第21話 娯楽の邪魔は許さない!
「ほら、ほら、ほら――」
「あっあっあっ――」
「いくぜっ!!」
「あああぁぁぁ……」
「も、もう一回、もう一回なのですわ……」
再び俺との交わりを求めるルディア。負けまいと強気な視線を見せるが、単なる虚勢。力なく項垂れる身体がそれを表わしている。だが、求める以上は俺も容赦はしない。立て続けに攻められ放心するルディアを、幾度も、幾度も蹂躙する。
「ほら、いってしまいな!」
「やめてぇええええええ!!!」
『YOU LOSE』
「あ、が、が、が……」
「ゲーマーだと思ってたけどさ、格闘ゲームはからっきしなんだな」
誤解をさせたなら申し訳ない。俺は今、ルディアと格闘ゲームで交戦中だ。
今まで何かにつけてルディアが上手であったが、ここにきてようやく俺が勝るものを見つけることができた。ここぞとばかりに攻め倒し、無数の敗北を味わわせてやることにする。
そして、俺の連勝のカウンターがストップした時、ついにルディアはコントローラーを投げ出した。
「お、おい! 物に当たるなよ!」
「うるせぇのですわ! 面白くないんですわよ! 大体こんな野蛮なゲーム、麗しい女神には相応しくないのですわ! 負けてもぜーんぜん悔しくなくってよぉお!」
「なぁなぁ」
「何よ……」
「雑魚が相手だと俺も面白くねぇ」
煽るように、笑顔で対戦の感想を伝える。それを耳にしたルディア――
目にも留まらぬ速さで拳を上げると、それを俺の顔面へと叩きこんだ。
「ぷぎゃ……」
「黙れ! 下賎な者の分際で! 私はキラのつまんなさの百倍つまんなかったのですわ! もっと、私に相応しい高貴なゲームを持ってきなさい!」
そう言うと、ルディアはふて腐れて部屋の隅っこでいじけてしまった。顔面のへこみを修復したところで時計を見る。あれほど長きに渡って対戦したのだ。短針は既にいい時間を差していた。
ルディアには一つ、空き部屋が自室として用意してある。決して俺と共寝している訳ではない。部屋に戻れよと促すが、拗ねたルディアは何も言葉を返さなかった。
大きな欠伸が一つ漏れる。
眠気もそろそろ限界だ。さすがに部屋に戻るまで待ってなどいられない。ルディアを差し置き、一人ベッドに潜り込み目を瞑る。
……
…………
…………うーん……
確かに眠気もあるのだが、先程ルディアが言っていた『私に相応しいゲーム』のことが頭を過った。
ルディアの好みのゲームか。レースゲームなどのツープレイヤーバトルは他にもあるが、多分、今日と同じ結末を迎えるだろう。きっとあいつは、一人用のゲームしかしたことないんだ。友達いなそうだしな。
シュミレーションとかがいいかもしれない。人の上に立って操作するとか、支配するとか、なんともルディアの趣味に合いそうだ。
暫く考えている内に、次第に眠気も薄まってしまう。これはいかんと思考を止めると、何やら部屋の中でごそごそと、微かな物音が耳に届いた。うっすら片眼を開いて覗いて見ると――
「よっ、とっ、えぃ……」
せっかくミュートにしてるのに、声が漏れちゃってるじゃないか。
暗がりで、格闘ゲームの鍛錬に励むルディア。大人な俺は黙って目を閉じると、そのまま寝ているフリをして、ルディアのプライドを守ってやることにした。
「あっ、くっ――――はぁ……」
ジリジリジリジリジリ!!!!
耳をつんざくその音に、眠気は瞬く間に萎んでいく。
絶対起きれる目覚まし時計。これが俺の皆勤賞のキーアイテムだ。無理な目覚めは身体に悪そうなので、普段は携帯端末のお淑やかな目覚まし機能を使っているが、こと夜更かしした日などは予めこちらをセットしている。
はたくようにして目覚ましのスイッチに手を伸ばす。途端に静まりかえる室内。
しかし耳に残る残響に、僅かに息の漏れる音が混じる。
見ると、そこには画面の前に突っ伏すルディアの姿があった。あれだけの爆音の中で寝続けるとは、一体いつまでプレイしていたのだろう。
呆れて物も言えない。そのまま無視して行きたいが、さすがにこのままでは可哀そうだ。神が風邪をひくのかは知らないが、その身に布団をかけてから支度を始める。
甘めのコーヒーを二杯飲み、余裕をもって家を出る。登校中も、ルディアに向けたゲームは何がいいかと考えていると、同じく学校に向かうトウマと出くわした。リア充だが、奴も存外ゲームに詳しい。もしかしたら何かヒントを得られるかもしれない。
「ちょっとさ、今までと趣向の違うゲームをやろうかと思うんだけど、何かトウマのお勧めとかない?」
「うーん、最近あまりゲームやらないからな。正直分かんねぇ! 悪ぃな、キラ」
所詮、リア充はリア充ってことか。
「はいはい、どうせ彼女と遊んでんだろ? 聞いた俺がバカだったよ」
「そう冷てぇこと言うなよな! 彼女も大事だけど、キラは俺の大切な親友だ。知ってたら投げやりになんかするもんか」
「馬っ――たく……」
こいつ、よく恥ずかしげもなく言えるよな。こんな臭い台詞を吐けるのも、イケメンならではの特権だ。
その後はなんてことない話をしながら共に学校に向かう。結局、トウマからはなんの情報も得られはしなかったが、それはかえって、俺にとって都合の良い状況に転じることになった。
「おはよ! キラくん!」
「お、おはよ! マヒロ!」
突然声を掛けられるとどもってしまうが、それでも始めに比べれば、だいぶ流暢に話せるようにはなってきた。恋の進展は未だ無いものの、かなり親しくなってきたことは自負している。
待てよ、そうだ! マヒロならもしかしたら――
マヒロは女の子だ。トウマに聞くよりよっぽど、趣向の違うゲームを知っているかもしれない。
「マヒロってさ、なにかゲームとかしたりするのかな?」
女の子はゲームの話にあまり興味がないと思い、今まで話題には挙げてこなかった。ファッションとかグルメとか、恋話とか。勝手な憶測で、そう決めつけていたからだ。
「するよぉ!」
な、なんだって! やるのか!
そしたら、あのRPGとかアクションとか、格闘ゲームとかの話も――って、まてまて。落ち着くんだ、俺。きっと、携帯端末でやるようなパズルゲームなどに違いない。それなら女子がやっているところも、よく見ているからな。
「へ、へぇ! 何のゲームやったりするのさ?」
なんでもない素振りで聞いているが、実は内心はかなりドキドキしていた。なにせ答えによっては、今後の話題や行動についても大きく変わってくるのだ。もしかしたら、マヒロと一緒にゲームをしちゃう日なんかも――
「今は”こん森”やってるよ! 知ってるかな”こん森”。この前可愛い洋服ゲットしたんだよ!」
もちろん、そのゲームは俺も知っている。シリーズ化されており、俺の好きなゲーム会社の中でも、発売毎に上位の売上を叩き出すモンスタータイトルのゲームなのだから。
だが、人気だからといって、それをプレイするかは話は別だ。
”こん森”それは”昆虫の森”の略称だ。デフォルメされた可愛い昆虫たちと共に、村を作っていくゲーム。
ただし、このゲームは村を発展させるだけの乾いたシュミレーションとは一線を画す。それは、主人公の着る服や自宅の家具を、数多ある素材の中から自分なりにアレンジできるのだ。その要素が特に、女性層からの支持が強く、発売から暫く経つ今でも根強く人気のあるゲームだ。
しかし、いくらミリオンセラーを叩き出そうが、自分の趣味とは合わないゲーム。今までの俺には、正直まったく興味はなかった。
しかし今回はあくまで、ルディアのお気に召すかという命題。女性の支持があるとすれば、ルディアも一応は”女”神だ。
「こん森か、アリかもしれない――」
「もしかして、キラくんもこん森に興味あるのかな? そうだとしたら、とっても嬉しい! 一緒にやろうよ、キラくんも――」
マ、マジかよ……
期待してたゲームとは違うけど、一緒にプレイすることは叶うかもしれない。あくまでルディア向けのゲームを探していたが、これは俺も買う必要があるのでは?
「じゃあ、ちょっと買ってみようかな?」
「ほんとに!? 買ったら教えて! フレンド登録しようね♡」
よし、買おう。高校生にゲーム二台は大出費だが、マヒロと”より”親しくなれるのであれば安い投資だ。
その日の帰り道、ルディア用と、自分用。二つの”こん森”を買って帰った。もともとゲームを買う可能性も鑑みて、多めにお金を入れておいて助かった。
さようなら諭吉。君は俺の人生で一番、有意義な使い方をされた諭吉だよ。
家に着くと、ルディアはリビングで呑気に煎餅を噛っていた。母さんはおそらく、夕飯の買い物に出掛けてる。居候なら手伝ってやれよと言いたいが、神には家事など、ことさら縁がないのだろう。
ルディアは俺に気付いている。たぶん――
だけど挨拶はおろか、顔すらこちらに向けてこない。いまだへそを曲げているのか、俺はここまで気を遣ってやってるというのに。
無言でテレビを見続けるルディア。買ってきたゲームを、その横からすっと差し出してやる。
「はいこれ。お前に相応しいかどうかは分からないけど、買ってきたよ」
「……何ですの? これ」
タイトルとパッケージだけでは内容を判断しづらいゲーム。首を傾げるルディアにどういったゲームかを大まかに説明する。
すると次第にその目は吊り上がり、表情が強張っていくのが目に見えた。
「はぁ? 戦いも争いもなく、ただ村を作るだけの仲良しごっこのゲームですか? こぉんなものではテンション上がりませんことよ。まごうことなきクソゲーではありませんか」
なんという酷評。やってもいないのにこの言い種。せっかく買ってきたというのに腹立たしい。
しかし、クソゲーは言い過ぎにしろ、俺もそう思ってずっとこの手のゲームは避けてきた。感情はともかく、理性ではルディアの言うことは理解できる。
「と、とにかくさ。一回やるだけやってみよーぜ?」
「まあ……せっかく買ってきれくれた訳ですし。仕方ないですわね」
――――三時間後。
「見て見て! 見るのですわ! キラ! この服とっても可愛くないですこと? 私の趣味にぴったりなのですわ!」
「ちょ、待てって! くそ……金が足らねぇ。この素材が欲しいんだけどな」
俺とルディアは――どっぷり”こん森”の沼にハマっていた。
さすが大手メーカー、任〇堂。趣味などという決めつけや固定概念の枠を、いとも簡単に突き破ってくれる。
「ちょっと! さっきからご飯って言ってるでしょ? 聞こえてるの?」
「あ、お母様! これ見てくだサーイ!」
「ル、ルディアさんまで……ご飯が冷めちゃうじゃ――」
…………更に時は流れ、一時間後。
「いや、こっちの方が可愛いんじゃないかしらね?」
「私もそう思ってましたわ! こっちにしましょう!」
母も、あっさりと陥落した。
一時期は、乙女ゲームにハマったことのある人間だ。その気質はもともとあったのかもしれない。というかルディア、欧米風な口調はどこへいった。
しかし、恐ろしいなこのゲーム。RPGやアクションと違って、キリが無い分いつまでも続けていられる。私生活を殺すという意味で、いわばこれもデスゲームといって差し支えないのかもしれない。
特に最近の俺は、転生者始末という殺伐とした生活が中心となっていた。日常が退屈であるからゲームに刺激を求める訳で、それが逆なら、ゲームには癒しや平穏を求めるようになるのかもしれない。
「あぁ!」
ゲームをプレイしていたルディアが、突如悲鳴を上げた。
操作でもミスったのか?
「くそ、いいところなのに。こんな時に限って波動を見つけてしまうとは」
「は、波動?」
おいおい、今そのフレーズを使うなよ。母さんはお前の隣で覗いてるんだぞ。
「やはり転生者とは、調和を乱す害悪この上ない存在ですわね。私のゲームを邪魔するなど言語道断。その大罪、見過ごすわけにはいきませんわ!」
勧善懲悪を思わせるそのフレーズだが、その真意は、ただのエゴ。偽善に満ちた、独りよがりなジャイアニズムだ。
「キラ! 行きますわよ! さっさと転生者を片付けて、ゲームの続きをやりましょう!」
一分一秒も惜しいルディアは、作ったゲートに俺の身体を蹴り飛ばす。次元の穴に落ちていく中、俺は一つのことを思い出した。
そういえばまだ、飯食ってねぇ。
ゲームは用法と用量を守って、正しくプレイしような。




