第23話 スローライフ転生者を始末ですわ!
ほどなくして転生者は食卓に訪れた。当たり前だろう。作りたてを冷ましてしまってはもったいない。”いただきます”と、両手を合わせる転生者。
そして、ここから先は拷問であった。
肉に齧り付き、パンを貪り、シチューを啜る。決して行儀の良い食べ方ではなかったが、かえってそれが、本来の味以上の旨さを視覚に訴えかけてくるのだ。骨付きの漫画肉や、かきこむお茶漬けが無性に美味しそうに見えてしまうといえば分かりやすいかもしれない。
「げ、下品ですわ!」
それを言うなら、涎を垂らすルディアも大概だ。
口いっぱいに料理を頬張る転生者。咀嚼音が癇に障るが、もし食レポでもされた日には、窓を突き破って中に侵入してしまうであろう。
そんな生殺しの状態であったが、食事の手を止めた転生者は挨拶を済ませ、一息付いて腹太鼓を打つ。どうやらようやく処刑は完了したようだ。だが当初の想定通り、テーブルの上にはまだまだたくさんの料理が残っている。冷蔵庫のないこの時代では、肉やら野菜やらはすぐに傷んでしまうはずだ。
すると、転生者は再び料理に手を伸ばしはじめる。やはり、まだ食事を続けるのか? でも先程は律義に”ごちそうさま”まで述べたはずだが。しかしその手は、先程までの豪快な掴み取る動きではなく、優しく撫でるように添えるだけ。果たして何を――と思いもしたが、すぐにその理由は解明された。
添えたその手が光る。合わせて料理も光り出す。するとなんということでしょう。匠の技で、美味しく調理された料理は、元の素材へと変化したのです。
「アフタービフォアーか! 逆だよ!」
「はいはい、お上手お上手」
ツッコミスキルに更に磨きがかかったところで、改めて何が起きたか説明しよう。
転生者の力にあてられた食材。ローストビーフは一度調理前の生肉に戻ると、そこから干し肉へと姿を変えた。シチューの具材も同様に、パンも、サラダも、果ては使った調味料まで元通りに復元されていく。
単純な腕力による力ではないが、だからこそ、見ただけでは全容が計り知れないその効果。呆気に取られて眺めていると、横でルディアが口を開いた。
「これは、”調理スキル”といったところですかね。素材を自由に変化させ、望みの状態に”料理”する。復元にも近いですが、それではそもそもの料理が作れない。グルメ通の私としてはなかなか便利な能力ですわね。調達困難な肉類も、干し肉から生肉に戻しているってところでしょうか」
なるほど。それは確かに便利な能力だ。料理人にとっては夢のような力であろう。でもそれだけではまだ、解決できない部分も残っている。
「でもさ、高級品の小麦の入手経路や、取り扱いの少ない野菜の入手方法がまだ分からないんだよな。さすがに調理といっても、無いものは料理できないだろ?」
「そうね。どうやらまだ、他にスキルを隠し持っているようですわ。そして多分、推定する能力から察するに、転生者の正体はおそらく――」
そこまで言うと、続く言葉を途切らせる。流し見るようなその視線、言葉に含みを持たせる常套手段だ。
「百聞は一見に如かず、だろ。分かってるさ」
「そこまで理解してるなら、その言葉は蛇足でしてよ」
にやりと悪戯な笑みを浮かべるルディア。彼女の性格は理解してきたつもりだが、なにせこちとら命が懸かってるもんで。早く終わらせたくはあるんだけどな。
とにかく現状のままでは、先に進まない。料理を素材に戻したところで、それが主人公”らしくない”などとは思えない。俺が調理師でもしていたのなら、それがありえないチートとでも断ずることができたかもしれないが。
まずは手掛かりを探すべく、転生者宅の周辺を捜索する。もしかしたら、別のスキルの痕跡を見つけることができるかもしれない。
家の周辺は畑が広がり、それらに使う農具も見られた。一見すれば何の変哲もない、農民の一私有地。だがそれはあくまで現代における感覚であって、辺りの農家と比べれば、そのありきたりな風景も異常な光景に様変わりする。
機械も、効率のいい農薬もない。全ては手作業で行わなければならない畑仕事。それにしては畑の面積が広大過ぎる。
また畑を耕す農具類。これも同様に、大量生産される現代日本では違和感ないが、その造りは寸分たがわぬ寸法なのだ。手作り感のない、まるで機械で生産されたかのような不自然さ。
転生者の土地、その一角だけ切り出せば普通。しかし村全体と見合わせることで、その異常さは浮き彫りにされるのだ。
「ありえないんだろうな、きっと。いや、農家じゃないから断定はできないけど」
「専門性や知識は大事ですわ。けど、貧困の立場になって考える。女性の気持ちになって考える。キラがそれらの者にはなりえないけど、その立場になって考えるのはとても大切ですわ。立場が違うから考えない、それではキラは強くはなれない」
ルディアにしては真面目なことを言うじゃないかと、茶化してやろうかと思ったが。喉まで出かかったその言葉は、大人しく飲み込むことにした。
気持ちを理解することは大事なことだ。その上で知識も得られれば、きっと最強なんかも霞むほど、立派な人間になれるだろう。
引き続き周辺の捜索をしていると、転生者が家の外へと出ていくのが見えた。痕跡も大事だが、あくまで一番は転生者自身の行動だ。探索の手を止め、ルディアと共に転生者の後を付けていく。
暫くして一軒の家を訪れる。これまた、この農村には似つかわしくない立派な建物。恐らく転生者が手掛けた建物であるはずだ。
しかし表からではなく、裏口へと回る転生者。その理由は窓から中を覗き見ることですぐに判明した。
目に付くのは、陳列された大小様々な薬瓶の数々。それが余すところなく室内を埋め尽くしている。この数、決して個人のものだけではないはず。恐らくここは店、薬を扱う薬局なのだ。
しかしここでも違和感を感じる。この商品の充実加減、やはりこちらも一人でなんとかなるものでは無さそうだ。作成するにしろ、調達するにしろ、とても農業と並行してできるものではない。明らかに人間の活動限界を超えている。
「何か、思うところがあるようですね」
怪訝な顔を浮かべる様子を察して、含みを持たせた意味深な問いかけをするルディア。
「そりゃあ、ね。専業顔負けの農業をしつつ、薬屋としての仕事も蔑ろになってない。こんなの、人間業では不可能だよ」
「ほうほう、それで?」
次の言葉を促すように、頷き、端麗な顔を寄せてくる。
その顔は期待に満ちた、少年少女の面影も重ねさせた。
「確信してる訳じゃない。恐らくの話ではあるんだけど。多分、転生者は調理に加えて、”生産”できるんだ。作物や薬はそれで筋が通る。それに農具や建物もだ。仮に大工や職人がこの村にいるとしても、転生者の物だけが異常に質が良すぎる。きっとそれらも、”生産”の能力で作ったに違いない。と、思う」
名探偵のように、はっきりと言えればどんなにかっこいいことか。しかし徐々に徐々にと語尾は弱くなっていく。自分の考えに自信が持てないから。
違いますわと、言われてしまう気がして、おどおどと上目遣いでルディアの顔色を伺う。
「キラ、それって――」
くるか?
「良くできましたわぁあああ! 概ね正解でございましてよ!」
大喜びで飛び跳ねるルディア。どうやら幸いにして、大筋は間違っていなかったようだ。ただ飛び跳ねるとね、その、ね。眼福。
「生産スキルというのは、大抵が”生産系”のスキルとして枠づけされていることが多いですわ。そこから各スキルに枝分かれしているのです。攻撃系、回復系というように。今回は恐らく、調理、農耕、建築、薬師。といったところですわね」
「複数スキル持ちってことか。でも今回は、戦闘タイプじゃないんだな。それともまだスキルを隠し持っているとか?」
いえ、恐らく戦闘スキルはもっておりません。なぜなら今回の転生者は、異世界生活という題材をメインにした、”スローライフ”転生者なのだから」
「きましたぁ! 名探偵ルディア!」
「ちゃ、茶化さないでくださいまし!」
そんなことを言いつつもルディアの顔は得意げだ。片側の手に肩肘を立て、顎に指をあてるその仕種は、いかにも名探偵のそれである。
「スローライフ転生者、それは冒険などはせずに一箇所に留まり、ゆったりのほほんと人生を楽しもうという転生者の類ですわ。
そして彼らの持つ能力は戦闘系のものではなく、題材に合わせた生活に便利な能力を所持しているのです」
そんな転生者もいるものなのか。これがもし以前の俺であったのならば、冒険も戦いもせずにのんびり暮らすだけなんて、主人公らしくないだろう。と、断言することができたかもしれない。だが、今の俺にはそうとは思えない。なぜなら――
「“こん森”をプレイしたせいかね。こんな主人公もアリな気がしてきたよ」
「これが”経験”による転生者キラーの弊害ですわね。世間一般がどう感じようが、あくまで”らしくない”と思う心はあなただけのもの。すべてはキラの感性に左右されてしまいますから。
転生者かどうかを見極めるには経験が必要ですが、経験するからこそ受容できるようになってしまう。なかなか難儀な能力なのですわよ」
そうか。もし、ルディアが仮にこの能力を使えたとしても、異世界転生に詳しいルディアは、実はほとんど始末に至れないものかもしれない。
口では”らしくない”と言いつつも、そんな主人公もいるにはいると、心が容認してしまうから。
ともかく、こんな主人公も”あり”だと思ってしまった以上は、別の部分でらしくないことを探すしかない。だけど、俺には一つだけ気掛かりな点があった。
「なあ、もしこいつが人の役に立っていたとしても、やっぱり始末しなきゃいけないのかな。この店は薬屋だ。もしかしたら薬師として、多くの村人を助けているかもしれないし――」
転生者を始末したくない、悪役令嬢の時にも思ったことだ。それに今回は数多の人の命も掛かっている。転生者のご家族には悪いが、異世界の誰かを犠牲にしている訳でもない。むしろ救う為の行動をしている可能性があるのだ。
だがその言葉を聞いたルディア。またか、と言わんばかりに呆れた表情を滲ませる。
「くどいですわね。戻しますわよ、調和の為に。転生者の医療など、タイムマシンを使って片っ端から過去の人物を助けることと同義ですわ。本来助からなかった人間を助けるって意味でね」
言いたいことは分かる。だが、単に助けるだけであれば、そんなに調和を乱すようなことでもないはずだ。しかしルディアは、そんな俺の心を見透かしたかのように話を続ける。
「確かにこのまま転生者が異世界に残れば、その薬術が村を救うでしょう。あるいは村を越えて、あらゆる人類の病を治すことができるかもしれない。
しかしね、キラ。転生者亡き後は、転生者に依存した分の医療技術の遅れが、より多くの死者を生むようになるかもしれない」
「…………」
「最強転生者も同じ。人類からすれば、魔物を排除し、敵国を制圧する転生者は救世主と崇められることでしょう。ですが別の視点で見れば、転生者は魔族の敵で、敵対国の脅威。争いにはね、どちらが正義でどちらが悪ということはないんですわよ。
どちらも自身が正義と思っているし、魔族だって神の私からしてみれば、人類と同じ生き物で、一方的に蹂躙していいものでもないのですわ」
そう、言うと思ったよ。
だけど、俺は人間だ。神様なんかじゃないんだよ。
「随分と、長話してしまいましたわ。転生者の方にもなにやら動きがあるようです。裏手に回って様子を見ましょう」




