第36話 再 悪役令嬢を始末ですわ!
今回出くわした場面。前回と同様に、男の傍らには女性が控え、体面するかのように一人の女性が立つ。デジャヴを疑う程に見覚えのある三角関係。だが、一つだけ前回の場面とは異なる点が見受けられた。
それは、体面する一人の女性。前回こちら側の女性は絶望に満ち、膝から崩れ落ちるように座り込み、断罪返しを受けて処罰をされていた。だが今回相対する女性は、臆することなく、凛とした面持ちで男女二人と向き合っている。
「彼女に対する数々の侮辱。どう申し開きをするつもりだ!」
「申し開きなどございません。私は正当なことを申し上げました。恥ずべき行いもしておりません。故に、謝るつもりもございません」
「な、なんだと!? この期に及んでなんと無礼極まる。もうよい! お前との婚約は……破棄する!」
ざわざわ……
こ、これが噂に聞く”婚約破棄”というものか。
ざわつく場内。だがそれも当たり前、こんな場面を目撃すれば、誰だって、無表情ではいられないだろう。
「右を向いても左を向いても婚約破棄と俺TUEEE。もはやバーゲンセール状態ですわね」
と、思ったら横にいた。俺にとっては初めて見る婚約破棄、だからルディアと違い新鮮味を感じる。
だが、確かにルディアの言う通り、最強に関して言えば相当な安売りであることは否めない。最も強いとはなんなのだろうか。是非、”全”俺TUEEE主人公を集めて真の最強を決めて貰いたいものだ。きっと、裏ではランク付けをする不毛なスレッドが乱立するに違いない。
「下らない。今回の催しは、わざわざ私を貶める為に開催したという訳ですか。いいでしょう、受け入れます。これでもう貴殿とは無縁の身。この場には不要ということでございます。では皆さん、もう会うことは無いでしょうが、ご機嫌よう――」
ざわざわざわ……
一礼を済ますと踵を返し、つかつかと会場を後にする令嬢。婚約破棄された女と、男の傍らにいる女。果たしてどちらが主人公なのか。残るべきか、追うべきか。
しかし、到底負けたとは思えないこの態度。そして以前、婚約破棄は始まりと言っていたルディアの言葉。恐らくこれは――
「追うぞ!」「追いますわ!」
重なる声。向かい合って頷くと、会場に背を向けて、立ち去る令嬢の後を追う。大広間を出た令嬢は、足早に城の出口へと向かっていく。まるで悔いや躊躇いのない歩調。その歩みは、一つ芯の入った主人公らしさを思わせる。
そんな令嬢の下に、一人の女性が走り寄ってきた。肩で息をする女性。単純に走り体力を使ったからかと思ったが、なにやらそうではないらしい。拳を震わせ、眉をひそめるその女性。その息遣いは疲労ではなく、溢れ出る怒りからくるものであった。
「お嬢様! なぜ言い返さないのです! あの男の言うことは全て根も葉もない妄言ばかり。私の命の恩人であるお嬢様に対して……許せないっ!」
「落ち着きなさい」
「落ち着いてなんていられません! こうなったら私が直接――」
「だから! 落ち着きなさいってば! 一付き人のあなたが王太子に向かって楯突きでもしたら、その後どうなるかなんて分かるでしょう?」
「うっ……」
不敬罪。日本でこそ撤廃されたが、今でも各国で根強く残っている罰則だ。もちろんその罰は、過去に比べれば大分緩くはなっている。だが、ここは中世を色濃く反映した異世界。不敬罪・侮辱罪・大逆罪。当時それらは、死んで当然の大罪だった。もし、公衆の面前で貴族に口答えをしたならば、きっと付き人程度の身分など、その場で死刑が確定していただろう。
怒り狂う付き人であったが、令嬢の言葉でようやく落ち着きを取り戻す。だが、歯を食いしばり、無数の皺ができるほどに強く握り締められた衣服は、溢れる怒りを必死に押し殺そうとしているのだと見て取れた。
「ありがとう。私の為に怒ってくれて。でも、私はあなたが思ってるほどに悲観してないの」
「え……」
「私の言うことは信じられないかもしれない。だけど、あなただから言うわ。ここはね、ある”乙女ゲーム”の世界なの。そして私は、その中の悪役令嬢として生まれた。だから、私はこの先に起こる出来事は全て分かってる。私はその知識を使って、この世界で必ず幸せになってみせるわ!」
「よ、よく分からないですけど……でも! 私は何があってもお嬢様の味方です! ぜひお嬢様の幸せのご助力をさせてください!」
じ、自白。しやがった……
とはいってもだ。端からこの令嬢が転生者だと踏んでいた訳だし、自白したところで”らしくない”とは決めつけられない。そして悪役令嬢だとしても、今のところ本来のゲームのヒロインたる主人公には”ちゃんと”敗北しており、前回のような、外伝キャラクターが主人公を圧倒してしまうような、主人公潰しという”らしくなさ”も適用できない。
つまり、現状では始末の要因は分からないということだ。もう少し深く、この転生者の様子を探る必要がある。令嬢と付き人の二人は城を出ると、馬車に乗り込み帰路へと着く。もちろん俺とルディアも同乗する。転生者無きこの城には最早用はない。
がたごとと揺れる馬車。さすがに現代の乗り物に比べるとその乗り心地はよろしくない。馬車酔いが頭を過ったが、それより何より、令嬢の持ち物とはいえ、決してバスや電車の様に大衆を乗せる用途ではない個人の馬車。間近にいる女性二人と接触しないように気を遣うこと、その集中が酔うという意識を頭の中から消し去った。
「なんとかぎりぎり距離を保ってるけど、何かの拍子にぶつかってもおかしくないぞ」
「触れた程度では見つかりはしないのですわ。今まで声を出しても気付かれることはなかったでしょう。さすがに、怪我を負わせる程に接触すれば不審に思いもするでしょうがね」
”神の視点”の効力。当初は絶対に気付かれないと言っていたが、今は怪我を負わせれば不審に思うともいう。
「うーん、線引きがよく分からないな」
「では、こう考えてください。前に私はこの力を視聴者視点といいましたが、キラは透明人間になって舞台の演劇に加わると思ってください。何もしなければ誰にも存在は気付かれない。例え、声を出そうが、役者に触れようが、多少のことでは演劇は構わず続行されるでしょう」
「まあ、劇団はチケット代を既に貰ってる訳だし。そのくらいなら、な」
「ですが、役者に暴力を振るったり、舞台装置を破壊すれば、さすがにその演劇は中止されます。その境目が、存在に気付かれるかどうかの境目と同等だと思ってください。逆に、物語の進行に深刻な支障さえきたさなければ、いかなる能力でも発見できない。私たちの存在の為に、わざわざ物語を中断したりはしない、ということですわ」
なんだか、思った以上に複雑な能力だ。だが要は、物語が進行不能なほどの粗相さえしなければ、俺らを無視して役を演じてくれるという訳か。
だが、そんな説明をしているルディアの方が、俺より遥かに小さく縮こまり、馬車の隅で膝を抱えている。
”何か”に見つからないように、必死に気配を押し殺しているのだ。




