第26話 嘘吐きなんて許さない!
「頼む! 一生のお願いがあるんだ!」
「二生めでしょう。あなたの人生は――」
『土下座』
パワハラが許されぬこのご時世、果たしてこれをリアルで行うことなんてあるのだろうか。フィクションの表現として見ることはあれど、実際に”した”もしくは”見た”なんて人は少ないはず。
土下座そのものは誰しも知っている。だが目撃情報はない。それは奇怪な都市伝説やUMAにも似る存在だろう。
だが、今まさに。俺は自らの願いを神に聞き届けさせんと、ルディアの足元に膝を着き、頭を床に擦り寄せていた。
理由は、デート。
何を隠そう、本日俺はマヒロとの勉強会の約束にこじつけたのだ。特に遊びに出掛ける訳でもないので、デートと言ったのは大げさだったかもしれないが――
とにかく俺にとっては大きな第一歩。失敗は許されない。であれば余計な横槍も無くしたい。今日だけは転生者の始末は免除して欲しいという、思春期少年の心からのお願いであった。
「頼むよ。ゲームだって買ってやっただろ?」
「それはそれ、これはこれでしょう。そもそも神を物で買収しようなんて、不届き極まりないのですわ。身の程を知りなさい」
「そんな殺生な……帰りにケーキも買ってくるからさ。何卒神のご慈悲をっ!」
するとルディア。四肢を着き深々と下げる俺の頭に、優しく掌を乗せる。
「もう――、十分です。顔をお上げなさい」
頭を上げ、見下ろすルディアに目を向ける。
柔らかく暖かい眼差し。薄く微笑むその顔は、慈悲深き女神そのもので――
「それほどまでに熱意のこもった願い。聞き届けない訳には参りません。今日はキラは自由です。好きにすると良いですわ」
なんて単純な奴。心の声がルビに出てるぞ。
神は買収されないんじゃなかったのか。
何はともあれ、無事神の許しを得ることができた。
これで水を差されることはなくなった。気兼ねなく二人の時間を過ごせる訳だ。
「チーズケーキ!」
本音と建て前が逆転しちゃってるよ……
目を輝かせるルディアの見送りを後にして、待ち合わせ場所へと向かい始める。
その場所は転生のきっかけともなった公園。良い思い出のある場所ではないが、提案されて断る理由もないのでここにした。
公園の入り口。ここで一度は息絶えた。そんな俺の命を、ルディアは拾った。
もちろん彼女の都合によるものであって、神の慈悲では決してない。ルディアは平等が故に冷酷だ。だが、お陰で今。こうしてマヒロと出会い。充実した日々を過ごせている。ゲームを買ってやったからと言ったが、それくらいのことはして当然と言えるのかもしれないな。
「キラくん?」
「うわっ!」
背後から掛けられた声に振りむくと、そこには首を傾げるマヒロの姿があった。
はじめて見る、マヒロの私服姿。少し大胆なオフショルダーのブラウス。反面その下は、清楚な印象のミドル丈のプリーツスカート。藤色の瞳に合う、パープルの色遣いも大人っぽい。
「どうしたの? ボーっとしちゃって……」
「えと、いや。ここってほら、以前うちの生徒がトラック事故に遭ったって噂になってたところだろ? ちょっと気になっちゃって……」
「あ、そういうことかぁ。でもそれ、きっと嘘だよ。だってここ何も感じないもん」
マヒロは霊感を持っている。以前ルディアの気配すら感じたことがある程に。確かに間違いなく俺はここで一度死亡した。だけどその魂は再び再生された俺の肉体に宿り、今こうしてこの場に立っている。だから何も感じないのは当然で、それ故マヒロの感覚が本物であることを改めて証明している。
「行こっ!」
「う、うん!」
二人並んで、図書館に向かい歩きはじめる。その間の話は、端からすれば他愛のないものかもしれない。しかし恋とは不思議なもので、如何に些細な話でも、意中の者の口から出る言葉の全てを輝かせ、興味深いものにしてくれるのだ。
「キラくん、勉強教えるの上手だから助かるよー」
そう。そもそもこの勉強会を開くきっかけになったのは、学校でマヒロに教えてあげたことがきっかけだった。
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「話してるところごめんね。この問題が分からないんだけど、教えてくれないかな?
キラくんもトウマくんも、頭いいから」
学校での昼休み。いつものように、トウマと下らない馬鹿話をしていた。
そんな中おずおずと、話に割って入ってきたのがマヒロだった。問題集を胸に抱え、ばつが悪そうに肩を縮めている。
「マヒロじゃん。構わねぇよ」
「俺もトウマほどじゃないけど、教えられる範囲なら……」
「ほんとに! ありがとぉ! えと、ここなんだけど――」
手にしていた数学の問題集を開くと、細い指でその問題を指し示す。
それは、応用問題。確かに少し難しい。どの公式を使うべきか、パッと見ただけでは分かりづらい。解けはするが、説明方法に少し頭を悩ませていると、先にトウマが口を開いた。
「これって、この方程式を当てはめるだけじゃないか?」
あ、まずい。
「そ、そうなんだ! でもどうしてこの方程式使うって分かったの?」
「え? いや、なんでって言われても。これしかなくないか?」
「ふぇ?」
互いに理解ができず、顔を見合わせるマヒロとトウマ。まずいと思ったのはこれである。生まれもっての天才とは、秀才とは訳が違う。それは別にどちらが上という話ではなく――
教えることがうまい人。というのは大抵にして、自身も苦労してきた者だ。だからこそ、どうすればいいか、どう考えればいいのか、その過程をこと細かに説明できる。だが、天才にはその過程が存在しない。
以前に俺も、暗記で苦戦したことがある。膨大な量の年表に、その年と事柄が一致しないのだ。そんな中、スラスラと答えることのできるトウマに理由を聞くと、『覚えるだけじゃん』の一言で終わった。
だが、その”覚えること”が常人には難しい。だから語呂合わせなどを使って、必死に覚えやすい方法を模索する。
しかしトウマは、一度見れば記憶できてしまう。どうやって覚える、なんて過程は必要ない。チート野郎であるが故に、教えることが下手くそな奴なのだ。
「あ、あのねマヒロ。これは、ここがこうだからこうして――」
「あ、そっか! やっと分かったよ! ありがとうキラくん! 私、数学苦手だから、よかったらもっと教えてもらってもいいかな? 勉強会しようよ!」
べ、勉強会だって!? それって学校の中でって、訳じゃないよな?
プライベートでマヒロと会えるなんて、むしろこちらがお願いしたいくらいだ。
三人での勉強会。欲を言えば、マヒロと二人が良いものだが。まぁそれは高望みというところか。
「俺はパスするわ。そもそも授業以外で勉強なんかしたことないしな。キラ、二人で行ってこいよ」
「え? いや、でも二人だけってのは――」
「私は全然いいよ! キラくんが面倒じゃなければ、だけど……」
「お、俺は! 全然面倒なんかじゃないよ! むしろその、マヒロに悪いってか、なんつぅか……」
「はい、決定ぇ! じゃ、後はお二人さんで話を進めなよ」
そう言うとトウマは席を立ち、ヒラヒラと手を振りながらその場を去っていった。
トウマよ、有難う。できない人の気持ちは分からないけど、気遣いは人一倍できる奴なんだよな。
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以上が勉強会に至るまでの流れ。
凡才に生まれたことが、はじめて幸に転じた時だった。
目的地である図書館に着くと、早速勉強を開始する。場所柄、あまり大きな声で話すことはできないが、なるべく迷惑にならないように児童コーナーの近くの席を選んだ。ここなら元々、はしゃぐ子供が前提のエリアなので、多少の話し声は許される。
それでもやはり近くなだけで、学校や喫茶店より静かなことには変わりはない。話声は小さく、顔を寄せるようにして囁き合った。
耳をくすぐる甘い声。振り向けば端麗な横顔がすぐそこに――
この場所を選んで正解だった。強いて問題を挙げるとするなら、勉強に全く集中できないということ。本来の目的は勉強だろうと非難され兼ねないが。悪い、勉強なんて二の次だ。
幸福な時間であったが、同時に緊張感も沸いてくる。となればトイレも近くなるわけで、洗面所に行きがてら、俺は少し心を落ち着かせることにした。
行きがけに、とある本棚が目に入る。それはライトノベルを取り扱うコーナー。図書館には堅苦しいイメージあったが、ラノベも置いたりするんだな。
その後も結局リフレッシュは功を奏さず、終始緊張しっぱなしのまま勉強会は幕を閉じた。まるで勉強は頭に入ってこなかったが、それでもマヒロと共に過ごしたこの時間は、我が人生でトップクラスに有意義なものだといえる。
図書館を出て、黄昏の中をマヒロと共に歩く。これ以上はない、まさに完璧なる一日。の、はずだが――
はて、何か忘れているような気もする。
「マヒロってさ、本は読んだりするの?」
「うん、読むよ! 最近はアプリかネットで見ることが多いかな。小説とか、ライトノベルも見たりするよ」
そういえば、図書館にも置いてあったな。
トウマが教えてくれた漫画も、確かラノベ発信だったような。
「ラノベといえばさ、最近転生もの流行ってるじゃん。ああいうのは見たりするの?」
「うーん。時々かなぁ」
「転生ってさぁ、最強とかチートとか多いよね。もし、仮に転生したとしたら、マヒロもやっぱり、無敵の力が欲しいなって思ったりする?」
この話、あまり女の子向けの話ではないということは承知の上だ。
だけど、自分が転生した身だから。そして様々な転生者を見てきたから。皆が転生に対して、どういう考えを持っているのか。そのことが少しだけ気になった。
「人それぞれだから、あくまで私の考えだけど――
私はあんまり欲しいとは思わない、かな」
「最強とか無敵とか、女の子にはあまり興味無さそうだもんね」
「あはは、そうかもね。でも、もっと大事なことがあって――
きっと人間ってね、助け合いながら生きていくものだと思うの。誰の力も必要としないほどに強く生まれたら、支え合いの必要もないほどに一人で生きていけたら、それってとても孤独なんじゃないかな……」
「そっか……そうだよね……」
「そろそろだね。じゃあ、またね、キラくん。今日は勉強教えてくれてありがと。今度は勉強会じゃなくて、一緒に遊びに行けたらいいね!」
「う、うん!」
別れの時間は寂しいが、最後に思わぬ誘いを貰うこともできた。先の予定ができるのは嬉しい。心は舞い上がり、気分は上々! と、言いたいところだが――
少し、マヒロの言った言葉について考えていた。
人は助け合って生きていくもの。
思えば始末してきた転生者、助けることはあっても、助けられるようなことはほとんど無かった。勿論、人を助けることは良いことだ。決して悪いことではない。
ただ、この世にどれだけ、対価を求めずに人を助け続けられるような者がいるのだろうか。そんな者はヒーローだ、聖人君子だ。過去に遡っても、ほんの一握りの数えるほどしか存在しない。
力を得ればそれに溺れる。ましてや転生者は元はただの一般人。正義に生きる者でもなければ、神に身を捧げる者でもない。
自分の為だけに生きて、私欲を満たすことで快感を得る。真っ当な人間らしい”普通”を生きる人々なんだ。
そんな者達が、突然最強の力を得て、努力も無しにそれを行使できる。果たして、それを無欲に、正義の為だけに奉仕し続けることなんてできるのだろうか。
俺とルディアが見ているのは、あくまで転生者の一場面だ。全てを見てきた訳じゃない。力に溺れてしまう前に、狂ってしまう前に、元の世界に戻すべきなのかもしれない。
深く考えた。悩みに悩んだ。
そして、苦悩の末に俺は――
ケーキを、買い忘れていた。
「う、嘘吐き! キラは嘘吐きなのですわ!!
私のチーズケーキは……どこなのですかぁあああ!!!」
胸倉を掴み、ぐわんぐわんと俺の頭を揺らすルディア。
脳内シェイクは出来上がったが、あくまで奴が欲しいのはケーキだ。
千鳥足でふらふらと、陽の沈んだ夜道を引き返すハメになったのであった。




