第22話 異世界文化をご教授ですわ!
飛ばされた、いや、”蹴り”飛ばされた先の異世界。
そこは森や洞窟のような自然界ではなく、住居が建ち、人々が生活を営む人里。
今までも街中や城といった、異世界の人々の集まる場所に転移したことはある。
だが、今回訪れた場所は活気溢れる過密な街中ではなく、過疎の進む田舎。街ではなく、村という表現が正しいだろう。柵を越えた外界には山、木、草。およそ緑にちなんだものしか見えてこない。
現実世界では夜だったものの、この世界では陽が出ている。陽の出方が同じとは限らない以上、今がどの時間帯なのかを知る術はないが、温かい陽射しに反して、少し肌寒さの感じる澄んだ空気。それは朝の清々しさを感じさせるような気候だった。
「村、か。はじめてのケースだな。辺境でのスタートなら、相手も転生したてなような気もする。時が経てば、大きな街や城に行きそうなものだからな。しかし旅の途中って可能性も捨て――」
「…………」
口を一文字に結び、遠い眼差しで彼方を見据えるルディア。もしや、この段階で既に何かを理解したのか? 俺の推理も成長したと思うが、やはりまだまだルディアの足元にも及びそうにない。
「気付いたのか?」
「ええ……」
やはり――
この状況から得られるヒント。一体何があったというのか。
「お――」
お?
「お腹減ってたのですわぁあああ!!!」
「お前のせいだろうが!」
まったく、人が真剣に考えているというのに、勢いで行くからこうなるんだ。
推理より、ツッコミの方が遥かに上達しているのは気のせいか。
とはいえ、確かに空腹は解決が遅れれば死活問題にもなりうる。
今まで異世界で食事をしたことは一度たりともない。姿を表わす訳にはいかないという点もあるが、それ以前に、各異世界に対応する通貨自体を持っていない。
生死に関わるのなら最悪盗み食いをせざる負えないが、文明人として、なるべくそれは避けたいところだ。
しかし、ルディアはどうなのだろう。普段メシウマとも言ってるし、眠りもすれば飯も食う。神様だが、やはり寝食をとらなければ息絶えてしまうのだろうか。
「飲まず食わずだと、さすがの神も死んじゃうものなのか?」
「死ぬわけないでしょう。その程度で。私達神々は、信仰心と大気中の魔素だけで生きていけます。神が”魔”素を得るというのも可笑しな話ですが。食事と睡眠はあくまで”趣味”ですわ」
「その魔素とやらで腹は満たせないのか?」
「魔素が食事なら、寝食は嗜好品とでも思ってください。要は依存症なのですわよ」
なんだかあまり要領を得ないが、どうやら危機感のレベルは違うみたいだ。
あまりのんびりとはしていられないので、早速村の捜索へと移る。
店という店も少なければ、目に付くような目印もなく、辺りは似たような景色が続いている。各家から出てくる人々は、皆野良仕事に出るような様相をしており、やはり今の時刻が朝というのは正しいようであった。
暫く村中を歩いていると、ふと芳ばしい香りが鼻をくすぐった。見るとルディアも鼻を突き出し、すんすんと音を鳴らしている。犬かよ。
胃袋を刺激し唾液を誘うこの匂い。これは間違いなく、飯の匂いだ。それにありつけるかどうかは別問題だが、やはり本能には抗えない。自然と匂いのする方へと足を運んでいく。
その先には一軒の家が建ち、開く窓からその匂いは漏れ出しているようだ。そこから屋内を覗き見る。そして、中に広がる光景は――
テーブルいっぱいの、ご馳走。
赤味のローストビーフがメインであろうか。汁物には具沢山のシチュー。主食は遠目からでも分かるほどにもっちりとした、焼き立てふわふわのパン。それがバスケットに天高く積まれている。そしてそれらに色彩を与える、緑黄色に富んだフレッシュなサラダ。
明らかに大勢で食べる量だが、なぜかシチューは一皿だけしか用意されていない。まさか、これを一人で食べるのだろうか。
「う、うまそうだなおい。村人ってこんな豪勢な飯を食ってるのかよ。一人で食べるんだったら、なんとか分けてもらえねぇかな……」
「ええ、確かに食欲をそそるラインナップですわね。ですが、憎き転生者に料理を恵んでもらうなど、言語道断なのですわ」
そうだよな。これから始末すべき敵から情けを受けるなんて――って!
「て、転生者だと!? ここの家主がそうなのか?」
「今回は断言できますわね」
空腹のあまり盲目となっていたが、言われてみれば確かに怪しい。日本の歴史でもそうだが、村人というのはたいてい、重税に喘いで質素な暮らしをしてるものだ。
これだけ豪勢な飯にありつけるってことは、村の長か、若しくは転生者の力で荒稼ぎしているに違いない。
「そうか、最強転生者が素材を売っぱらって豪遊してる訳だな。まったく、今回は捻りのない――」
「そうそう捻りのないって、ちゃいますわよ!」
ノリ突っ込みに合わせて後頭部を小気味よくはたくルディア。だがその殺人的な剛腕は、俺の頭をそのまま地面にまで運びめり込ませた。
「最近ちょっとは出来るようになったからといって、調子に乗っちゃって。経験は大切ですが、発想を固執させるので要注意ですわよ」
だからってそこまでする必要ある?
埋もれた頭を持ち上げて、土を払うとルディアに尋ねる。
「じゃ、じゃあ今回はなんなんだよ」
「村人では豪勢なご飯は食べられない。その着眼点は良いですが、この者が贅沢をしている理由が違いますわね。
いいこと? このような辺境の村では、いくら金があろうが、あのようなご馳走にはありつけなのです」
金があっても贅沢できない? 確かに金があっても、この時代に存在しないものはどうにもならないとは思う。しかし、豪勢とはいえファンタジーではよく見るような料理のバリエーションだ。別段おかしいと思える内容でもないはずだが。
「まず、ふわふわの白いパン。高級品ですことよ。小麦を使ってますからね。普通はもっとカチカチの、黒パンなどが主流でしょう」
それは、少し聞いたことがあるかもしれない。
日本で言うところの白米といったところか。
「次にローストビーフ。シチューの具も同様ですわね。肉も同様に、農村では高級品で嗜好品。あっても、加工された干し肉を食すのが精々でしょう」
それは、知らなかった。でも金があるなら余所から持って来ればいいのでは?
「ちなみに、余所から持ち込むのも不可能ですわ」
「え? 買ってくることもできないのかよ」
「ここは見たところ辺境。新鮮なままの生肉や生魚を持ってくるのは困難ですわね。ですが、人里離れたというのはあくまで憶測。そうだとしても、転生者の移動能力次第でなんとかなってしまう可能性もあります。ですが、極めつけは三つ目のサラダですわね」
「サラダもかよ!? 農村だったら、野菜なんてよく採れそうじゃないか!」
「いえ、採れるか採れないかという話以前の問題ですわ。そもそも生野菜を食べる習慣そのものが、この時代には普及していないのです。
一部薬効としての利用はありますが、あのような色とりどりの野菜を食すなんて、金があろうが無かろうが、存在しない文化を、食材を、得ることなんてできやしないのですわ」
そういうことか。異世界外の食文化の知識を持っており、かつ、それらの栽培や調理まで実行できてしまうのは――
「ここの家主は現実世界を経験した転生者。加えて単なる最強ではなく、作物の生産や調理に関して何らかの能力を持ってる。と、いうことか?」
「そうゆうことですわね。文化を知らないキラには難儀だったでしょうが。とにかくこれで、転生者の行方は判明しましたわ。あとは如何なる能力を扱うか、そしてそれがどう、”らしくない”のか。それを探っていきますわよ!」
始末に時間制限はない。が、早くしなければ飢え死だ。
”こん森”のような比喩ではない。俺か転生者か、生死を掛けた究極のデスゲームのはじまりだ!




