第37話 呪いと災い
辿り着いた先。そこは城に勝るとも劣らない広大な敷地。門から続く並木道が果てが見えぬほどに長く続いている。ここまで長くする必要などあるかと問いたいが、防犯なのか、はたまた貴族のプライドに依るものなのかもしれない。
そんな妄想に想いを巡らせていると、ようやく道が開け、屋敷の庭へと辿り着いた。ここもまた同様に広大だ。色とりどりの自然と、彫像や噴水などの人工物が見事にマッチした華やかな庭園。その先には屋敷がそびえ立つ。
豪邸という言葉が生ぬるい、大型ショッピングモールを思わせる巨大な建物。階数でいえば三階建てだが、その一つ一つの階層の高いこと。そして何より、視界には入りきらないその横幅。こんな家に暮らせば屋外に出ずとも、容易に運動不足は解消できるだろう。
庭を迂回し、屋敷入口で馬車は止まる。馬車を降りる令嬢と若干衣服が擦れたものの、それを意に介す様子はない。気付いているのかいないのか、ともかく、そんな程度で話の進行が止まるような問題ではなかったようだ。
令嬢と付き人の後を追い、俺とルディアも屋敷にお邪魔する。これだけ広大な邸内を迷わずに進んでいく令嬢。当然、住んでいるのだから当たり前ではあるのだが――
「他人に成り代わった人間が、よく異世界の生活に馴染めるよな」
「普通に考えれば、短期間では不可能でしょうね。本来は長い時間をかけて習慣だとか、レディの嗜みだとか、妃教育だとか習っていくのですから。
悪役令嬢には戦闘におけるチートはありませんが、成り代わる前の記憶を引き継げる点が、恋愛転生物語におけるチートかもしれませんね」
冒険者には冒険者の、令嬢には令嬢なりの特権があるということか。考えてみれば、一度プレイしたことのあるゲームの内容に転生できるという点も、未来予知に等しい力を得ている訳で、バトルを主としない物語に於いては最大級のチートと言えるだろう。
令嬢は自室に着くと、椅子に腰かけ、使用人の出す紅茶を落ち着いた様子で口につける。王家との婚約を破棄されたというのに、なんと太々しいというか、たくましいというか……さすがに主人公となる人間の器ではあると感じた。
「お父様は?」
「今は奥様と共に屋敷を出ておられます。時間的にも、もうすぐお戻りになられるかと……」
「きっと、お父様はお怒りになるでしょうね」
一見タフな主人公でも、さすがに親となると気に掛かるらしい。この時代背景の婚姻は、政略的なものが多いとされる。そんな大事な婚約が破棄されてしまったのだ。個人の問題では済まされない。
しかも破棄されたその理由。真偽の程は別として、建前では令嬢の侮辱が発端とされている。家長が怒るのも当然といえよう——
「ええ。きっと私以上に。旦那様は、王太子に殴り込みにでも行ってしまいそうな気が致します」
——え?
怒るって、令嬢に対してではなく、そっち?
確かに今の令嬢は善人かもしれない。だが、以前のケースと同様に、転生者が成り代わる前の悪役令嬢は、実際に悪事や虐めを行っていたのではないのか?
元の悪役令嬢が行っていたであろう侮辱が発覚してから、先程の断罪が行われるまで、それほど長きに渡る月日が経った訳でもないはず。今まで悪さを働いていたはずの悪役令嬢は、きっとつい最近までこの世界にいたはずなんだ。
なのに、一体なんなのだ。この女を善と断ずる信用は。子供を溺愛するモンスターペアレント的な親なのかもしれないが。
考え込んでいると、扉を叩く乾いた音が部屋の中に鳴り響いた。
「どうぞ」
「失礼致します。お嬢様、旦那様が戻られました。取り急ぎ旦那様のお部屋に来て頂きたいとのことです」
「分かりました。参りましょう」
意を決した面持ちでその場から立つ令嬢。付き人を残し部屋を出ると、迷わぬ足取りで父親の待つ部屋へと向かう。親子とは思えない程に開いた距離。部屋から部屋の間の距離、という物理的な意味でだが。
ようやく足を止める令嬢。目の前には父親の待つ部屋の扉が構える。ノック一つをとっても作法の整ったその姿は、この家の厳格さを物語っているように思えた。
「入れ」
風格のある低く太い声が扉越しに伝わる。令嬢と共に、俺とルディアも室内に失礼させて頂いた。
「此度の件、王太子に婚約を破棄されたと聞いたが。一体どういうことだ」
「はい、実は――」
令嬢はこれまでのいきさつを父親に語る。最終的に始末はするが、俺とルディアは部外者だ。淡々と、客観的に話の内容を分析する。つもりであったのだが――
「――――のように、証拠も無しに、証言のみで疑いをかけられ、それがまかり通ってしまった次第でございます」
「な、なんだと……」
顔を強張らせ、全身を怒りで震わせる令嬢の父親。そのこめかみには血管が浮き出ている。だがそれは、第三者視点で聞いていたはずの俺も同じであった。
なぜなら、話が本当であれば令嬢の行動に落ち度はないからだ。確かに令嬢は、相手の女に対して事あるごとに口を挟んでいたそうだ。だがそれは、愚痴でも小言でもなく、真っ当な”注意”であった。むしろ相手の女の行動の方に重大な問題がある。令嬢の行った行動は、節度ある当然とも言える内容だったのだ。
「まったく、キラまで味方になってどうするのですか。私達はこの令嬢を始末しなければならないのですよ。それも、なるべく速やかに……」
「わ、分かってるって! そう急かすなよ!」
「急かしもしますわ! これもバレたら次は何をされるか――」
そこまで言ってルディアは口を噤んだ。俺に何かを悟られていないかと、伺うように上目遣いでこちらを見ている。だが俺は、もう既に理解している。そして、やはりルディアのこの発言、俺の考えに間違いはなかったようだ。
”これも”というルディアの言葉。恐らく、転生者の始末自体を封じられているのか、もしくは、自身の創り出した転生者に限って始末を止められているのか。
これは俺の予想だが、多分恐らく後者だろう。始末全てを抑制されるとなれば、それはルディアにとって死ぬも同然。それでは弱みを握る意味がない。始末を限定的に容認することで、ルディアの心を操りつつ、自身に何かしらの見返りを求めているのだ。
「その、えっと……」
「その話は、始末を終えたらたっぷり聞いてやる。だが今は一刻も早くここから出るのが先決だ。それにもう、何が”らしくない”のか、俺は既に理解したからな」
「……え? うそ……」
「令嬢に同情したことで気付いたんだ。今回の令嬢はな、最初に”悪役”令嬢に転生したと言っておきながら、成り代わる前から悪役じゃねぇんだよ。付き人の命の恩人で、家中の者の信頼も厚い。加えて掛かった容疑は冤罪ときている。ゲームの悪役がこれってどうなんだ? 最悪、実は良い奴だったという流れになっても良しとしよう。
だが、それで引き立てられるのが、王太子とその横にいた”本来”の主人公であるはずの女の悪行だ! これでは二人は悪者だ。原作ゲームでも二人は悪者なのか? そんなはずないだろう。だって、主人公とその婚約相手なんだから!」
そう、今回の令嬢の行ってしまった、本人すら気付かぬ罪とは――
「前回の悪役令嬢と同じだ。この令嬢は、主人公を悪役に引き立てるという、”主人公潰し”をやっちまったんだ!」
「す、すごいよ……キラ……」
口調まで崩して……
きっと、身を削る想いをしてきたのだろう。自我が崩れてしまいそうなほど、辛い想いをしてきたのだろう。でも、大丈夫。ルディアはまだ生きてる。帰ったら話の全てを聞いてやる。そして、一緒に解決策を考えよう。
「だからな、落ち着けよ。俺と一緒に、家に帰ろう」
「うん……」
力を纏った、輝く右手をルディアの小さい肩に乗せる。俯き、声を押し殺して啜り泣くルディア。涙を拭うと、俺の笑顔に微笑みを返して――
――――え?
ルディアの視線は、俺の瞳を見てはいなかった。
血の気の通わぬ、絶望に満ちた眼差しを、俺の”背後”に向けている。
「…………あ……あ……」
「ダメヨオオオォォォ……」
背筋を震わす薄気味悪さ。耳を抉るような悍ましい声音。
凶兆を孕む呪われた気配に、息を吞んで、ゆっくりと、振り返る。
死。
死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死
それが感想。それが全て。
生気はない。あるのは呪いと災いだけ。
白い衣装を身に纏い、そこから痩けた四肢を覗かせる。
狂気的な白肌、病的な肢体。命を感じさせないその容姿。
爛々と光る瞳は燃え盛る炎のようで——
それだけが唯一、その者が生者である証明になるのであった。




