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第3話 俺TUEEEを始末ですわ!

 転生者から少し離れた木々の陰まで俺の手を引くルディア。どうやらここに隠れて男の様子を伺うらしい。しばらくすると、目を覚ました男が不審そうにあたりを見渡しながらむくりと起き上がった。



挿絵(By みてみん)



「こ、ここは一体。俺は確か、トラックに轢かれたはずじゃ……」


「ま、まじかよ……」

「ほら見たことですか」


 男の発言は確かに転生した者しか知り得ない内容である。これで晴れて? 推定の文字が外れた訳だ。


「見た目は都合により犯人の定番方式なのですわ。分かりやすく言うと『名探偵コ……』」


「みなまで言うな!」


「つれないですわね。まぁ冗談はさておき、よかったのですわ。あの男はまだ生まれたばかりの転生初心者。転生したばかりでまだまだ主人公としてのパワーも弱く、初戦の相手として最適なのですわ」


 先程男が述べた、死の間際を思い返すような発言。それは同じように転生直後の俺も思った訳だし、男も転生してばかりというのは間違いないだろう。


 それでえぇと、まずは何をするんだっけ?

 そうだ。確か『主人公らしくない』ところを探すんだったな。


 でも待てよ。確かに相手が初心者であることは有難いと思う。熟練者ほど手強くなるイメージがあるからだ。でも裏を返せばそれはつまり。


「物語は始まったばかりということじゃないか!」

「? まぁ、それはそうでしょうね」


 訝しげな視線を向けるルディア。何を当たり前のことを言っているんだと、今にもそう言いたげな面持ちだ。


「そうじゃなくて! 始末は『主人公らしくない』ことを探してパワーを集めるんだろ? これが物語の始めなんだとしたら、そんないきなり! 主人公らしさを測るようなイベントなんか起こるのかよ!?」


 もしこいつが主人公なら、まずは街に行って目的を見つける。そして旅に出て、仲間を集めもするだろう。いずれ敵対する者が現れて、戦って……

 話が進めばイベントはどんどん増えていく。だが、森で起きてばかりのこの男に、一体なんのイベントが待ち受けているというのだ。


「あなた、漫画のような創作物は見なくって?」

「え……?」


 質問したのはこちらのはず、なのにその返答は質問だ。自己中心な受け答えにイラつきを感じながらも、結局質問返しの意図も分からないので、正直に本音を答えることにする。


「結構見るけど、それが何か?」


 たったそれだけの答え。だがその言葉を聞いたルディアの顔色が一変する。

『物語は始まってばかり』その文面の意味は分かれど、質問の意図までは理解していない、そう思っていた。だが、始まってばかりの物語のイベントの有無、なんてことはこの女神には織り込み済みで、口を開き出た言葉は、俺が思いつく矮小な疑問など一撃で解消するものであった。


「だったら安心して見ているのですわ。話の始めから何もなく地味に終わるなんて、そんな展開は物語として、決してありえないのですわ!」


「!?」


 確かに言われてみれば、物語の構成は起承転結だ。そして、その中でも重要な役割を占めるのがオープニングにあたる『起』の部分。

『承・転・結』がいかに面白くても、『起』で見限られてしまえば、その先の展開は見られることさえ叶わない。つまり、物語の始まりは読者を惹きつけ離さない。劇的なものでなくてはならないのだ!


「理解したようですわね。少し前の時代であれば、転生したこと自体を劇的な展開として表現できたでしょうが、昨今は転生するなど最早前提! 至極当然、当たり前の展開なのです!

 ここまでは所謂プロローグ、そしてここから先がこの物語の真のオープニング――」


 話を終えるか否かのその瞬間。


 メキメキメキ……ズドォオオン!


 轟音と共に向かいの木々がなぎ倒される。そして土埃と共に姿を現したのは――


 体格は陸上生物最大である象を上回り、百獣の王と称されるライオンのそれが乳歯に見えてしまう程の鋭く禍々しい牙や爪。そんな、地球上ではありえない化物が一匹。どころではなく、倒れた木々の向こう側からぞろぞろと、待ってましたと言わんばかりに群れをなして現れる。


 単体ですらどうしようもないのに、それがあろうことか複数体。転生者はもちろん危険である。だが、それに負けず劣らず危機的状況に陥っている者を俺は知っている。正確には、者ではなく、者達。


「ちょっと待てよ? これって、俺達もやばいじゃないか!」


 今でこそ化物達の注意は転生者に向いているが、それがいつこちらに移るかは分からない。逃げ出せば物音で気配に気付かれてしまうだろう。

 現実世界の熊ですら、時速四五十キロの速度で走るというのだ。あの見るからに強靭な四肢を持つ化物達がそれより遅い、ましてや俺の足で逃げ切れるなど到底思えない。


 となればやり過ごすしかない訳だが、この化物達の嗅覚もどのレベルかは計り知れない。つまり俺達二人も転生者同様、いつ襲われてもおかしくない危険な状況であることに変わりはないのだ。


 要はこの後の展開は神のみぞ知る訳で――


 神?

 神なら今、俺の隣に……



挿絵(By みてみん)



 瞬間、身の毛がよだった。


 危機的状況を目の当たりにしても、慌てるどころか、むしろ楽しんでいるようにさえ見える、禍々しい笑み。

 凍りつき固まる視線。その視線に気付いたルディアはゆっくりとこちらに振り返る。息を吞むことすら許されない、緊迫した瞬間。


 だが、振り返るその顔は、既に普段の人を小馬鹿にするような図々しいものに戻っていた。

 

「まったく、だらしないですわね。誰と一緒にいると思っているのですか。神のストーキング術を甘く見ないで欲しいですわ!」


 いや、むしろお前と一緒だからこそ不安なのだが。


「安心なさい! 今、私は『神の視点』という人外の力を使っています。そしてあなたも私の力の範囲内にいます。私の周囲にいる限りは、いかなる力を持とうと。絶ッ対に! 私達に気付くことはできないのですわ!」


「まじか! 気配を消し去れるってことか?」


 気配を消すという行動は、創作ではよく耳にする表現だ。そんなありふれた能力も、実際にピンチが訪れ、効果の恩恵を体感するとこれほど便利で頼もしいものはない。

 だが、ルディアのその力は、単なる隠密のような能力とは一線を画す特異なものであった。


「というより、読者視点になると言った方が近いですわね」


「え? 読者?」


「読者でも観客でも、視聴者でも。いかにそれらが自身の存在を、劇中のキャラクターや演者にアピールしたところで、その気配を感知することなんかできる? 

 物語の中では全知全能の神だとしても、読者の存在は分からない。見れば必ず死ぬという呪われた悪霊や化物も、視聴者が見ていることには気付けない。『神の視点』は、私の周囲に『第四の壁』を展開する力だと思って頂ければいいですわ!」


 それは確かにすごい。いや、凄すぎる力だ!

 でもその表現がストーキング術っていうのは、なんだか少し違くないか? これがストーキングなのだとしたら、読者はみな覗き魔になってしまうじゃないか。


 そんな能力の説明をしている内に、化物達は転生者を取り囲む。身の丈だけでも常人の数倍はあろう巨大な化物達、質量でいえば数十倍、いや、数百倍は下らない。

 狙われている転生者はさぞパニックに陥っていると思いきや、存外取り乱すことなく一連の様子を眺めている。


 だがそのポカンと口を開ける間の抜けた表情は冷静というより、状況を飲み込めず呆気に取られていると言った方が良いだろう。化物の群れはそんな憐れな転生者を慰める為にここに来たなんて訳はなく、無防備な転生者に容赦なく襲い掛かった。


 俺はとりたてて想像力豊かな方ではないが、あれほどの体格差の化物に襲われた結果がどうなるかなど想像に難くない。正直グロいのは苦手だ。思わず目を閉じ、その瞬間から目を背けてしまう。


 ズガァァァァン!!


 瞼の内の暗闇の中、空気が割れてしまう程の轟音が周囲に鳴り響いた。鼓膜が破れてしまうかのような音の振動に、咄嗟に両手を耳に押し当てる。音だけでもこれだけの衝撃なのだ。転生者がどうなってしまったかなど推して知るべし。きっと肉塊になってしまったに違いない。


 とはいえ、いくら惨状を見たくないとはいえ、ずっとこのまま目を閉じているという訳にもいかない。恐る恐る瞼を開くと、再び光が目の前の光景を網膜に映し出していく。そしてその目に広がる光景は――


「なんだこれ? 撮影か何かなのか?」


 襲われたというのに、見当違いなことを喋りだす転生者。

 彼には怪我一つない。どころか元の位置から微動だにしていない。まるで何も起こってはいなかったのだと錯覚してしまうほどに。


「え? これって……?」

「いいから見ていなさい。今度は目を閉じるんじゃないですわよ」


 理由は不明だが転生者は無事だった。ルディアは何かを知っているような口ぶりだが。そしてこれほどの事態を前にしても不動だった転生者が、遂に動きはじめる。


「でも撮影だったとしても全く痛く無かったし。そうだ! これはきっと夢に違いない! だったら、ええぇい! くらえ!!」



挿絵(By みてみん)



 一人で考察し、勝手に理解し、そして転生者は化物の群れにパンチをお見舞いする。

 だがそれは格闘経験の無い、素人同然のテレフォンパンチ。攻撃とすら呼べないささやかな弱者の抵抗。そんな無駄で無意味で無力な一撃の、はずだった。

 しかしその拳を身に受けた化物達は――


 ズドオォォォォォォン!!!!


 呆気なく、そして跡形もなく、粉々に粉砕し吹き飛んでいったのであった。


「テンプレですわぁあああ!!! トラックで転生! 始めから強い! いきなり森にいるのに慌てふためかず、撮影や夢と勘違い!!」


 状況を飲み込めずに呆ける俺の傍らで、ルディアは突然不可解なことを叫び始める。


「な、なんだよいきなり! テンプレって、一体なんなんだよ!?」


「よくある展開って事ですわ! 転生ものに付けられる最も有名なタグ、それが最強。これは、典型的な『俺TUEEE』主人公なのですわ!」


 言われると、俺の見た『Fランク冒険者の無双伝記』も始めから主人公が最強の物語であった。あれって、転生もののストーリーではテンプレの設定だったのか。


「どうですか? あれを見て、キラは何かを感じませんこと?」


「えぇと、何かって言われても、そうだな。そりゃあ窮地を脱出できたのは良かったと思うよ。他人とはいえ死んでほしくはないからな。

 でもさ、修行も何もしていない人間がいきなりあんな化物を倒せちゃうなんてちょっと無理が――」


「ソレデスワァアアアアアア!!!!!!」


 化物の登場よりも、転生者の一撃よりも、更にその上をいく耳をつんざくような声が森の中に響き渡る。俺は驚きと共に反射的に手を身体の前に出して身構えた。

 だが、その身構えた手が――


「な、なんだこれ? 俺の手が、光ってる!?」


 光り輝く手。正確には右の掌が、目が眩む程のまばゆい光を放っているのだ。明らかに異常な状態ではあるが、痛みや苦しみといったものは感じない。ないのだが、この熱さは!? それは火傷をするとかそういう類の熱さではない。

 言い換えるならばそう、主人公が持つような、心を熱くさせる情熱的なエネルギー!!


「それこそが、主人公パワーですわ! 主人公らしくない部分を発見する事で吸収できる無敵のパワー! 転生して間もない人間が始めから最強の力を手にしている。主人公としてあるべき修行と努力を蔑ろにしているにも関わらず、本来強敵足る者達は主人公にまるで歯が立たない。

 その理不尽さが! あなたに主人公パワーをもたらしたのですわ!」


 原理は謎だが、この主人公パワーという力を吸収する為の条件というのは実際に体感してみて理解できた。だけどもう一つ肝心要の問題が残っている。


「分かったけど、でもこの力って、一体どうやって使うんだよ!」


「安心なさい。始めは私の言動を真似すれば良いですわ」


 そう言うなり、ルディアはおもむろに右手を転生者に向け始める。言われるがままに、俺も光り輝く右手を転生者へと差し向けた。


「さぁ! 今ですわ! 私に続いて――」



挿絵(By みてみん)



「空よ、海よ、この世の万物の魂よ。調和の神、ルディアの名の下に――」


 何やら神聖そうな祈り? 呪文? を唱え始める。

 その文言から察するに、聖なる浄化の力なのだろうか?



挿絵(By みてみん)



「転生者よ死ねぇええええええ!!!!!!!」

「死ねって言っちゃったぁあああ!!!」


 詠唱とは程遠い暴言ともいえる言葉。その発声が引き金となり、俺の右手から主人公パワーが放出される。

 放たれた光は転生者目掛けて凄まじい勢いで飛んでいく。だがそんな派手な演出も、気配に気付けぬ以上避ける術などありはしない。


 そして……!


 光の弾丸は、無防備な転生者の胸を容赦なく貫いた!!


「ぎゃああああああ!!!」


 右手に集約し凝縮された、高密度な主人公の力。その力をその身に受けた転生者は、先に爆散した魔物の如く、粉々に砕かれて天へと浄化していった。



挿絵(By みてみん)



「ヤリマシタワァアアアアアア!!!!!!」


 魂の昇りゆく天に向かい、高らかに勝利を宣言するルディア。そこには世間一般の女神に対する清らかなイメージは皆無で、狂気の入り混じるその様子に、ただただ俺は顔を引きつらせていた。


「うひゃひゃひゃ! モリリンざまぁあああ!! 今日も転生者の始末で、飯がうまいのですわぁあああ!!!」


 仮にもそれが神の言うことか。半狂乱状態で騒ぐルディア。ひとしきり騒ぎ落ち着きを取り戻した頃に、タイミングを計り声を掛けた。


「ま、まぁ上手くいったみたいで良かったけどさ。一つ聞きたい事があるんだけど、いいかな?」


「? どうぞ?」


「始末の時なんだけど、毎度あんな台詞を唱えて放たなきゃならないのか? きっと呪文とか詠唱って大事なものなんだろうけど、なんかその、こっ恥ずかしくて……」


「あれは単なる私の嗜好ですわ」


「…………は?」


「飛ばす、という意志さえあれば、別に無言でも構わないのですわ」


 こ、この女……俺で遊んでやがるな。

 そんな悪態を吐こうとした矢先。


 目の前が突然暗くなり、俺はまたしても意識を失ったのであった。









挿絵(By みてみん)

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