルディア、一体これは……」
「アンジェリアが言ったことが全てですわ。本当に、ただ遊びに来ただけ。少し目障りですが、私も遊ぶと約束しましたから」
仲良しなのは結構だが、お前らの遊ぶ約束に俺の家を巻き込むなよと言いたい。神々が集う場と言えば聞こえはいいが、実際はただの口うるさい女の集まりだ。
「お待たせぇ、ルディア」
「ん」
アンジェリアには一瞥もくれずに、渡されたお茶を啜るルディア。その目はゲームに釘付けである。
そんな扱いを前にしても、心底幸せそうに微笑むアンジェリア。都合よく使われる様は少し憐れに思えてくるが、どんな形であれ、近くにいれればそれで良いのだろう。個人的には、始末以外では怠惰な生活を送るルディアによく幻滅しないものだと問いたいが。
「旦那を持つと、こういう気分なのですかねぇ」
「ルディア……旦那だなんてそんな――」
頬を赤らめるアンジェリアはルディアの腕に擦り寄る。その頭をまるでペットのようにわしゃわしゃと撫でるルディア。
果たして旦那という扱いで満足なのだろうか。というかそもそも、旦那というのは決して妻の奴隷ではない。と、思いたい。
陳腐ないちゃつきを呆れながらに見つめていたのだが、その視線に気付いたルディアは、何を勘違いしたのか艶っぽい眼差しを俺に対して向けてきた。
「あら、嫉妬しているのですか? キラ?」
「んな訳あるか! 呆れてるんだよ、こっちは!」
「あらあら、強がっちゃって。その割に、魔王転生者の際には、私の”ココ”に夢中だったではないですか」
そう言うとルディアは、リモコン型のコントローラーを胸の谷間に差し込んだ。
「ぶはッ」
朝っぱらからなんとも心臓に悪い衝撃映像。寝起きの頭は瞬時にのぼせ上がり、鼻の蛇口の栓が倒壊する。
だが、そんなのぼせた体温も、溢れるダムの血流も、絶対零度の冷気の前に、全ては瞬時に凍り付いた。
「く、糞餓鬼がぁああ……ルディアの何に、夢中だってぇえええ?」
凄まじい殺気と共ににじり寄ってくるアンジェリア。しまった、こいつの前でルディアに脈あり態度は厳禁なのに。
「ま、待て待て! あの時は不可抗力だったんだ! 決してわざとじゃ……」
「つまり、触ったことは事実ってことよねぇ?」
まずい、言い訳がかえって墓穴を掘る羽目になった。どうにかして掘った墓穴に入ることだけは阻止しなくては。
「で、でも! 気持ちの問題だろ!? そういうのは! 俺にやましい気持ちは全然――」
「だったらぁ、さっきの鼻血はなんなのかしらねぇ。気持ちが無ければ感じることもないはず。つまりあなたは……気持ちも夢中なんだろうがぁあああ!!!」
だ、駄目だ……改心したのかと思ったが、根本のところは何も変わってなんかいない。こいつは人の話を聞かないし、自分の想いに真っすぐだ。
一縷の望みをかけて、ルディアに救いを求める眼差しを投げかける。だが――
すでにルディアの意識はゲームに向いており、こちらの沙汰など気にすら留めていなかった。
ちくしょおお! 見殺しかよ! 殺さないとは言っていたが、この女は本気で何をするか分からない。こうなったら、俺も本気を見せるしか――
「俺は……好きなんだ……」
「な、何が好きだってぇえええ!? おっぱいかぁ!? ルディアのおっぱいが好きなのかぁあああ!!!」
おっぱいを連呼するアンジェリアのこめかみの血管は最早破裂寸前。死の危険を感じた俺は、意を決して、激昂するアンジェリアに想いの全てを打ち明ける。
「お、俺はな……マヒロのことが好きなんだッ!」
突然の告白。思ってもいない告白に、ポカンとその場で呆けるアンジェリア。
「俺のクラスメイトだよ。まだ片想いだけど……」
自分に気があるのは別の人。それをアンジェリアに伝えたかった。とはいえやはり恥ずかしい。なぜ、このような下らない騒動で、好きな人を打ち明けなければならないのか。暫く唖然としていたアンジェリアであったが、事情を理解すると、ぐにゃりと口角を上げていやらしい笑みを浮かべる。
し、しまった。気が無いことを伝えたかっただけなのに、マヒロの存在を話してしまった。この女ならマヒロを人質に、俺に何かを要求する可能性があるかもしれないというのに。
どうにか弁解できないものかと思考を巡らせていると、先にアンジェリアの方から口を開いた。
「あなたは私が、普段どんなことをしている女神か知ってるぅ?」
「あ、ああ。確か恋の女神って言ってたよな? でもそれが一体……」
「その通り! 私は恋の女神にして、恋愛転生神。恋のキューピット達を統べる神様なのよぉ! あなたとマヒロの恋、協力させてもらうわぁ。だから――」
俺の耳に顔を寄せるアンジェリア。息を吹きかけるように、そっと耳元で囁く。
「私とルディアの仲も、応援して頂戴ねぇ?」
厄介なことに巻き込まれてしまった。だがしかし、こちらにもメリットはある。アンジェリアは恋の神様。恋愛成就のご利益なんかより、よほど効果はあるのかもしれない。
「ここからはアンジェリア・ラヴァーソウルによる、”恋の女神は転生者を繋げたい”のはじまりよぉおお!」




