第40話 転生神を始末ですわ!
苦悶の表情を浮かべるアンジェリア。あのルディアの怪力だ。常人なら、頭と胴体が切り離されてしまってもおかしくはないだろう。
だがそれでも相手は神。そんな状況下にありながらも、締め上げられる首に手を伸ばし、絞り出すように声を出した。
「ま、ま、待ってルディア……落ち着いて……ッ! 私を殺せば……神殺しの罪が下れば……あなたは裁かれて……死んでしまう……」
「――だから?」
「だから……やめて……自分を……殺さないで……」
「罪も罰も! キラを殺されることに比べれば全ては軽い! 私は覚悟を決めた。それは誰にも揺るがせない!」
「わ、分かった。分かったわ……ッ! あの子を、キラを殺すのは……やめる! だから、やめ——」
アンジェリアのその言葉。その場しのぎの命乞いとしか思えない。自分は悉く駄目と言っておきながら、この後に及んで”やめて”とのたまう。
油断してはいけない。絶対にアンジェリアの策略だ。それなのに、ルディアは首を掴む手を離してしまった。
「ル、ルディア……分かってくれたのね。私の気持ちを」
「ええ、億年にも及ぶ”短い”付き合いですが、アンジェリア。あんたのことはよく分かった」
「ルディ――」
「あんたはキラを殺す。口ではそんなことを言いつつも、その醜い嫉妬心がいずれキラを殺すでしょう。先程、私の為に死ぬのは本望と言いましたね。だったら私が今、ここで! あんたの息の根を止めてやりますわ!!」
怒りに震える右拳を握りしめると、怯えるアンジェリアへと振り上げる。
「う、嘘じゃない! ほんとにッほんとにッ! 私はあなたを愛してるの! だから私の言うことを信じてぇえええ!!!」
「くたばれぇええ! アンジェリアァアアア!!!」
これを振り下ろせば、俺は助かる。だけど、ルディアは全てを失ってしまう!
「や、やめろ! ルディ――」
拳を振り下ろす刹那。ルディアは瞬間、俺の顔を振り返った。
その顔は別れを惜しむ、悲しさに満ちた切ない表情。
ではなく——
片側の口角を上げ、にやりと微笑む、”いつもの”ルディアの顔だった。
ズドンッッッ!!!
振り下ろした拳は——
アンジェリアの頬を掠め、轟音と共に床を貫いた。その途轍もない速さと、一点のみに凝縮された力は、抜かれた床以外の部分は全てそのままに、綺麗にぽっかりと拳型の穴を残している。
「あ……あ……」
あわや顔面を貫かん事態を前に、アンジェリアは言葉も出ず、固まり、大口を開けて放心していた。
そんなアンジェリアの胸倉を掴んで引き寄せるルディア。刺し殺すような視線と、ドスを利かせた声音で、アンジェリアに対して更なる追い打ちをかける。
「話せば殺す、騙したら殺す、キラに手を出したら、絶対に殺してやる」
だけど——
「もし、約束を守ってくれるのであれば、時々遊んであげてもよいのですわ」
先程までの鬼神の如き態度から一変して、突如柔らかな微笑みを向けるルディア。その声色も玉を転がす、まるで女神のような囁き。
「……へ……ふぁ?」
「まったく、子供じゃないんだから。ちゃんと自分のお口で言いなさい。私のこと、好きなんでしょう?」
「う、うん……うん! 私、ルディアのことを愛してるのぉ! だから! 私のことを捨てないでぇ……」
「じゃあ、いい子にしてくれますわね?」
まるで、飼いならされたペットのように従順に、ありもしない尻尾を振るアンジェリア。
まさか……
た、立場が逆転している?
黙る代わりに密会する。今までと何も条件は変わっていない。差し出すものは一つも変わってないのに。
アンジェリアに”待て”を命じるルディア。唖然とする俺の側までやってきた。
「殴る直前に、お前の顔で何か企みがあるのだとは気付いたけど。なんでこんな結果になるんだよ……ありえないだろ。俺には全然——」
「いいえ、キラ。ありえないどころか、これは必然だったのです」
「こ、これが必然だって?」
ルディアは小さく頷くと、身体を捻り、アンジェリアを横目に見る。合わせて俺も視線を合わせると、素直に待てに従うアンジェリアは四つん這いで飼い主の次なる指示を待っていた。
「先程も言ったように、私はアンジェリアのことをよく理解しました。アンジェリアは私のことを本気で愛しているのです。
腐っても神。もし闘争となれば私も無傷ではいられないでしょう。ですが今のやり取りの中で、首を締め、殴りかからんとする私を前に、命の危機が迫るアンジェリアがしたこと、それは——」
「説得……だけ」
そうだ。アンジェリアは、戦うどころか抵抗すらしていなかった。抗えばルディアが傷付くかもしれない。アンジェリアにはそれが許せなかったのだ。だとすれば、命乞いだと思っていたアンジェリアの言葉は——真実。
自身が殺されれば、罰でルディアもただでは済まない。アンジェリアは自分の命が危険に冒される中、本気でルディアの心配をしてたということなのか?
「アンジェリアは私と戦えない、傷付けられない、勝つことはできないのです。彼女は一度も私に危害を加えなかった。あくまで実害であり、精神的な部分はまた別ですけどね」
まあ、それはそうだろう。他人の手を舐め回すような奴だ。怪我の方がよほどマシかもしれない。
「キラは先程言いましたね。私は調和を譲るわけにはいかない。アンジェリアは私を失う訳にはいかない。それで私は気付きました。この脅迫は、表裏一体だったのです。アンジェリアが私に好意を告白した時点で、私は気付かぬ内に彼女の最大の弱みを手にしていたのです。つまりはどちらが主にも従にもなりうる等価の取引だったということ。
そして、アンジェリアは愛だろうが怨念だろうが、私との関わりがあればそれでいい。主従が逆転してもアンジェリアにとっては同価値。であれば、主を求めた私が勝つのは必然。一見私の敗北しか見えないこの戦いは、実ははじめから、アンジェリアの敗けは確定していたのですね」
「そう、なのか……」
目を輝かせてルディアを見つめるアンジェリア。まるで、恋する少女のように純粋無垢な瞳。
「あいつが最低な女というのは疑いの余地もありません。恋の為なら殺人も厭わないような人格ですから。ですが、屈辱であった奉公の中。一度だけ、アンジェリアの眠る姿を見たことがありました。穏やかに、幸せな顔をして眠るアンジェリアの寝顔を見た時に——」
ああ、こいつは人を結びつける神のくせに、自分は孤独な、可哀想な奴なんだな
「――と、思ったのです。同情までする気はありませんがね」
孤独ってことは、常に一人ということ。一人でいるってことは、誰とも話をしないってこと。誰の考えも聞けないってこと。
俺からすればアンジェリアは歪んでいる。だが、自分一人の世界に閉じ籠っていた彼女には、それが全てで、正しくて、真っ直ぐに生きていただけなのかもしれない。
俺も殺されかけた。そんな簡単には許せない。だけど、だからって、他人の気持ちを”分からない”の一言で終わらせてしまえば、そこからは何も生まれない。
俺は転生キラ、転生者キラーを行う、ルディアに選ばれた転生者だ。誰よりも他人に興味を持ち、考え続けていかなければならないのだ。
「ま、それはさておき——」
両手を胸の前に出すルディア。指をくねらせてワキワキとさせている。
「これからあの女をどう料理してやりましょうか。今まで散々いい様にしてやられましたからね! さぁ、ヤリマスワヨォオオオ!」
眉と目尻と口角と、全てを吊り上げ悪戯な顔をするルディア。でかい背中を俺に向けて、じわじわアンジェリアへと歩み寄る。どうやらようやく、本調子に戻ってくれたようだ。
「まったく。俺は本気で命を懸けたってのに、全てはルディアの計算づくかよ。俺の為に調和も捨てて命を懸けるってのも、既に作戦の内だったって訳ね」
こいつには敵わねぇよ。そんな気持ちで漏らした何気ないお小言。
ルディアは歩みを止めると、ちらりとこちらに目を向けた。
「さあ、それはどっちでしょうかね」




