第32話 続々 魔王転生者を始末ですわ!
刻は日没。元より薄暗い魔界を、更なる闇が染め上げる。合わせて、勇者襲来の時刻も刻一刻と迫ってきていた。
魔物達は皆、襲撃に備えて装備や配置の確認を入念に行っている。張り詰める緊張感。中には気炎万丈する者や、戦戦恐恐としてしまう者まで。それは人間と同じ、神でもなければ神話の化物でもない、渦巻く感情に吞まれる俗世の者のそれだった。
一度は解散した集まりであったが、魔王の側近の魔物達は再び玉座の間を謁見する。それも足早に、何かを急ぎ伝えるように――
「魔王様っ! 勇者は送り込んだ幹部達を難なく突破! もう間もなくこの魔王城に着くことでしょう」
「そ、そうか……」
「勇者は想像以上の力を付けているようでございます。そこで、魔王様にご提案があり伺った次第でございます」
「提案だと? それは一体……」
すると、件のフード男の背後から、二体の魔物が歩み出る。魔王の眼下に跪くと、面を上げて進言した。
「我ら四天王。先程勇者に討ち取られ残るは二体。望むなら我らも勇者に挑みたくございます。ですが我ら過去に一度、勇者に挑み敗れ、敗走した身。再び挑むは蛮勇というものでしょう。このままでは勇者には勝てない。ですので、魔王様にお力添えしたく思い、こうして名乗りを上げた次第でございます」
「つまり、なんだ。お前達も、私と共に戦ってくれるというのか?」
「いえ、魔王様と勇者。その高レベルな闘いに我らが割って入るなど不可能です」
「では一体、何を力添えするというのだ!」
要領を得ぬ話に声を荒げ、不快な感情を露わにする。突如異世界に巻き込まれ、訳の分からぬ事態に陥る魔王。憤慨したくなる気持ちも分かる。しかし、そんな些細な怒気だけで、その場の空気は一変する。
吹き荒ぶ魔力の嵐。その圧力に皆一様に顔をしかめる。涼しい顔をしてるのはたったの一人、俺の傍らにいるルディアだけ。
「魔王様。どうか怒りをお鎮めください。我々は決して、嘘も戯言も言っている訳ではございませぬ。力及ばぬならば、せめて魔王様の力の一部になりたく、この身を捧げようということでございます」
「な、なんだと!? それはつまり……」
「我ら生贄となりて、魔王様に魔力を注ぎましょう」
四天王と名乗る二人。覚悟を決めた面持ちでその場を立つと魔王の傍らまで歩み寄る。そして一方が右手を、もう一方が左手を魔王の掌に重ねると――
「魔王様、どうか我々魔族に勝利を……」
そう言い残して、二体の魔物は消え去った。
見た目には跡形もない。だが、彼らの意志と力が、確実に魔王に伝わっていること。それだけは魔王を包む気のかたちから感じ取ることができた。
「私としたことがとんだ早とちりを。すまない、二人とも。その思い無駄にしない為にも、勇者はこの私が倒して見せよう!」
残されたフードを被る側近は、その様子を涙ながらに見守っている。
同じく俺も――
あ、熱い……泣かせやがるぜ……四天王達よ。
信ずる者に力を託す。悲しいが、なんと美しい場面なのだろう。
ここまでくると、本気で魔王を応援したくなってくる。もちろん勇者がやられてしまうのはNGだ。だから、なんとか両者が歩み寄れる結末になってくれれば良いものだが……
「まったく、自らの命を差し出してしまうとは。愚かなことですわ」
「ん? なんだって?」
「ポッと出の存在に命を捧げるなんて馬鹿げていると、言いたいのですわ」
「ちょっとそれはあまりにも――」
苦言を呈しかけたその瞬間。突如耳をつんざく爆発音が城内に響き渡る。その振動は城内を大きく揺らし、崩れる破片が床を埋めていく。
「ついに、来ましたね」
「勇者のお出ましか!」
様子を伺いに行きたいが、結局勇者は魔王の下に訪れる。何より荒れ狂う戦場では、どこから流れ矢が飛んでくるかも分からない。ルディアの提案で玉座の間で待ち受けることにする。
火花を散らすような甲高い金属音。火薬か魔法の爆発音。けたたましい雄叫びが聞こえたと思えば、続いて世にもおぞましい断末魔が響き渡る。それは、戦争というタイトルの一つの音楽。
しかし、演奏者なくして音を奏でることは敵わない。次第に終局を迎えるオーケストラ。そして――
扉は開かれた。
「魔王! この世界の平和の為……お前の首、貰い受ける!」
「やってみろ! 貴様の命を刈り取り、魔族繁栄の狼煙としてやる」
遂にはじまる最終決戦。いまだに”らしくない”ことは分からない。この勝負の間に、なんとか違和感を見つけなければ。
「集中するのですわよ。ここが正念場ですわ」
互いの掛け合いを合図に、戦いの火ぶたは切って落とされる。
剣を構える勇者は玉座へ駆けると飛び上がる。狙いは頭部。振り上げるその剣は、椅子ごと一刀両断するつもりだ。
させじと魔王、勇者目掛けて魔法を放つ。炎や雷撃、氷塊など、あらゆる属性の最強魔法。宙を舞う勇者に避けることはできやしない。しかし、その全てを正面から切り伏せていく。
止まらぬ勇者に、堪らず魔王は玉座から飛び上がる。残った空席、それを勇者は会心の一振りの下、真っ二つに両断して見せた。
さすがは勇者と魔王。初手から戦いのレベルの違いを痛感させられる。その後の二手目三手目も、派手な力と力のぶつかり合い。あまりの速さに視線が追い付かない場面もあったが、次第にそれにも慣れて、大枠の攻勢は把握できるようになってくる。
優勢に見えるのは予想に反して勇者の方。互いの魔力を察するに、恐らく魔王の方が基礎能力は上だろう。だが場数を踏んだ勇者には経験がある。最小限の動きで猛攻を躱す勇者には一切の動きの無駄がない。反面、魔王は大味な攻撃の前後に隙がある。それを逃さず、勇者は徐々に徐々にと攻め立てていった。
「く、くそ……会話ならともかく、戦いの中じゃ分からないぞ、違和感なんて。このままだと魔王が負ける。始末とは違って、それはそれでまずいんだよな?」
「転移者の場合なら良くはないですね。転生者ならば死んでくれても構いませんが」
「それは、元が死んでいたか生きていたかという違いか?」
「その通りですわね。生者は生者、死者は死者。本来還るべきところにゆくべきです。が、一見すれば転生か転移かも分からない。だから転生者キラーは、統一して元の世界に還す能力にした、という訳ですがね。それに、死者の中には転生の為に意図的に殺害される者もいると聞きます。そんな者達を始末で殺す訳にもいきません。
あとは、毎度殺害しては、転生者キラーを扱う者の精神が持たないでしょうに」
単に、調和を乱した転生者が憎いだけだと思っていたが、ちゃんと転生者の都合や、力を扱う者の都合も考えてくれているようだ。だとすれば、ルディアが本当に憎い相手は――
「そこだっ!!」
「うぐっ!」
まずい、少し目を離した隙に戦いの流れは大きく傾いてしまっている。
壁に叩きつけられた魔王はその場に蹲り、それを見下ろすように勇者は剣の切っ先を向ける。
やはり、いくら力があろうとも、生まれたばかりの魔王が百戦錬磨の勇者に敵うはずなどなかったのだ。むしろ、健闘した方だと言えるのかもしれない。
あと少しで決着はついてしまう。だが、いまだに”らしくない”ことは思い浮かばない。頭を抱えてあれこれ考えている内に、勇者は剣を振り上げ、弔いの言葉を言い放つ。
「いい勝負であった。さらばだっ! 魔王!」
「くっ……」
諦めたのか、俯き顕となるその首筋。そこに向かって、勇者は剣を振り下ろす。
魔族特有の青い血液。それが飛沫となり、勇者の身体を染め上げたのであった。




