第19話 俺だけ? 転生者を始末ですわ!
ルディア曰く推定転生者のその男。
その者は洞窟から少し離れた荒野の外れ、その少し開けた場所に一軒の小屋を建て住んでいた。辺りには他の建物はおろか、人の気配も、痕跡すらも見て取ることはできない。いくら転生者全般が強いとはいえ、果たして人間一人が誰の力を借りることなく、孤独に生きていくことなどできるのであろうか。
これから始末しようという相手に心配するなど可笑しな話だが、俺はベテランの暗殺者でもなく、日々学び舎に通う一小市民だ。そう感じてしまうのも仕方がないといえる。
余計なお世話を焼く俺を余所に、ルディアはひっそり佇むその小屋を、神妙な面持ちで見つめている。窓から見える転生者でも覗こうとしているのだろうか。ルディアの行動に合わせて、目を細めて小屋をじぃと凝視する。
ぞわっ
その感覚は、突然訪れた。
言い様のない、胸のざわつくような不安を煽る焦燥感。似たような感覚をダンジョンの中でも感じたが、これは一体――
「キラ? どうかしましたか?」
落ち着きのない様子を察してか、ルディアが一言声を掛ける。今回は珍しく褒めたり心配したり、角にぶつけて頭の螺子でも外れたか?
「いや、なんでもないよ。少し胸騒ぎがしただけ……」
「……そうですか」
一つ間を置いて答えるその様子は、あまり納得したようには見えないが、別に嘘を言っているわけではないのだ。なにせ俺にも何が要因なのかは分からないのだから。
しかし、そんな疑惑に固執しても話は進まない。小屋の近くまで歩み寄ると、窓に張り付き部屋の様子を覗き込む。
お世辞にも綺麗とはいえないその部屋。統一感のない、大小様々な物がごったかえす部屋の中で、転生者は布製の荷物袋を漁っていた。それは先程ダンジョンで使っていたのと同じもの。
その中から、転生者はある物を取り出した。それは、着色料で色を付けたような、おどろおどろしい青に染まった、液体。
フラスコのような瓶におさまり、水より粘り気があるのか、瓶の傾きに少し遅れて流動している。
床に手放された荷物袋は、ぺたりと平らに広がっている。他になにも入っていないのであれば、恐らくあの液体が宝箱の中身であろう。
一体あの液体はなんなのであろうか。見ようによっては、RPGの定番であるポーションにも――
しかし、正体をあれこれ考える間もなく。
なんと転生者は、瓶の中身を一気に飲み干したのだった。
「うわぁ、飲みやがったぞ。どこぞ分からないところに置いてある飲み物なんて、普通は飲んだりしないだろ……」
「それって、あらゆるゲームの設定を否定してますわよ。宝箱はおろか、落ちてるものや魔物の持ち物だって口にするじゃない」
そ、それはそうなんだけれども。
改めて生で見てみると、これってかなり異常な行動だったんだな。
新たに増えた豆知識。そんな無駄な知識は置いておいて、気を取り直し転生者の様子を伺うことにする。
謎の液体を摂取した転生者は、胸を毟るように掴みだす。するとその身体には次第に光が帯びて、力の渦が転生者の内部に入り込む――
気がした。
著名人に感じるオーラというか迫力というか、そんな得体の知れないエネルギーが、転生者の身体を取り囲んでいるような気がする。
これはあくまで俺の感覚で、その力の本質が何を及ぼすのかまでは計り知れない。謎の変化に気付けはしたものの、結局それは理解を超えた現象で、ただただ冷や汗だけが、額から頬へと伝っていった。
「キラ……、まさかあなた、感じ取っているのですか?」
いつになく真剣な眼差しで俺を見つめるルディア。彼女もこの奇妙な感覚を感じているのであろうか。
「う、うん。さっきから妙な違和感を感じるんだよね。目に見えてるものはありのままの光景なのに、そこに潜む流れというか、気配というか――」
突然、頭を振り回される。一瞬何が起きたのか理解ができなかったが、両手で俺の頭を挟んだルディアが、ぐいと引っ張り、自身の眼前へと引き寄せたのだ。
突如切り替わる視界。一寸先には蒼く煌めくルディアの瞳が――
ち、近い……
息もかかるほどの近距離。少し顔を寄せれば、その薄紅の柔らな唇と交わってしまうだろう。もちろん、そんなことをすれば、後がどうなるかはお察しだが。
視線を外すことを許さぬ強固な眼差し。身動きもできず、ただ息を止めてその行為の終わりを待ち続ける。
次第に息苦しくなり、顔に赤味が差してくる。我慢の限界が近づき、息を漏らしてしまおうとした矢先に、ようやくルディアはその手を除けると顔を離した。
「キラ。あなた魔力を持ってますわ。恐らく私と共にいたことが要因ですわね」
なんだって? この俺が、あの魔力を!?
憧れはあるが、所詮はフィクションにのみ存在しうる、幻想の力。そんな魔力を、ただの高校生であった、この俺が?
「そ、そっか。魔力……か」
なんだかちょっと嬉しい。
転生当初はチートなんていらないと言った。もちろんそれは今でも変わりはしない。だけど、理不尽とは言わないまでも、少しでも魔法を使えるようになったらと思うと、期待に胸が膨らんだ。
しかしそんな浅はかな俺の考えを見透かしたルディアは、その淡い期待を木っ端みじんに踏み砕く。
「まあ、妙な期待は持たないことですわね。キラにはチートなど一切与えていないのですから。生涯をかけても、マッチの火程度すら起こすことはできませんよ」
「フラグ?」
「立ちませんから」
膨らみはじめた小さな期待は、破裂することもなく静かに萎んだ。
「しかし、見えるだけでも始末の役には立つかもですね。とりあえず、これで転生者の魔力は劇的に向上しましたわ。しかし、キラが感じた違和感はそれだけですか?」
「実は、今よりちょっと前にも、少し離れて小屋を見ていた時にも感じたんだよな。
つっても、中にいる転生者の魔力が漏れていただけなんだろうけど」
「!?」
驚きの表情を垣間見せるルディア。しかしそんなに驚くことだろうか。
魔法学校の時ではないが、俺、何か言っちゃいました? って気分だ。
思い出して少しだけ虫唾が走った。
「やりますわね! その違和感に気付けたのなら上出来ですわ! ではそろそろ、ネタバレタイムといきますか!」




