第35話 恐怖なんかに負けたくない!
翌日、ルディアは家に帰ってきた。
前ほどの中長期的な外出ではなかったので一安心といったところだが、相変わらずその顔はやつれているように見える。
前回のルディアの帰宅から魔王の始末までは、母に知られずに行ってきたことだ。母からすれば、このタイミングでルディアが家に帰ってきたことになる。話し相手も戻ってきて、喜び舞い上がる母。きっと今日の晩御飯は、ルディアの大好物ばかりのご馳走になることだろう。
二人の再開を黙って見届けると、自分の部屋に戻り、遅れてしまった勉強に取り掛かることにする。
ヘッドホンから流れるBGM。好みの音楽が三度流れる。一時間、いや、二時間くらいは経ったであろうか。一通りのお喋りを済ませたのか、ルディアは自習をする俺の部屋を訪ねてきた。
「偉いですわね」
「自分を磨くってのは大事なことだからな。お前は漫画かゲームでもしてくつろいでなよ」
「キラの勉強の邪魔になりますわ」
「今更だっつの」
ルディアはベッドの上にちょこんと腰を下ろすと、暇を潰す訳でもなく、ただじっと、俺の机に向かう様を眺めている。その方がよほど集中できないのだが、今のルディアにはしたいようにさせてやる。なんとなくそう思って、特に口出しすることもなく自習を続けた。
「何も、聞かないんですのね」
「……聞いて欲しけりゃ、聞くけど」
「ふふ、偉そうに……」
「じゃあ聞かねぇ! あとで言いたくなっても後悔すんなよな!」
なるべくおちゃらけて、普段通りに振舞おうと努力する。やつれてはいるが、今日のルディアは少し機嫌が良いように思えた。母と話したからか、もしくは空白の時間に何かあったのかもしれない。
ルディアは神様で、永きに渡る時を生き続けて、俺よりずっと賢くて、そんな奴の悩みなんて、聞いたところでどうすることもできないと思う。
だけどもし、そんな奴でも俺に頼るようなことがあれば、その時は全力をもって助けてやる。俺にできることがたかがしれていたとしても、だ。だからそれまでは、俺は普段の俺を貫くんだ。ルディアの信頼を得られるようになるまで。
「あっ」
「なんだよ、やっぱり話す気になったのか?」
「転生者波動……」
「そっちかよっ!」
まあ、俺の方は勉強にも粗方目途がついたところだ。転生者始末に出向くこともできる。問題はルディアの方だが……
「行けんのか?」
「失礼な、私はどんな状況であれ、始末を止めることはしませんわ。それが私の使命であり、矜持であるもの」
その場から立ち上がると、いつものように異世界へのゲートを作り出すルディア。俺に手を差し出すその顔は、自信と不安の半々といったところ。
手を取ると、途端に身体が軽くなり、ルディアと共にふわりと異次元のトンネルを抜けていく。あらゆる次元に繋がるこの空間。様々な世界が垣間見え、そして走馬灯のように過ぎ去っていく。瞬く間に行き交う世界の一つ一つに人がいて、ドラマがあるのかと思うと、言葉では言い表せない奇妙な感傷が胸に押し寄せた。
そして行きついた先、その場所は――
城だ。再び。
しかしその場所は、魔王城のような退廃的な様子ではなく、煌びやかなパーティ会場といった様相。そして、まったく同じという訳ではないが、この場の雰囲気には前にも一度見覚えがあった。
そう、以前にも相手取った、悪役令嬢のそれと被るのだ。
「今回は、また悪役令嬢のような雰囲気だな。観察してみなきゃなんとも言えないけども――」
振り返ると、瞳孔を開き、息を吞むルディアがそこにいた。
先程までの淡い上機嫌は消え去り、その顔には恐怖と困惑の感情が伺える。
「や、やめとくか? 今回の始末は……」
「いえ、大丈夫です。私は、自分の意志を貫くと決めたのです。負けたりはしない……負けてたまるもんか……」
弱気な態度に対して強気な発言。その言葉だけが、なんとかルディアの正気を保っているかのように見える。
少ない情報から察するに、恐らくルディアは、転生神の誰かにいいようにされている。力でねじ伏せられているのか、はたまた弱みを握られているのか、そこのところの確証はない。
だが、俺の勘では恐らく後者だ。ルディアは単なる力に屈するような奴ではない。それに、相手は多分女だ。
今回の転生者は恐らくだが悪役令嬢。そしてルディアはその情報だけで、今こうして怯えている。魔王の時にはそんなことはなかった。つまりは、悪役令嬢に関する転生神が要因の可能性は高い。
そして、前回の悪役令嬢の時に口にした。転生神アンジェリア。ルディアはそいつのことを、いけ好かないメンヘラ女と呼んでいた。メンヘラという言葉に語弊を持たせたくはないが、それでも一般的な物語での描かれ方は――
猟奇的な執念。
病的な嫉妬。
狂乱的な愛情。
といった所。具体的な行動の内容は分からないが、何かしでかすには十分といった性質を持っている。
そして、転生神に握られたら困る、ルディアの最大の弱み。それは――
俺が転生者を始末していること。
これだ。これしかない。ルディアは、アンジェリアという神に、転生者を始末していることがバレてしまったのだ。




