第31話 続 魔王転生者を始末ですわ!
ルディアの後に付いて、魔王の下へと続く大階段に足を掛ける。一見すれば何の変哲も無い段差。なのにその一段一段がとても、険しい。
一段の縦幅が長いとか、そういう物理的な話ではない。それは重苦しい、魔王に足る重圧。その気の力が枷となり、先へ行くのを阻んでいるのだ。
目の前がぼやけ、身体がぐらつき、咄嗟に手摺りに手を伸ばす。息も絶え絶えに俯いていると、ふと、身体が軽くなるのを感じた。不思議に思い顔を上げると――
「まったく、人の心配より自分の心配をなさい」
手を差し伸べるルディア。その周りには、ほんのりと青白い清らかな気が漂っている。不浄の力を寄せ付けない、強く、それでいて穏やかなオーラが。
「わ、悪い。助かるよ」
「単に強大なだけの力はともかく、キラは邪気というものに慣れていませんからね。私の側から離れないようにしなさい」
「お前は、こんな禍々しい気の中にいても平気なのか?」
「こう見えて、私はとても強いのですわよ。なにせ、最強の転生者を創造できる存在の一端なのですから。創造主がそれらに劣るなんてありえません」
得意げに白い歯を覗かせるルディア。”こう見えて”か。見た目通りの間違いだろと、言ってやりたい気もするが。今の不安定な精神状態は”いじる”には少々心許ない。
ルディアの加護を得てからは難なく階段も上りきり、遂に扉の前へと辿り着く。邪気による消耗は無くなったが、それでも扉越しには大きな圧迫感を感じる。
そっと扉を開き中に入ると、その先は広大な大広間であった。
壁面にはいくつもの灯火が置かれ、部屋の影をゆらゆらと不気味に揺れ動かしている。扉の付け根からは色のくすんだ紅の絨毯が続き、その終わりには王が座する相応しい玉座が据えられている。もちろん、その椅子に御座すは――
墨を落としたかのような漆黒の衣装。鴉の濡れ羽のように艶やかな黒髪からは、退廃を思わせるグレイの歪な双角を覗かせる。血の気の通わぬ白い肌。それとは対照的に、鮮血すら霞むほどの紅く煌めく鋭い眼光。その瞳孔は、見る者を射すくめる物静かな迫力を備えていた。
「あ、あれが魔王。か……」
「そうですわね。側近の魔物ですら比較にならない魔力量。間違いないでしょう」
魔物同様、魔王も現実に於いて気軽に使うフレーズだ。実際俺も、母を魔王と見立てた訳だ。だがやはり、見ると聞くとでは話が違う。
これが魔王。魔性の化物の頂点に立つ者。
微量な魔力に目覚めたばかりの俺でもはっきりと見える。身体から滲み出るどす黒い負のオーラ。その抑えきれないほどの魔力の渦が、玉座を中心にこの部屋全体を包んでいる。ルディアの加護が無かったら、きっと意識など保っていられないだろう。
「しかし、イケメン……というより、美人だな。恐ろしくはあるけど。見ようによっては女性にも見えるくらい中性的だし。
魔王っていうからには化物のような、何形態にも変身したり、顔や腕がいくつもあったり、そんなものを想像してたよ」
「時代の流れですわね。ちょい悪のイケメンだなんて、いかにもな要素じゃない」
「お前もちょっと興味あったり?」
「あるわけないでしょう。私、悪事や武勇伝を鼻に掛ける奴、大嫌いなのですよ。昔は悪かったとか、ただの犯罪行為の自白じゃない」
話は逸れたが、その意見は俺も概ね賛成だ。悪かったと自覚しているなら、償うか、せめて黙って心の内に秘めておくべきだろう。
「まぁ、中立な私としては、魔王そのものがイコール悪役だなんてことは思ってませんけどね」
「でもさっきは悪役って――」
「それはキラにも分かりやすいように、敢えてそういう表現をしたに過ぎないのですわ。魔物も魔王も同じこと。理解しやすいように言っているだけで、魔物は生物だし、魔王も私にとってはただの王」
前にも同じことを感じたが、やはりルディアは平等だ。恐らく彼女には転生者キラーを扱うことはできない。この力は、ある種偏見の産物だ。こうあるべき、こうでなくてはいけない。人間だからこそ扱える代物であって、それが神ともなれば、きっとハズレの力なのだろう。
「令嬢の時もそうだったけど。俺の立場としては、敵役として生まれた魔王が主人公っていう考えでいいんだよな? この場合は魔王らしくないことを探せばいい。それで大丈夫か?」
「そうですわね。私の感性は関係ない。あくまでキラが思う魔王らしくない、ことを探せば良いでしょう。よって非人道的な行いも、勇者であればNGですが、魔王であるなら、ある種”らしい”と思えてしまうかもしれないですね」
そういうことか。じゃあ逆に人道的なことをすれば魔王らしくない?
いや、ダメだ。ダークヒーローものでも時折見せる義賊的な要素はあるし、敵役であっても、卑怯な手を嫌う正々堂々としたキャラクターは非常に多い。
「最初から小難しく考える必要はないですわ。まずは様子を見て、自然と出てくる違和感を待つことにしましょう」
首を左右に振り、凝り固まった思考を振り払うと、一旦目の前の事態に集中することにする。
玉座の周りには、魔王の側近たる面々がずらりと控えている。その顔ぶれは、神話でしか見たことのない異形の化物や、ゲームから飛び出してきたかのような奇怪な魔術師など、これぞ魔王の側近足る風貌と風格を備える者達であった。
だが、そんなボスクラスの怪物は、誰一人言葉を発することなく一様に魔王にひれ伏している。これはこれで、負のオーラとはまた別の重苦しい雰囲気。
その内の一人、深々とフードを被った男が面を上げて立ち上がる。ゆっくりと、練足で歩を進めると、再び魔王の御前で跪いた。
「この度、魔王様を召喚させて頂きましたことには、深き理由がございます。結論から申し上げますと、先代魔王様を討ち取った勇者。その勇者が再びこの魔王城に攻め込んでくるからにございます」
「勇者、だと? だがしかし、その前に私は魔王などでは――」
「子孫なくして魔王様がお亡くなりになられた場合。我々は代々、召喚の儀によって、新たに魔王様となりうる方をお呼びしているのでございます。不運にも先代魔王様にご子息はおられなかった。よって此度は、貴方様を次期魔王様として召喚させて頂いた次第でございます。召喚の儀というのはそもそも――」
なんだか少し退屈な話になりそうだが、話の流れから察するに、今回の転生者は今まさに、魔王としてこの異世界に召喚されたようだ。
だがしかし、ここで気になる点が一つある。直接始末に関わることではないのだが、今回の転生者は召喚された。つまりは魔物の都合で呼んでいる。それってつまり――
「今回の相手は、”転生”じゃないんじゃないか? 呼ばれてこちらに来ている訳だろ? それって一体……」
「転移」
「え?」
「今回は異世界転移された者ですね。面倒なので神の呼び名は”転生”でまとめておりますが、転生神は転生も転移も行うのですわ。実際に今までの転生者も、転移者だった可能性は大いにありますね」
「その二つって、何か違いはあったりするのか?」
「それを語るには、少し長話になるのですわ。集中を切らさず、私の言葉は話半分に聞きなさい」
視線を正面に戻すと、側近の魔物はいまだにうんたらかんたらと、召喚に至るまでの経緯を話している。ルディアはその声の邪魔にならぬよう、静かに淡々と語りだした。
「転生もしくは転移先の世界に於いて、で言えば、二つはそう変わるものでもありません。稀に、次元の歪みで異世界に行ってしまう者はおりますが。転生だろうが、転移だろうが、必ずと言っていいほど、そこには転生神が関与しております。単純に世界を跨いだだけでは、強力な力や能力などは授かれませんからね」
「うーん。でも死ぬのと移動じゃ、やっぱり違う気はするけど……」
「いいえ、変わりません。転生でも転移でも、どちらにしろ、魂を元に肉体を再構築していますから。人間一人を構成する柔な原子が、無敵の力や魔力に耐えることなどできません。相応の器を用意する必要があるのですわ」
死んだ肉体だろうが、生きた肉体だろうが、別の肉体を用意してそれを与える。本人の良し悪しはともかくとして、倫理的には酷い話だ。
「死して姿かたちも生まれ変われば転生。生きて見た目はそのままならば転移といったところですが、転移でも姿かたちが変わるケースもあるのです。要は転生神次第。つまり結果は変わらない。ということですわね。但し、先程も言ったように、訪れた世界に限った話ではありますが」
「と、いうと?」
「元の世界への影響が大きいからです。死した者が異世界に行くのと、生きた者が行ってしまうのでは、元の世界へ与える影響度は段違いでしょう。どちらも忌むべき存在ですが、質の悪さは転移の方が上ですわ」
確かにな。死んだのであればある程度諦めはつくが、転移となれば、元の世界を生きる未来もあった訳だ。調和という小難しい均衡を抜きにしても、転移の方が厄介という意見は正しいだろう。
「――で、あるからにして――」
「待て、待て待て。私がどういった経緯で呼ばれたかは十分に理解した。だがな、勇者と戦うといっても、私は戦闘などしたことがないぞ。そもそも勇者は何時、ここに攻めてくるのだ?」
ようやく、魔王サイドにも話の進展が見られはじめた。
「これは失敬。勇者の到着は、早ければ今日の夜にはこの魔王城に辿り着くことでしょう」
きょ……
「今日だって!?」
魔王が、俺の言いたいことをそっくりそのまま代弁してくれた。
「何を驚かれますか。魔王様のお力ならきっと問題ないかと。それに我々は皆、魔王様の為に命を捨てる覚悟がございます。万が一があっても、必ずや魔王様だけはお守り致しましょう」
これは――
胸熱かもしれない。
魔物視点で見る、対勇者との戦いの物語。
以前ルディアは、戦争に正義も悪もないのだと言った。まさに目の前のこれがそうだ。魔物には魔物で、種族の繁栄の為、守るべき者の為、戦わなければならぬ時がある。きっとそこには”彼らなりの正義”があるのだろう。
「こういうシーンを見ると、魔族の味方をしたくなっちまうな」
「創作あるあるですわね。推理小説の殺人犯に同情してしまうとか、残虐非道な悪役をカリスマと崇めてしまうとか。現実の殺人犯やサイコキラーでは滅多に起こり得ませんが、この視点で見れば致し方ないことなのですよ」
そう、仕方のないこと――
って、待てよ。それは俺が、魔王に勇者を倒して欲しいって思ってるってことか?
いやいや、さすがにそれは勇者が勝つべきだろう。どちらが正義か悪かは抜きにして、これを物語として見るならば、やはり魔王が勇者を倒してしまうのは筋違いな気がする。
つまり言い換えれば――
「魔王が勇者を倒せば! それは魔王っぽくないんじゃないか!? そうすれば俺は”らしくない”と感じることができるぞ! 魔王は転生者な訳だし、勇者に勝ってしまうことだって期待できる!」
「まぁ、キラがそれで良ければ、私は構いませんが」
せっかく解決策を見つけたというのに、なにか棘のある言い方だ。
「なんだよ。言いたいことがあるなら言えよ」
「いえ、別に。ただ、私達の始末と違って、魔王が勝つということは、それはつまり勇者は死ぬということですわ」
――――あ……
な、何言っちゃってるんだ、俺。
まるでアニメか漫画視点で見るかのように、気軽に――
人の命を犠牲にしようとした。
物語としてみれば、だって?
俺、なんてこと考えてたんだろう。
いかにフィクションのような展開でも、これは現実に起こっている、異なる世界の出来事なのだ。
「はは、ほんとに俺、ルディアの心配なんかしてる場合じゃないかも……」
自分が自分でないような異質な感覚。寒気を感じ、小刻みに震えるその身体も、なんだか一枚硝子を隔てて見ているような気がして――
「落ち着いて、キラ。あなたは悪くない。この環境であれば、そう考えてしまうのも無理はないですわ。自分を責めないで……」
ルディアは優しく、震える俺の身体を抱擁した。
自分だって辛いはずなのに。計り知れない何かに、挫けて潰されてしまいそうなのに。
ルディアの胸の中で、俺は静かに落ち着きを取り戻す。
そして、もし、ルディアがその”何か”を打ち明けてくれたら。それに苦しめられているところを見たとしたなら。
俺は全身全霊をもって、ルディアを守ると、そう心に誓った。




