第16話 続々 悪役令嬢を始末ですわ!
悪役令嬢、もとい転生者は、俺とルディアの会話の最中で、自身の部屋へと戻っていた。
そのこと自体には気付いていた。だが、今回の転生者は最強でもなければ冒険者でもなく、時間停止のような厄介な能力も持ち合わせていない。突然どこか遠くに行ってしまうような危険がないからか、ルディアもすぐには追わずに解説を続けたのだった。
その後は転生者の下へと足を運ぶ。とにかく広い城内、若しくは邸内だったが、それらの主にあたる男、そのフィアンセが使う部屋なのだ。それは見晴らしの良く、部屋の間隔が広く取られて、かつ他の扉よりも一際目立つもの。そんな特別な部屋に絞って探せば、難なく発見することはできた。
繊細な模様の施された取っ手に触れると、静かに扉を開く。
明かりも灯されていない薄暗い室内。月の明かりで仄かな青みを帯びている。無人にも思える静けさだが、耳を澄ますと、規則的な吐息が僅かに耳に届いた。
見るとそこには天蓋付きのベッドが置かれ、中には転生者である黒髪の女性が眠っている。あのイベントがどういった経緯で進んでいたのかは、俺には計り知れない。だが容易に事が進んだのではないのは確かだろう。着替えもせず、布団も掛けずにいるその姿は、きっと心身共に疲れ果てて眠ってしまったに違いない。
「では、始末といきますか」
始末の促しを淡々とした口調で述べる。
「でも、さっきまでの話だと、この子は主人公かどうかも怪しいじゃないか。それにらしくないことだってまだ見つかってないよ」
ルディアはこのケースは勝ち確定だと言っていた。だが今のところはなんの落ち度も見ていない。転生事情に詳しいルディアが何を知っていようが、俺が感じなければ意味を持たないのだ。
「まず一つ目、この女を主人公と断定して良いですわ。先程は色々と申し上げましたけどね。だから、この女の主人公らしくない部分を探せば、それでパワーを得ることはできます」
「ちょっと待て、なんで主人公と決めて構わないんだ? 俺は納得いかないぞ?」
らしくないこと、この点は俺の考え方一つでパワーの良し悪しは決まる。だが対象が主人公であるかどうか、この部分は結果的に主人公であればいいのか、俺が認識していなければいけないのかどうかは分からない。
だがどちらにしろ、納得するのは重要だ。選び取った選択に後悔しない為にも。
「いいでしょう。結果的にその説明は主人公らしくないことにも繋がりますから。ではなぜ、この女が主人公かというと、それは”外伝”という形で考えるのが良いですわね」
「外伝って、本編の裏話とか逸話を描いた、その外伝のことを言ってるのか?」
「ええ、その外伝のことです。外伝ならば例え本来の主人公がいるストーリーでも、悪役や脇役が主人公を張ることができるでしょう?」
なるほど。確かにその考えなら同じ世界線でも、主人公が複数存在することはできるな。だが、一番の問題は二つ目の主人公らしくないことだ。ルディア曰くこの女性は転生前は悪役だったらしい、だが今は善人だと言っている。それに例えそれが間違いだったとしても、この話はルディアの推測からきたもので、俺自身が直接目にしたわけではないのだ。
「じゃあ、らしくないことはどうするんだ? 俺はまだ何も見てないぞ。ルディアが納得してても、俺が見聞きしなきゃ力は得られないだろ」
「いえ、あなたは既に目にしてますわ。らしくないことをね。だからちゃちゃっと終わらせようと言ったじゃないの」
「なんだって? 俺がもう、既に目にしている?」
何をだ? 俺は何も見てないぞ?
この女性の声すら、いまだに俺は聞いていない。
「では二つ目、転生者が主人公らしくない理由。それは転生者が”主人公潰し”だからですわ」
「しゅ、主人公潰しだって?」
「この物語には本編と外伝を合わせ、複数の主人公が存在する。茶髪の女は本編ゲームの主人公。転生者は外伝小説の主人公。ですがね、これには優劣が存在します。茶髪の女は転生者を潰して構わない。なぜなら主たる本編の主人公だから。
しかし、転生者は茶髪女を倒してはいけない。なぜなら、外伝が本編に影響を与えてはならないから。それがつまり――」
「主人公潰し……ってことか」
今までの不可解な流れ、それが解決した時。
ルディアはようやくその顔に笑みを浮かべた。
「そういうことですわぁ。あなたは先のイベントで、完膚なきまでに叩きのめされる本編主人公を、しっかりその目で見てますわ。外伝主人公が、劇中で本編の主人公を倒しちゃうなんてこと、聞いたことありますか? 無いでしょう? そんな外伝主人公は”らしくない”ですわぁあああ!」
いつものおちゃらけた様子で語り始めるルディア。
だが今度は逆に俺の方が、落ち込み、気が滅入って……
「確かにそうかもしれない。でも、だけど! それだけかよ!? 転生者を始末する理由ってのは!」
「だから気分が乗らないって言ったでしょう? ざまぁ感が少ないのですわよねぇ」
そうじゃない。気分が乗るとか乗らないとか、そんな単純な理由ではないのだ。ルディアの口調は、いつも見せるような飄々とした軽いもの。だがそれがかえって人の生き死にへの興味を示さない、残酷なものに思えて仕方がなかった。
「俺、やらねぇぞ……今回ばかりは。今までの自業自得な転生者に比べて、この女の子は! 改心して、健気に頑張って、自分の未来を切り開いてきたんだろ!? そんな転生者、消せる訳ねぇだろうが!」
こんなの絶対、納得いかない。
努力する者を消すなんて、そんなの、俺の正義は許さない!
勇気を振り絞って熱い想いをルディアに伝える。
短い付き合いだが、少しは話の通じる部分もあると思えた。
だが……
「キラに拒否権などありませんわ。命が惜しければ、黙ってやれば宜しくてよ」
「く、くそ……」
俺の命は転生させたルディアに握られている。さすがに自分の命を天秤にかけられてしまうと、辛い、怖い、死にたくない。そんな弱い心が、俺の足を転生者の下へと運んでいく。
足を止め、視線を下ろすと、転生者である女の子は静かに眠りについている。きっと、自分の呪われた運命を変えることができたからであろう。悪役とは思えない、とても穏やかで優しい、安らかな顔をしていた。
「さあ、とっととやってしまいなさい。あのイベントを再び頭の中で思い描いて、右手に力を集中させるのですわ」
後ろめたい気持ちが心を支配する中、仕方なく右手に力を込める。すると、転生者の身体からふわりと飛び出たエネルギーが右手に集まり、次第に光を帯びていく。
そして、その右腕をゆっくりと、静かに、転生者へと差し向けた。
でも、でも――
「早くしなさい。いい加減お腹が減りましたわ」
なんて、冷たい。
なんて、酷い。
こいつは、女神なんかじゃない。
この女は、悪魔だ。
拒否したら、必ずルディアは俺の命を消すだろう。
身体が小刻みに震える。
自らの命の危険が心の奥底から沸き上がってくる。
俺には、家族も、マヒロやトウマもいるんだ。
この子には悪いが、自分の命には代えられない。
「やっぱり、俺にはできねぇよ……」
転生者に向けた手を下ろし、ルディアの方へと振り返る。俺に向けるその視線は、刺すように鋭く、凍てつく程に冷たい。
思わず目を背けたくなる。しかし、ここで逃げる訳にはいかない。退かず、怖じ気づかずに、真っ直ぐとルディアの冷酷なる蒼き瞳を見返した。
「お前は女神なんだろ? 神様なんだろ? 少しは人の気持ちを考えろよ! おかしいだろ? 正しく生きた善人を消すなんて!
そんなことに加担するくらいなら……俺は消されたって構わねぇよ!!」
意を決して、女神の意向に背いた。
俺は間もなく消される。だが、後ろめたい人生を生きて何になる。
信じ続けた、正義の道を曲げてなるものか。
だってそれが、俺の憧れた、熱い生き方なのだから――
冷えた瞳、そこから光が失われ、深き闇へと落ちていく。
終わった……
二度目の人生の終幕。
残された僅かな時間。ゆっくりと瞼を閉じ、その短い人生を振り返る。
マヒロ、トウマ、こんな俺に優しくしてくれて有難う。
そして母さん、父さん。二人の間に生まれて、俺は幸せだったよ。
最後に、自分の信念を曲げなかった俺を、どうか許してくれ――
……
…………
…………?
まだ、消されていない?
「少しは、分かったかしら?」
「!?」
二度と開くことのないと覚悟した瞳。
恐る恐る開くと、ルディアは先と変わらぬ距離で、依然俺を見据えていた。
「あなた今、私に殺されると、そう思いましたわよね? その時あなたは何を思いましたか?」
始末されていないことに対しての疑問。唐突な質問に対しての動揺。深く考える余裕もなく、思ったことを素直に、そのままルディアへと伝えた。
「え……と、信念を曲げずに生きた、とか、両親や友達に、ごめん、とか――」
「そう思ったのなら、転生者を元の世界に戻してあげなさい」
「……え?」
「悪役令嬢への転生。これは、望んで異世界に行くだとか、力やスキルを貰える、なんてことはしてないのです。悪役に転生させられて、絶望からのスタートで、異世界に行けてラッキー、というものでは無いのですわ。
それに、転生者のご両親はどうなるの? あの子はこの先一生、ご両親には会えないの? ご両親は、生きているか死んでいるかも分からない娘を、死ぬまでずっと待ち続けるの?
更にこの手の転生は、元の悪役令嬢の魂を乗っ取ってしまうものですわ。例え悪役といえど、自身の身体を、他人に奪われて良いものなの?」
「…………」
「一番始め、私とキラが出会った時にも言いましたが。本来私は調和の神で、転生者が調和を乱している、ということを話しましたよね?
これはまさしく、あなたの世界の一つの家庭を破壊し、異世界の一人の魂を生贄にした、調和を乱す転生なのです。これをサクセスストーリーと断ずるには、あまりに犠牲が多すぎる!」
「この子を元の世界に帰すことが、ハッピーエンドだとは思いませんか?」
「……だね……」
傾く月明かりが、そっと腕を上げる男の影を映し出した。
「バイバイ……君は、長い夢を見てたんだよ」




