第30話 魔王転生者を始末ですわ!
転移先に着くや否や、突如雷鳴が鳴り響く。何者かの攻撃かと、とっさに身構えるものの――
どうやらその雷は魔法などではなく、自然発生的なものであるようだ。周囲は薄暗い建物の中。窓から差し込む稲光で時折様子が垣間見える。断続的に見える内装から察するに、今回の転移先は城であった。
だが今までに見た屋敷などと違って、今回の転移場所は、なにかこう、華やかさに欠ける。ところどころの装飾は元は豪華絢爛であったことを物語っているが、腐り、朽ち果て、荒廃した内装は退廃的な雰囲気を醸し出す。
室内には多数の彫刻も置かれていた。それらは非常に精巧な造りをしており、素人目にも芸術的な価値は高そうだ。しかし、象っているものは女神のような平和を象徴とするものではなく――
悪魔。
角が生え、牙を剥き出し、醜悪なる形相を浮かべるその彫刻群は、異形の生物をモチーフとしたもの。それらは言うまでもなく非現実的な存在なのだが、一見すれば実在してもおかしくない程に精巧な造りは、一人で目撃したなら悲鳴の一つでもあげていたに違いない。
人気はない。恐らくだが……
雷鳴の轟きを除けば周囲は静寂そのもので、物音一つも感じない。側には、人の身体を持ちながら、牛の頭を象った牛頭人身の怪物。ミノタウロスの彫像がその手に斧を持ち構えている。
その彫像は見上げるほどの高さをもち、優に三メートルは超えている。怪物を象っているのだ、もちろん不気味であることは間違いない。だが、手掛けた彫刻家の魂が込められているのだろう。息遣いすら聞こえてきそうな生々しいリアリティを備えるその彫像には、一種の感動に近い感覚も同時に芽生えた。
俺はその彫像に歩み寄り、片手を添え、センチな物思いに浸る。
「ここは、廃墟みたいだな。かつては栄えた城。だけど戦乱の世に巻き込まれて潰えてしまった。そんな悲しい物語の一端なのかもしれない……」
「…………」
同じく黙り込むルディア。やはり様子のおかしさはここへ来ても同じだ。
それとも俺と同様に、この場の雰囲気に吞まれてしまって――
「どうしたんだ? お前もやはり何か哀愁を感じて――」
「いえ、”かつては栄えた”と仰いましたが、ここはまさに今現在、絶賛繁栄の極みなのですわ。今さっき、キラも気付けるように”神の視点”を解除しました。とっとと私のところに来なさい。気配を消せる範囲から出ていますわよ」
…………え?
繁栄中? 範囲外? ルディアは一体何を言って……って、そういえば、触れている像が、なんだか妙に生暖かい気が――
恐る恐る、ゆっくりと、触れる彫像に顔を上げる。
すると、その筋骨隆々な巨体の上に乗る禍々しい牛の頭は、首を曲げ、見下ろし、ちっぽけな俺を鋭い眼光で睨みつけていた。
「い、生きてるぅううう!!!」
絶叫を上げながら、急ぎルディアの元へと駆け出していく。相手からすればもちろん俺は侵入者。曲者を排除すべく、大斧振りかぶって後を追うミノタウロス。
身に迫る命の危険。なりふりなどかまっていられるか。飛び込むようにして、俺はルディアの胸へとダイブする。
その瞬間、斧の切っ先が俺の髪を掠め、両断された髪の毛がハラハラと床に舞い落ちた。
死んだ! 死んでた! あと少しで俺は、頭を両断されて死んでいた!
ルディアに抱きかかえられながらガクガクと、涙目になり身体を震わす。既に神の視点は発動したようで、ミノタウロスは唐突に姿を消した俺を探して、辺りをくまなく見回している。
その様子を見たルディア。俺を抱きかかえたままの状態で、ふわりと飛ぶように宙を舞う。牛頭の頂点に手を置くと、腰を捻るように一回転し、そのまま奴の背後へと着地した。
すると怪物ミノタウロス。何事も無かったように、元の場所で仁王立ちを再開しはじめる。
「安心なさい。面倒なので、彼の記憶は消させて頂きましたわ。まったく、私が忠告してなかったら、あなた今頃死んでいましたよ――って……
あれ? やっぱり死んでる?」
ルディアの胸でぐったりと、屍のように昏倒する。振り回した斧が実は当たっていた――のではない。
原因は、チアノーゼ。
ダイブしてから、記憶を消すまでの一連の流れ。その間俺は、ルディアの大いなる胸に圧迫され続けていた。隙間なく口鼻を塞ぐ、液体に最も近い個体。抱き抱えるルディアの豪腕の前に抗うこともできず、そのまま酸欠でブラックアウトしたのである。
どれほど時が経ったのであろうか。酸欠から回復し目覚めると、そこは一転して一面真っ白の世界。先程までは薄暗い城の中にいたはずだが――
しかし、似たような経験をしたことはある。それは天界での目覚め。初めてルディアと出会った、あの時と同じ。
まさか、あのまま死んでしまったのか? 死因がおっぱいによる窒息死とはなんとも笑えないが、人によっては理想の死因といえるかもしれない。
「ここは天国、なのか――」
「いえ、ここは魔王城ですわね」
おや、ルディアの声が聞こえる。それに魔王城だって?
こんな清らかな白い世界が魔王城。先ほどまでいた場所なら話は別だが。
声はするものの姿を見せぬルディアを探す為、身体を起こし辺りを確認――
したかったのだが、目の前の白い世界がフニャリと顔に当たる。
なんだ? この絶妙に気持ちの良い柔らかな壁は。
見えない壁でも存在するというのか?
「それは私の胸ですわ、キラ。よほどお気に召したようですね」
俺が頭を置いていたのは、膝の上。視界に広がる純白は、下乳に張り付くルディアの衣装だったのだ。
ぶはっ
白き世界が、あっという間に真っ赤に染まる。
「こ、これこれ、これは! わざとじゃないんだ!
咄嗟だったし、決して故意じゃ――」
「分かってますわよ。キラにそんな度胸はないですもの。それより、今の状況に集中なさい」
集中しろと言われても、いまだに心臓はバクバクだ。
でもさっき、ルディアはここを魔王城と言っていた。確かに場の雰囲気は十分だ。いかにも、ラストダンジョンといった様子。
「キラがオネンネしている間に、見える範囲の観察はあらかた済んだのですわ。城内を闊歩する魔物のランク。彼らの会話。そして大階段の先にある扉、その奥から感じる強大な魔力。それら全てが、ここを魔王城だと示しています」
大階段の、先――
言われてふと、階段の上方を見上げる。
そこには、闇より深い漆黒が、じわじわと暗闇を侵食していくのが目に見えた。
俺の魔力は貧弱で、ほんの僅かにしか感知はできない。だがその魔力が、転生者の持つものとは異質で、空間をねじ曲げるほどに禍々しいということだけは理解することができた。
「たしかにすごく嫌な感じがするよ。これが悪役が持つ力ってものなのか」
「感じることができますか。つまり、私の言いたいことはもう、分かりますね?」
「あぁ、分かるさ! つまり今回は、魔王を倒しにくる勇者が転生者ってことか!」
「馬鹿者ぉおおお!!!」
唐突に罵声を浴びせられ、驚きその場で尻餅を着く。
「え、えぇ……。だって転生者は主人公なんだろ? だったら、魔王を倒しにくるはずじゃ……」
「悪役令嬢の件を忘れたのですか。悪役でも主人公を張れるパターンは存在するのです。勇者が主人公、魔王がラスボスと誰が決めたのですか。一昔前は常識でしたが、今ではその考えは古いのです」
「え? じゃ、じゃあ、まさか魔王が今回の転生者。ってことなのか?」
「そういうことです。魔王にしてはやたらと強い力を持っている、その上近くに勇者の気配を感じない。城は雷鳴以外は物静かですからね。敵襲があれば、もっと騒ぎになるでしょう。
転生神ブラヒス。きっと彼の転生者ですわ。魔王に暗黒、邪眼など。魔とか黒とか好きな奴なのです。いわゆる中二病ですわね」
そういえば、悪役令嬢の時にも話していた転生神。後で聞こうと思ってすっかり忘れていた。
「なあ、その転生神ってのが転生者を創りだしてるんだろ? 色々名前を聞いたけど、一体何人いるんだよ」
「十二人ですわ。私を合わせて十二人。それらの神が、転生者なるものを生み出しているのです」
「じゅ、十二人もいるのか! というか! 俺らで始末をしてるけど、それってバランス取れるのかよ? お前は転生者を減らしたい訳だけど、明らかに生み出す方が多くなるんじゃないか?」
「えぇ、正にその通りですわね。ですがそんなことは承知の上。今はまだ、準備期間といったところなのですわ」
「そう、なのか。でもさ、生み出している方をなんとかできたりしないのか? 元を絶った方が早い気はするけど。同じ神なんだろ? なんとか説得して――」
「それは無理ですわ!!!」
突然声を張り上げるルディア。
えと、何か、変なこと言ったか?
「それは……絶対無理……どいつもこいつも自分勝手で……特に……あの女は……」
また何か、一人で呟き始めている。それは俺に対して話している訳ではなく、まるで自分に言い聞かせているようで――
「無理! 無理無理! 絶対無理だよ! あんな奴を説得なんて――」
「お、落ち着けって!」
「…………あ……」
ふと、我に返ったように静まりかえるルディア。目に見えぬ邪念を払うように、グッと瞳を閉じると、踵を返して転生者の待つ階段へと歩を進める。
いつもなら、私に着いて来いと言わんばかりの頼もしい背中。それが今は、とても小さく頼りない。
「なぁ。今回の始末は、一旦中止にしよう」
「な、なんですって?」
ピタリと足を止めると、首だけをぐるりと回して鋭い視線を突きつける。だがやはり、その強気の視線ですら、今はとても弱弱しく感じる。
「やっぱり絶対おかしいよ。怯えたり、喚いたり。前に自分で言ったことを覚えてるか? 拳は交えないけど、これは戦いなんだよ。だったら、それに備えてしっかり休もう」
別に、過去の発言の揚げ足を取りたかった訳じゃない。
単純に、心配だった。人の心として、守ってやらねばと思った。
だけど、そんな気遣いはルディアの心には届くことがなく――
「あなたも私を虚仮にするのですか! 私が問題ないと言ったら問題ないのです! こうしてる間にも、続々と転生者は生まれているのですわ! 私は、私だけは、決して歩みを止める訳にはいかないのです!」
あなた”も”?
先程の会話。転生神という存在に、やたらと嫌悪感を示していた。もしかしたら、その誰かが、ルディアの心を苦しめているのだろうか?




