第27話 緊急集会なんて出たくない!
※登場人物が多いですが、現時点ではアンジェリアだけを覚えて頂ければ大丈夫です。
「ここに来るなんて、いつぶりでしょうかね」
天上界。ルディアの住まう天界より更に上空に位置する、上位の神以外不可侵を命ぜられている、神聖なる領域。
というのは建前で、ルディア自身はこの場を敬いも崇めもしていない。ただただ堅苦しく居心地の悪い退屈な世界。それが彼女の本音。
しかし、今回の召集は緊急集会だ。定例会の招集と違って参加は義務付けられている。おまけに予め伝えられているその議題の内容は――
転生者の失踪。
「これって、完全に私のことですわね。私にも事前に告知されている以上、恐らく犯人までは絞れきれていないようですが……」
だが万一、バレていたとしたら。議会中にバレてしまったとしたら――
被害にあった神々の非難は免れないであろう。今回は参加必須の緊急集会。十二名の神々全てがこの場を訪れる。その内の七名の創造した転生者を、ルディアはすでに始末した。
森での転生を主とするモリリンこと『モント・リリン』
すかし野郎が大好きなテヘペロンこと『テヘぺルラ・ロード』
お風呂回をこよなく愛する『ダークネス・トラバル』
停止モノが趣味の変態、エーブイこと『エイリア・ブイフォート』
頭の狂った恋愛至上主義者『アンジェリア・ラヴァーソウル』
最弱だけどが受け売りの『ジミー・チョウ』
スローライフをモットーにする田舎者『カッペリーニ・イナリ』
容疑をかけられ、七人の神々に一度に敵対されれば、さすがのルディアといえども勝ち目はない。疑惑を掛けられるようであれば、上手く話を合わせて誤魔化し、やり過ごす必要がある。でなければ神の座を降ろされ、死ぬより酷い目に合うだろう。
議会は天上界の中心にある厳かな神殿で行われる。その大広間には縦長の石造りのテーブルが置かれ、それを囲むように、これまた固い同質の椅子が並べられている。
ルディアより早く到着していたのは、少女の見た目をしたショーコと――
(あとはえぇと、なんでしたっけ……)
「あたしこの椅子嫌いなんだよ。固ぇし、痛ぇし、最悪なんだよな! モリリンは肉付いてっからいいよなぁ」
「ひ、ひどいよテヘペロン」
久々過ぎて顔と名前が一致しなかったが。そう、肉付きの良い若葉のような髪色の女神がモリリン。赤髪のショートヘア、活発さを体現した褐色の肌がテヘペロンだ。遠い記憶に違いなく、常に煩わしい女神達だ。
名前も覚えづらく、ルディアは略称でしか覚えていない。ちなみにこの神の名前、決してファミリーネームとか苗字とか、家系の類でつけられている訳ではない。単純に神が多すぎた。数多の神々がいれば、必然的に名前も被る。それを避けるために、遠い昔に命名が義務付けられたのだ。
騒ぐ二人の女神を尻目に、ルディアは目立たぬよう端の席に腰掛ける。
議会には少し時間がある。神々もまだ出揃っていない。その為座席もまだまだ空席が多い。
なのだが、隣の席に座る神。肩肘を付き、ルディアの顔をじぃと眺めている。
「まだ席は空いてるわ。わざわざ隣に座ることはないでしょう。アンジェリア」
「あらぁ。どうせ席はいずれ埋まるわぁ。細かいことは気にしないで? ル・ディ・ア?」
ルディアが最も嫌う女神。アンジェリア・ラヴァーソウル。
魔性というに相応しい性根の歪み具合。喋り方が癇に障るし、目付きも、息遣いも、どれもこれもが気に入らない。
「転生の方はどぉお?」
「別段問題はないですわ。特に話すこともありません」
「駄目よぉ。冷たくしないでぇ? 仲良くしましょお?」
「…………」
「もぅ。ちなみに私も順調よぉ。最近、目を掛けていた令嬢ちゃんが行方知れずなのが気に掛かるけど、ねぇ」
目を逸らすルディアを覗き込むようにして、蒼き瞳を凝視する。めらめらと燃え盛る業火の如く、紅く鋭い熱視線。
(ちっ……やはり面倒な女。頭のおかしい癖に、妙に勘が鋭いのが厄介ですわ)
「よぉ、ルディア! 元気してたか?」
「うひひ、ダークネスってば、そんなこと聞かないでもこの女は元気だよ! だってさ、見なよ。あのボインボインなメロンちゃん……」
「おいやめろよエーブイ! 相手はあの”鬼畜転生神”で名の通るルディアだぜ? 数多の神々の中でも有数の怪力女だ。ぶん殴られたら死んじまうぞ!」
下らない掛け合いで大笑いする二人組。いやらしい垂れ目のダークネスにチビデブのエーブイ。ルディアにとって、アンジェリアに並んで最低最悪の連中だ。下品で野蛮で声も五月蝿い。同じ神々と言われるだけでも吐き気のするゴミども。いますぐにでも殺してやりたいが、こんなカス如きで”神殺し”の罪を被るのもごめんだった。
しかし、今回の事態に限っては都合が良かった。なぜなら二人とも、超が付くほどの馬鹿者だからだ。失踪の件の犯人を、ルディアと疑うほどの知性すら持ち合わせていないだろう。
「あなた達ほど元気ではないですわ。私は今、風邪っぴきで熱もありますから」
「はぁ?」
「神がそんなのかかる訳――」
「駄目ねぇ。皮肉を言ってるのよぉ。馬鹿は風邪引かないし、知恵熱も出ないわぁ」
「な、なんだと!?」
「ぐぬぬ、言わせておけば……」
固める拳の骨を鳴らし、肩に手を掛け腕を回す二人組。血気盛んな喧嘩上等の中学生のような振る舞い。
神聖なる神々の世界に於いて、口論以外の争いなど認められていない。当たり前だろう。誰もかれもが殴り合いをはじめたら、そんな無法地帯は天国ではなく地獄だ。そんなことすら忘れてしまう、二人組みの馬鹿さ加減には最早呆れて声も出なかった。
「席に座れ!」
突如、神殿内に響き渡る重低音。その大声は壁や石柱を揺らし、天井の石くずが卓の上に降り注ぐ。声の主はヘラクレス。巨体で筋肉質な、自称リーダーを気取る男性の神だ。ダークネスとエーブイは、その怒声に委縮してすごすごと自身の席へと戻っていった。
「ではこれより議会を始める――が、ブラヒスとサギーの姿が見えんな」
神々は時間にルーズだ。永き時を生きるので、自然と時間の感覚に疎くなってしまう。だが今回は特別集会。欠席には罰則もある。ルディアからしてみれば転生神が罰則を受けてくれた方が有難いのだが、丁度そのタイミングで、二人の神が大広間へと訪れた。
「遅れて……すまない……」
「ごめんあそばせ~! アタシもブラヒスも、ちょうど転生者の対応をしてたのよぉおう!」
ブラヒスことニグラム・ヒストリア。ラテン語で黒歴史。故にブラックヒストリーが別称の由来。その名の通り中二病がかった転生者を好む、常に顔色の悪いイカレポンチ。
サギー・コマネチ。オネェの神。ボブヘアにマロ眉、両胸にはニップレス。挙げだしたらキリのないほどに個性が詰め込まれたゴリマッチョ。ただし、ルディアはそれほど悪いイメージは持っていない。転生すること自体は許せるものではないが、個性以外は良識人で情に厚い。独善的な神々の中で、最も話の分かる者でもある。
「では、全員揃ったので議会を始める。議題は予め伝えていたように転生者の失踪についてだ。ここ最近、転生者が何者かの手によって謎の失踪をするケースがあるとアンジェリアから報告があった。他に誰か、心当たりのあるものはいるか?」
(くそ、やはり報告したのはアンジェリアだったか。勘の鋭く執念深い、アンジェリアとショーコだけには気付かれたくなかったが、今更嘆いたところで周知の事実。アンジェリアが怪しんでいる以上、私が槍玉に上げられるのも時間の問題。なんとか言いくるめなくては……)
思い当たる節のある神々は、順次事例を報告していく。ダークネスとエーブイの二人は心当たりがないと申告した。自分の転生者が消されていることにも気付かないとは、なんておめでたい奴らだと、ルディアは心の内で蔑んだ。
だが、アンジェリアは何も言わない。この議題はアンジェリアの報告から始まったものだ。既に申告済みだから何も語らない、それは当然のこと。問題はルディアを怪しんでいるにも関わらず、そのことを漏らしている気配がないということ。
漏らしていれば、議会などは行わずに密偵を送り込んだほうが話は早い。気付かれれば対策し、隠蔽されてしまう可能性もある。
(この女の目的は、犯人を見つけることではない? にも関わらず、被害をヘラクレスに申告している。つまり、真の目的は、私を捕えることではなく、議会を開くこと自体にあるのでは……)
余計な行動は慎みたかったが、どうしても気が気でなくなり、ちらと一瞬、アンジェリアの方へと目を流す――
目が、合った。
爛々とした、鮮血を思わせる朱に染まった狂気の瞳。
思わず身震いをしてしまった。これ以上、怪しまれてはならないのに。
それを見て、ぐにゃりと口角を吊り上げ、常軌を逸した笑みを浮かべる。
「うむぅ……被害にあった転生神も、狙われた転生者にも一貫性がない。私怨ではなく、無差別といった感じに思える。犯人の検討もつかんが……」
「馬鹿だね、ヘラクレス。同一犯であれば、それは異世界を行き来できる者だよ。つまり犯人は神々のだれか。それが転生神かどうかは、あたしも知ったこっちゃないがね。しかしその可能性も含めて、議会なんか開かずに個別で聞いていきゃ良かったんだ。アンジェリアの奴が開けと五月蠅いから開いてやったが――」
「もぅ、ショーコったら……そんなに怒らなくたっていいじゃないのぉ。
と・こ・ろ・で。ルディアはどう思うのかしらぁ? ずっと黙りっぱなしだけどぉ、駄目よぉ。これは議会で、発言の場なんだからぁ。その小さなお口を開いて? ね、ルディア……」
突然名指しで呼ばれ内心では動揺してしまう。が、もう顔には出さない。
皆の注目が集まっているのだ。絶対に、騙し通さなければならない。
「結論から言うと、犯人の見当なんて全く付きませんわ。ただ、現状から言えることは転生神”以外”の犯行の線が強いってことですわね」
「ほう、なぜそう思うのだ?」
「転生を司る十二神への加入を求めて犯行を行っている、ということですわ。現に私達は今、この事件を議会に挙げ、転生神が犯人ということも視野に入れている。十二神の誰かをスケープゴートにすれば、その者は解任を免れない。そうすれば次なる十二神の席が一つ空く。
回りくどいですが、神殺しの罪はリスクを考えれば避けたいと思うはず。であれば、不祥事による解任しか他に手はない。十二神への加入という目的も、昨今の人気ぶりを鑑みれば至極当然といえますわ」
淡々と、落ち着いた様子で自身の考えを述べるルディア。その考察に、他の神々は次第にざわつきはじめる。確かに人気だ、代わってと言われたことがある、あいつは怪しいんじゃないか、などなど、思惑通りに注意が他の神々へと向きはじめた。
「誰かは分かりませんけど、そもそもは失踪されないように、しっかり時間をかけて転生者を観察しておくべきではないですか?
闇雲に量産させて、あとは放置ばかりしているから、こんな事態を招いたのではないですこと?」
観察されれば、転生者の始末はしづらくなる。だが、実際は各々が見きれないほどに、既に転生者は異世界中に蔓延している。観察中の転生神とバッティングしてしまう可能性など皆無に等しい。であれば、観察に時間を費やさせ、大量生産を抑制させた方が遥かに効率的だ。と、ルディアは考えた。
しかし、この女、アンジェリアは――
「上手いこと言うわぁ。まるで、犯人を庇うような言い種ねぇ」
(しまった……少し調子に乗り過ぎた。これ以上は、迂闊なことは言わない方がよさそうですわね……)
「事実を、言ったまでですわ」
「――――そう」
睨み合う二人。大広間に重く張り詰めた空気が流れる。
「と、とりあえずだな。ルディアの言った線で調べてみよう! 転生者をしっかりと見張っておけば、抑制に加えて犯人の糸口が見つかるかもしれん。皆、自身の転生者には注視しておくのだ」
その、ヘラクレスの号令と共に議会は終了した。神々が素直に言うことを聞くかは不明だが、転生サイクルを伸ばす企みにも成功した。上々な出来栄えと言えよう。
思うところはあるが、誰に相談できるわけでもないし、長居は無用だ。さっさと席を立ちその場を後にするルディア。
しかし、神殿を出るあと一歩のところで、唐突に肩を叩かれた。
嫌な気はしたが、仕方なく背後に振り返る。するとそこにはやはり、嫌らしい笑みを浮かべるアンジェリアの姿があった。
「まだ何か――」
「あなたでしょお? は・ん・に・ん」
「…………」
完全に証拠を掴まれているのか、はたまたカマをかけられているのか――
しかし、前述の通りこの女はしつこい。異常なまでの執着心を持っている。大昔にルディアが、アンジェリアの過去を聞いた時、それはもう言葉にもしたくない程に、胸糞悪い気分になった。
もちろん肯定する気はない。だが、違うと言ったところで諦めるとも思えない。
目的は不明だが、この女だけはやはり、この場でなんとかしなければならない。
「アンジェリア、少し二人でお話したくてよ。都合はよろしくて?」
「もちろん……如何なる都合だって、あなたとの出会いに勝るものはないのだから……」




