第25話 続々 スローライフ転生者を始末ですわ!
ぜいぜいと、息を切らして村の入口まで辿り着く。こちとら運動部ではないのだ。普段滅多に走ったりはしない。その場に尻もちついてしまいたいが、どうやら、そんな猶予はなさそうだった。
魔物の群れ。俺には少し大きめの狼にしか見えないが、それらが村まであと僅かのところまで迫ってきている。その数は、一、二、三……十匹ほどの集団。確かに手強くはあるだろう。だが、一人森を彷徨う最中で出くわす訳でもないのだ。こちらは本拠地、迎え撃つ立場。見張りがいる以上、戦いの備えもありそうだが――
「さて、どうなることやら。転生者がいなければ、村は壊滅を免れないでしょうが」
「なんだって? たかが狼十匹程度だぞ?」
「キラ。あなた、RPGの雑魚敵程度に考えてませんこと? 相手は魔物。魔性の化物。あくまで人類の感覚での呼び名で、私にとってはどちらも同じ生き物ですがね。
とにかく、そんなおぞましい形容をされる者達。幾人かで制圧できるような、手ごろな獲物だと思いまして?」
その言葉を聞いて、ゾッとする。現実では気軽に使う”魔物”という言葉。
ゲームや漫画で定着しているからか、異形の者は大体魔物扱いだ。その本来の意味までは深く考えたりはしない。
だが、ここは異世界。ゲームや漫画も存在しない。そんな人々から見て、魔の存在とまで言わしめる生物。
俺はとんだ勘違いをしていたかもしれない。魔物が魔性の化物なのではなく、魔性の化物だからこその魔物なのだ。
一瞬、目の前の村人たちが貪り喰われる。阿鼻叫喚の地獄絵図が目に浮かんだ。
そんな光景、見たくない。それより何より、そんな惨劇を傍観などできる訳がない。
拳にグッと力を込める。すると傍らに歩み寄るルディア。俺の肩に手を置くと、おもむろに自身の脇に抱き寄せた。一瞬、俺の不安を案じてかと思ったが、違う。
万力のように、俺の身体をがっちり挟み込んでいるのだ。
余計な手出しをしないよう、人類の味方につかないように、俺の動きを封じ込めている。
「は、離せよ!」
「それはできませんわ。あなた、何を仕出かすか分かったもんじゃないもの。それに、少し走れば息を切らすような平和ボケした身体で、魔物相手に一体何ができるというのですか」
「そ、それは……」
「私の下を離れれば、あなたの姿は丸見えですわ。そうなれば、瞬く間に喰い殺されてしまうでしょうね。言っておきますが、私はそんな浅はかな戦いには加担しませんよ」
ルディアの”神の視点”があれば。そんな淡い期待も見抜かれてしまった。
「う……くそ……」
「キラ。安心なさい。私は万が一を危惧しているだけ。きっとこの先、”人類”にとって都合の良い展開となることでしょう」
「な、なんだって!?」
視線を戻すと、転生者は武器を構える村人の前に躍り出ていた。威勢はいいが、その手は素手だ。しかも彼の能力は戦闘向きではない生産スキル。勇敢とは言い難い、あまりに無謀な行動。
だが、転生者にはあったのだ。魔物に立ち向かえるだけの算段が。
地に膝を着く転生者。魔物の群れを見据えながら、その手を地面に押し当てる。すると、突如触れた地面が盛り上がり、高さにして十メートルは下らない土壁を作り出す。その壁は魔物の進行方向に対して水平に、村の側面いっぱいにまで広がった。
「な!? こいつ、魔法まで使えるのかよ!」
「いえ、魔法ではないですわ。魔力の片鱗が感じられないですもの。これはスキルを使った技術、恐らく”農耕”のスキルですわね。土を耕す力の応用ですわ。確かにキラの言う通り、ここまでくると最早土魔法となんら変わりはないですね」
「な、なるほど。ものは使い様だな……」
瞬く間に作られた土壁。その聳え立つ壁の一部に、再び転生者は手を添える。するとそこにはぽっかりと、人ひとり通れる程の穴が広がった。これも”農耕”の力の応用。土を掘り返し、耕して開けた穴なのだろう。
襲来した魔物は十匹ほどの狼の群れだ。この高さなら飛び越えられることはないし、素早い動きも、侵入箇所を制限することで封じ込めることができる。
幸いにして知性の高い魔物ではなく、策略通りに群れはその穴めがけてなだれ込んでくる。いかに素早いフットワークも、動きが読めれば対応も難しくはない。穴から出てくる魔物に長槍を突き立てる村人達。
だが、さすがにそこは魔物と称されるだけあって、生命力も段違いだ。苦悶の表情を浮かべるも、なお戦闘態勢を崩さない。
しかしそこで再び転生者が動く。
懐から取り出した袋。それを魔物に向かって投げつけたのだ。中身がばら撒かれ、辺りには白い粉末が漂う。
煙幕か何かと思いもしたが、すぐにその効果は目に見えて表れた。
途端に動きが鈍くなり、足がもつれ、パタリと倒れる魔物の群れ。意識はあるようだが、もがき痙攣するその姿はゲームで見るような麻痺状態そのもの。これはきっと、薬師スキルで作った毒薬に違いない。
こうなってしまえば、最早勝敗は決まったも同然だ。いくら強靭な魔物であろうが、身動き一つ取れなければ抗い様もない。粉末の飛散が落ち着くの見計らい、一匹ずつ、長槍の餌食となっていく。
「終わったのか……」
「ええ」
肩から手を離し、怒りとも哀しみともとれない複雑な表情を浮かべるルディア。
最後は多少、魔物が憐れに思えたが、俺にとっては一安心といったところ。
緊迫した撃退劇も終わり、ふぅと一息、額の汗を拭おうとしたその時――
右手が、先程より更に強い輝きを発している。
まさか、これは――
「あ、ありがとうございます! 本当に……あなたがいなければどうなっていたことか。きっと今頃、魔物の腹に収まっていたことでしょう」
「いやいや、礼には及ばないよ。俺も村の皆のお陰で、こうしてゆったり――」
『スローライフ』
「――を送れているのだから」
度重なるイベント。驚愕に次ぐ驚愕。
そのことが、ついつい俺の頭から、ある事柄を忘れさせてしまっていたのだ。
主人公パワーに満ちた右手を握りしめ、最後の懸念をルディアに語る。
「ようやく、何が”らしくない”のか分かったよ。でも、本当にやってしまっていいのかな?」
「何度も言わせないで。彼は、あってはならない存在なのです」
忘れてしまっていたこと。
それは今回の標的がスローライフ転生者だということ。
ゆっくり、ゆったり、心豊かに、人生をのんびりと楽しもう。
そんな意味の込められた、生活様式の考え方。
冒険する訳でもなく、村でゆったりのんびりと、農業と店の経営を行って、王国への謁見と仕事を任されて、村に訪れた魔物を撃退する。
そんな心落ち着ける生活――って……
「全然! スローじゃねぇんだよぉおおお!!!」
スローとは一体……
と言わざる負えない二転三転する急展開。”こん森”が格闘ゲームになるように、日常系漫画がバトル物になるように。しれっと内容がすり替わるこの展開。
ネタを求めてブレはじめる、その困惑が、俺に主人公パワーをもたらした!
そして、力の餌食となった転生者は、スローライフとは名ばかりの急速展開の如く、あっという間に消え去っていった。
「ヤリマシタワァアアアアアア!!!!!!」
先程までの真面目な表情はどこへやら。
その様はまるで、討伐された狼の無念を晴らすかのような遠吠えだ。
「スローライフとか抜かしておいて、事件にバトルに王族絡み。スローどころかハイもハイ! 猛スピードもいいところですわ! まったく、スローライフ書くのに飽きてんじゃねぇわよ――って、なんだか元気がないですわね? キラ。」
「そりゃあそうだろ」
消え去った転生者の方角に指を差す。そこには、慌てふためく村人達の姿があった。
突如姿を消してしまった転生者。騒ぐ者の他にも、呆気に取られて立ち尽くす者、悲しみのあまり地に伏せる者。その様相は様々であったが、共通して言えるのは、皆揃って絶望している、ということだ。
「お前の言うことも勿論分かるさ。魔物の最後には、正直俺も憐れみを感じた。でも、やっぱり俺は神でもないし、魔物でもない。この人達と同じ人間なんだ。例え世界の調和を乱すことになっても、目の前の人を助けたいって思うし、悲しませることはしたくないなぁ……」
遥か彼方を見つめるような瞳。情けとも、軽蔑とも言い難い、遠い眼差しを俺に向けるルディア。
「処刑人に罪はない。あなたもそう考えなさい」
「…………うん」
罪人を罰する。人類は法に背いた者を、神は調和を乱す者を。それが私益による犯行であろうが、裁きであろうが、始末するという点では変わりない。だけど、そう考えることで、少しだけ気持ちが楽になる自分がいたのだった。




