第15話 続 悪役令嬢を始末ですわ!
ルディアの口から出る神の名前。
『転生神アンジェリア』
今までにも何人かの神の名前は耳にしてきた。果たして一体、それらの存在はなんなのであろう。
「なあ、その転生神ってのはなんなんだよ。お前も俺のことを転生したよな? だけど、調和の神とはまた違うものなのか?」
「いえ、そんなことはありません。この私も転生神ですわ。だから彼らは私の身内。転生、厳密には異世界転生を行うことは、転生神にしか許されていないのですわ」
「じゃ、じゃあ……」
「そんなことより、今は目の前の転生者を見ていなさい」
聞きたいことは幾つかあったが、それらは後でも聞くことはできる。反面、三者のやり取りは現在進行形。やり直しのきかない分、目の前の事態の方が優先度は高い。素直にルディアの忠告を聞き、視線を騒ぎの方へと戻すことにした。
「まさかお前が、そんな企みを……
彼女に罪をでっちあげ、婚約を破棄させようとしていたなんて。あげく彼女を今晩貶め、断罪しようとしていたなど……許せるものではない!」
「そ、そんな。それでは私は――」
なにやら、開始早々から修羅場と化している。
イケメン貴族は、床に膝をつく茶髪の女性に対して怒りを向けている。彼女と呼ばれる者は、男の傍らにいる黒髪の女性。この男の婚約者であるようだ。
そして、その二人を見上げ、憎しみから絶望の表情へと移り変わる茶髪の女性。どうやらイケメン貴族と黒髪女性との婚約を無効にしたかった模様。その企みが失敗して、責め立てられている様子。
このイベントに関わるメインどころの三人。その中の誰かが転生者なのだろうが、突然のことで何が何やら。だが、今までの転生者は全て男であった。そして複数の女性が関わるこの状況。これはもしや――
「これって、あの男が転生者か? 女性関係で揉めているようだし、またハーレムやらチーレムやらってことなのか?」
「いえ、それはないですわね。チーレムでは男女の揉め事はなかったでしょう? 前にも言ったように、その手の女性はチョロいのです。それに、チーレム転生者が、誰か一人と婚約なんてしませんわ。常に複数人と相手取りたいのですから」
そ、そうだったな。
浮気を文化と断ずるような奴らだってことをすっかり忘れていた。
「流れを見る限りでは、恐らく男に寄り添う女性が転生者ですわね。裁かれている方、という可能性も捨てきれないですけれど」
ルディアの声に、いつものような抑揚がなく淡泊だ。結論を焦らし、ここぞとばかりにお披露目するエンターテイメント性も、今回に関しては存在しない。やはり異世界に来てからというもの、ルディアの調子がいつもと違う。
それとは別に、ルディアがすぐに転生者を断定できない点も、いつもと違って珍しい。普段なら、迷いもせずに転生者を決めつけるものだが。
「恐らくとか、捨てきれないとか。お前が一発で転生者を判断できないなんて、珍しいこともあるもんだな」
「まあ、ほぼ確定ではあるんですけれども。いかんせん、この手の転生はパターンが多すぎるのですわ。物語の始まりなのか、終わりなのかが分からない。
これがオープニングであれば茶髪の裁かれてる女、エンディングなら男の傍らに控える黒髪が転生者ですわね」
…………
意味が分からん。
「ですが、今回は十中八九後者ですわね。婚約破棄が成立していないですもの。婚約破棄されるはずの転生者が、それを覆して茶髪のヒロインを吊るしあげたってところですわね」
ヒ、ヒロインを、吊るしあげる?
転生者である黒髪が、主人公かつヒロインではないのか?
「こ、今回ばかりは考えても全く分からないぞ! 頼むからちゃんと説明してくれよ!」
「まあまあ、説明は後でしますわ。とりあえずは場面の終息を待ちましょう。それにしても、あまりこのケース好きじゃないんですわよね、私。とはいえこの手の転生者は最強と並ぶほどに多いのも事実ですし、ちゃちゃっと片付けて、お仕舞にしてしまいましょう」
何かヒントとなりうる場面は存在しないか。そう思いつつ騒ぎの行く末を見守っていたものの、既に俺たちが来る前に一通りの証拠は出揃っていたのか、その後は特に反論もなくイベントは終わりを迎えた。
茶髪の女性はその罪を問われることになり、晴れて貴族であるイケメンと、黒髪美女は結ばれることになったのだ。
そしてパーティそのものも終わり、参加者は会場を後にしていく。外観を見ていないので、ここが城か屋敷かは分からないが。まあとにかく、この建物は貴族男性のものであるようで、婚約者である黒髪美女は、ここに残っていくようだ。
本来の落ち着きを取り戻す室内。だが、俺の頭は混乱を増す一方。
「なぁ、そろそろ教えてくれよ」
「そうですね。簡単に言うと、ここは乙女ゲームの世界なのですわ」
「お、乙女ゲームって、あの恋愛ゲームのか!?」
乙女ゲーム。それは女性向けの恋愛ゲームの総称。男性で言うところのギャルゲーの逆に位置するもので、選択肢などの行動の流れを選び取り、意中の男性を攻略するというものだ。
恋愛ゲームをやったことは無いが、なんとなくの話の流れは分かる。クラスの女子が話題に上げているのを聞いたことがあるし、母さんも一時期夢中になり、攻略中の男の話を熱心に俺に語りかけてきた。ほとんど話半分で、聞き流してしまったが…
「そうなのですわ。黒髪の女性、転生者は元々あのイケメン貴族と結ばれる予定だったのです。しかしそこに、あの裁かれた茶髪女が、それを防がんと計画した。そういうゲーム。結果として、それを転生者が暴いて婚約破棄を回避した形になりますがね」
「おいおい! ちょっと待て! それって全然、良いことなんじゃないのか!? 悪の陰謀を見抜いて阻止する。主人公として、真っ当なことをしてるじゃないか! 要はさっきのイベントは、ハッピーエンドの流れだったという訳だろ?」
「あなたは今、転生者の方を主人公、茶髪女を悪役として認識していますわね? 先程の私の話、両者を置き換えてみるとどうですか?」
えっと、つまりは――
悪役の女性が、イケメン貴族と結ばれる予定。主人公はそれを防ごうと計画した。そういうゲーム。結果として、悪役に見抜かれ主人公は裁かれた……
「それって、もしかして、バッド……エンド?」
「正にその通りですわ。主人公が主人公らしいことをしていない。なぜなら、真のゲームの主人公は、裁かれた茶髪女の方だから。ゲームとしての攻略は、黒髪女の婚約を破棄させて、イケメン貴族と結ばれるのが本筋なのですもの」
「で、でも! 略奪愛ってのは、さすがに失敗して然るべきというか。成功したらしたで、批判の的になるというか……」
「いえ、そうはなりませんわ。途中から訪れたキラには分かるべくもありませんが。設定として、婚約者である黒髪女は陰湿で、健気な主人公をいじめ尽くし、あげく影で愛し合っていた二人を引き離そうとする悪役……悪役令嬢という、悪者の立ち回りをする女なのですわ」
「あ、悪役? 悪役令嬢だってぇ!?」
つまり転生者は、ヒロインではなく、悪役に転生したということか?
主人公が悪役、確かにそういう物語もないことはない。ダークヒーローと呼ばれるような、世間一般には犯罪者と言われる者が闇の社会を成敗する。悪が悪を滅ぼす、というのは少なからず人気がある。
だが、この場合相手は悪ではない。婚約者がいる者を好きなったことが悪、というのなら話は別だが。ヒロインは、性根の曲がった悪役令嬢を打ち倒し、愛する者と結ばれるはずの存在。どちらかというと、シンデレラのようなサクセスストーリーを歩む、大衆の憧れの的であり、正義に属する側の人間だ。
「そしたらこれって、滅茶苦茶胸糞悪い物語ってことじゃないか!」
「ですわね。ですがそうは問屋が卸さない。それにはそれで、ちゃんと理由はあるのですわ。まあとにかく、今回の相手は、転生者退治にはなるけど、ヒロインである主人公を救う感じになるのですわよね。邪魔な転生者が消える訳ですから。
増えすぎた転生者の始末が目的ですが、イキった主人公を粉砕するってなるとちょっと話が違うから、あまり気乗りしないんですわぁ。ざまぁ感が少ないんですわよね」
おいおい、気乗りとかざまぁとか。本来の目的がブレブレではないか。
だが、ルディアの言う通りなら、始末自体はそれほど難しくはなさそうだ。なにせ、転生者はヒロインをいじめ尽くすような人間性だ。そんな性格は、とても主人公とはいえない……って、あれ?
「転生者は主人公をいじめた、転生者は正義の味方らしくはない。でも、転生者は主人公じゃない。それって、主人公パワーを吸収できるのか!?
ていうかこの場合、どっちが主人公なんだよ! あぁもう、訳が分からなくなってきた!」
「混乱もしますわよね。茶髪女が主人公だとしたら、転生者からは主人公パワーを吸いとれないもの。逆に、転生者の方を主人公として見ても、残念ながら、転生者は茶髪女をいじめる、なんてことはしていないのですわ」
これ以上、頭をかき回さないでくれ……
悪役令嬢である転生者がいじめをしていない? 先程言ったことと矛盾しているではないか。
「さっきは、転生者が茶髪女をいじめ尽くしたって言ってたじゃないか」
「ええ、いじめ尽くしたわ。黒髪女の方はね。ですが、転生者はしていない。この手の話はね。”元”悪役令嬢だった者に転生するのですわ。
それが先程言った、ちゃんとした理由付け。悪役だったのは確かですが、転生後はいじめも悪事も行わず、改心することでバッドエンドから抜け出そうと試みる。そんな流れの話なのですわ」
「じゃあそれってつまり、転生者の方を主人公として見ても! らしくないことなんてしてないってことだよな!?」
複雑な設定、明瞭にならない解決方法、あまりの難解さにさすがに耐えかね、語気が僅かに荒々しくなる。しかし、熱くなる俺を前にしても、ルディアは澄ました氷の仮面を外さない。
「そこのところは大丈夫ですわ。なにせ、攻略方は知ってますもの。要は勝ち確の案件なのですわ。イキった主人公ほどのカタルシスは得られませんがね、それでも十分悪事は働いているのですよ。転生者自身も気付かない内に……ね」
少しだけ俯くと、顔に暗い影を落とすルディア。
それは瞬きほどの一瞬で、見上げた時には既に、冷たく無機質な表情に戻っていた。
「それでは、悪役令嬢の真の断罪に向かうとしましょうか」




