第33話 終 魔王転生者を始末ですわ!
返り血を浴びる勇者。自らの意思で魔王に止めを振るったのだ。血に濡れるのは当然であるはず。だが剣を振り下ろした勇者の動きはぴたりと固まり、その顔には驚嘆の表情に満ち満ちている。
魔王は切り落とされたはずの首を上げると、驚くべき光景を目の当たりにした。
「良かった……間に合って……」
「……なっ!? お前はっ!」
勇者と魔王。その間で崩れるように身を落とすのは、四天王亡き後、唯一残されたフードを被る側近。危険を感じ慌てて飛び出したのか、フードは捲れ、その麗しい顔が露になる。
男だと思っていた側近の者。その者は女性だった。魔王と同じく、艷やかな藤色の髪から角を覗かせる女性の魔物。彼女は自らが盾となり、勇者の凶刃から魔王の身を守ったのだ。
血溜まりの中に伏す側近は、最後の力を振り絞り、震える手を魔王へと伸ばす。
その手を、そして想いを、魔王は両の手でがっしりと受け止める。
それは言ってしまえば、いつでも止めを刺せる完全に隙だらけの状態。
だが、勇者は黙ってそれを見守った。無粋な真似はしなかった。その振る舞いは、この勇者が偽善だけで戦っているのではないことを示していた。
「ま、魔王様……どうか……我々魔族に……栄光を……」
優しい光に包まれる側近の身体。その光は決して魔族とは思えない。慈愛に満ちた、神にも等しき聖なる輝き。
その光が瞬間、閃光のように強く激しく瞬くと、既にそこには側近の姿はなく、幹部達と同様に跡形もなくこの世界から消え去っていた。
これは……力の譲渡。
側近は四天王同様に、最後の力を魔王に託したのだ。
新たな力を得た魔王は、ゆっくりと勇者の前に立ちはだかる。
刺せるはずだった止めを刺さず。あまつさえ更なるパワーアップを許してしまった勇者。だがその顔に後悔の念はない。
「私には最早守るものはない。それでも私は戦おう。彼等の意思を継ぐ者として!」
「受けて立つ。ここで退いたら、平和と称して切り払ってきた魔物達、奴らの魂も浮かばれん!」
魔王を守り抜き、その命を捧げた魔物達。罪を背負い、それでもなお戦い続ける勇者。どちらも涙ぐましい想いと想いのぶつかり合いだ。この戦いには誰も水を差すことなどできない。誰にも止めることはできない。
俺、以外は……
そう、俺は分かってしまった。
一見、譲ることのできない二つの想い。だがそこには決定的な違いがある。今思えば、ルディアの漏らしたあの苦言。あれが違和感のきっかけだったのかもしれない。
「その右手は……気付きましたのね!」
「ああ。魔王の想い。きっと正しいものに違いない。だけどな、それでもやっぱり、おかしいんだ」
光り輝く右の手を、構える魔王に差し向ける。
一人孤独に戦う勇者。対して魔王には仲間の力が備わっている。信頼と結託の力、そのパワーには何者も勝てやしない……って――
「そんな簡単に! 信頼が得られてたまるかぁああああ!!!」
放たれた主人公パワーは、魔王を目掛けて飛んでいく。更なるパワーを身に着けた魔王。だが、この力には戦闘力など関係ない。
力に射られた魔王の魂は、この異世界から完全に消えてなくなったのであった。
「ヤリマシタワァアアア!!!」
力を授けた魔物には悪いが、戦えばどちらかが必ず死んでしまう。であればこの選択はきっと、間違いではないはずだよな。
「なぁ、俺のことって、信頼できるようになったか?」
「何よいきなり。まぁそうですわね。ちんちくりんだった頃に比べれば、少しは信頼に足るようになりましたかね」
「俺もさ、お前のことは性根の悪いクソ女神だと思ってたよ」
「酷い言い種ですわね」
「でもさ、最近は人間らしいところも見えてきて、俺にも優しくしてくれて――
一緒にいて楽しいって、思えるようになってきたんだよ」
「…………」
「信頼ってさ、得るのには時間がかかるんだよ。さっきお前は言ったよな。ぽっと出の魔王に命を授けるなんて馬鹿らしいと」
「言いましたわね」
「さすがにそれは言い過ぎかもね。魔族の存亡が懸かってた訳だし。けどな、例え相手が魔王でも、その肩書だけで信頼できるのか? 勇者ならば、無条件で信用できるか? 心の底から、信じることができるのか?」
時に、目を見れば善悪が分かるという者がいる。時に、気の良し悪しで敵か味方か分かるという者がいる。だけど、そんな程度で分かりはしない。奥深い人の感情が、そんな程度で分かってたまるか!
「時間をかけて、ゆっくりと、分かりあっていくのが信頼だ!」
今回は主人公らしくない、というより、主人公らしいことをしていなかった。本来辿るべき信頼への軌跡。それが欠けているからこそ、魔王は主人公らしくなかったのだ。
「今回は、やけに熱いですわね。ですが、キラの言う通り、転生者の多くは一様に信頼を得るのが早いです。助ければベタ惚れ。敵を倒せば国の英雄。序盤にして多くの”絶対の”信頼を得ますわ。確かにキラの世界でもある程度の信頼は得られるでしょう。違いは、全てを差し出すほどに妄信すること」
ルディアは両腕を広げると、視線を外し、まるで世界に向けるように語り始めた。
「果たして現実世界の人間は、助けてくれた赤の他人に命を懸けれますか? 全ての財産をなげうっても良いと思えますか? 残りの人生の全てを、その人に捧げることができますか? 恩は感じれど、きっとそこまではできやしない。できるのは、真に信頼を築いた者にだけ。だからこそ、命懸けというのは美しいのです」
ルディアは決して、命を差し出すこと全てを下らないと言っていたのではない。差し出すに値する者に差し出せと、そう言っているのだ。
「魔王がいてもいなくても、勇者はこの城を落としていたでしょう。これで自体は元通り。調和を乱すことなく終えることができましたわ」
「片側の種族が負けたのに、調和を乱してないってのもおかしな話だな」
「おかしくないですわよ。要はありのままの自然の流れに行きついたということですもの。仮に負けるのが人類でも、本筋ならばそれも運命。平和が調和。戦乱が混沌という訳ではないのですわ」
そこまで話して、ルディアようやく帰り支度をしはじめる。要は現実世界へのゲートを作るということなのだが。
目の前に現れる異次元空間。ルディアに促されその入口へと歩みを進める。
だが――
「おい、何突っ立ってんだよ。お前も早く――」
「いえ、私は寄るところがあるのです。キラは先に帰っていなさい。出口は、自然と開くようにしてありますから」
「わ、分かったよ。けど、一体どこに?」
「それは……その。神は忙しいですから。色々とあるのですよ」
言葉を濁すルディア。その顔色は……重い。
神にも色々とある。そこの真実は計り知れない。だが、ルディアとのこれまでの付き合いで得た信頼は、それが良からぬことだと俺に知らせた。
「おい待て、まさかお前の用事って――」
言葉半ばで、ルディアはゲートの先に俺の身体を押し入れる。閉じていくゲートの入り口。異世界に残されたルディアは、酷く、陰鬱な顔をしていた。




