第14話 悪役令嬢を始末ですわ!
「暇ですことねぇ」
そう呟くと、ベッドの上で脚を広げるルディア。決して、ふしだらな意味ではなく、だらけきったその風体には色気は一切感じられない。
昨日の異能力転生者の始末が済んだ後は、これといった反応もなく、この日もすでに夕方に差し掛かっていた。背筋を伸ばし大あくびを漏らすと、読み終わった漫画のページを、つまらなそうにぺらぺらと捲った。
「他に漫画は持ってないのですか? この土日で、キラの漫画は全て読破してしまいましたわぁ」
あの量をこの短期間で?
凄まじい読書スピードは驚嘆に値するが、かえってそれが、ルディアの女神としての役割の薄さを露呈している。
漫画はこの部屋にあるだけ。他に暇つぶしと言えば、ゲームか、それとも……
いや、待てよ?
俺のものではないが、この家には他に漫画があったはず。
「確か、母さんが少女漫画を持ってると思うから。借りてこようか? ちょっと古いのだけどさ」
少女漫画というフレーズ。その言葉に反応して、勢いよく上体を起こすルディア。期待に胸を震わせ、目を輝かせる仕種は、見ようによっては少女に見えなくもない。
「見ますわぁあ! こう見えて、純真な乙女の心も持ち合わせているのですわ。私に相応しい書物でございますわね!」
いや、やはりその例えは無理があったか。純真という言葉を一度辞書で引いてくるといい。
ルディアの期待に応えて、母の古い少女漫画を取りに向かう。押し入れに眠る漫画は、黄ばみも目立ち埃だらけだったが、大まかにはたいてそれを差し出すと、餌を前にした犬猫のように飛び付き夢中になって読み始めた。
まるでペットだな。とりあえずこれで、当面の間は静かになった。
だが奴の速読スキル。並大抵のものではない。すぐに餌を食い切って、再びおかわりをねだりに来るだろう。何か良い手は――
そうだ! 家にないなら、借りればいい。トウマでもいいが、マヒロは少女漫画を持ってるだろうか?
借りるのを口実に話もできる。まさに一石二鳥、俺もルディアもウィンウィンの、我ながら素晴らしい名案だ。
早速、携帯端末を手にすると、マヒロ宛のメッセージを打ち込み始める。ただ漫画を借りるだけの文面。手の込んだ文章にする必要はないのだが、一言一句が気にかかり、書いては消してを繰り返していた。
「ぬぬッ!!」
「おわっ!?」
突然の奇声。驚きのあまり、書き途中の文章を誤送信してしまった。
く、くそ……
漫画を見せたところで、やはりうるさいものはうるさいのか?
「ようやく見つけましたわ! 転生者波動を!」
なんだよ、そっちの話か。
「それで、今回の相手はどうなんだ? また厄介な力でも持ってるとか……」
「いえ、今回は特に強い波動は感じませんわね。恐らく通常レベルの器の持ち主と思われます。そもそも前回が特殊なだけで、滅多に当たるものでもないのですわ」
確かに。そう何度も異常な能力の持ち主が現れてはたまったものではない。前回のように特異な能力といえど、それを持て余しているようであればなんとかなるが、それでいて強かさまで持ち合わせていた日には、一体どれだけの時間が掛かってしまうやら。
「ディナー前で良かったですわ! これで今日もメシウマですわね! それでは、張り切って行きますわよぉおお!!」
ざまぁな始末に期待を膨らませ、しなやかな腕の流れで異世界へのゲートを作り出す。そんなやる気十分のルディアに対して、俺のモチベーションはそれほど高くはない。渋々立ち上がり、ゲートに向かって歩き出す。
が、そわそわとその様を眺めるルディアは、待ちきれなかったのか、俺の背中をドンと一押し突き飛ばした。
世界の境目、次元の暗がりへと落下していく。振り返るとすぐ後ろには、これが生きがいとでも言わんばかりの、生き生きとした満面の笑みを浮かべるルディアの姿が。
「まったく、たった数秒待つこともできないのかよ」
「時は金なり、ですわよ。特にあなた達人間は、そのことをもっと深く知るべきね」
「はは、暇を持て余しているお前に言われたらおしまいだな」
「何か?」
「いえ、何も」
視界の先は、次第に明るみを帯びていく。行き先の次元が開き、俺とルディアは、次なる転生者の待つ異世界へと降り立った。
地につく足。まずはその感触から、その世界が今までとは別物だということが理解できた。柔らかな質感。鮮やかな紅色に染まる足元は、美しくも繊細な、金色の刺繍が施されている。暖かな火明かりで照らされる室内。その大本となるのが、天井から吊るされた煌びやかなシャンデリア。
チーレム転生者の豪邸においても、造りの豪華絢爛さに驚いたが。ここは、その更にその上をいく、格式高い城、若しくは屋敷の大広間であった
何か祝い事でもあるのだろうか。会場に規則正しく並べらえるテーブル、そのクロスの上を、豪勢な料理の数々が彩りを与える。
だが、そんな舌鼓を打ちたくもなる料理。それを、誰一人として口にしていない。どころか席にもつかず、ある一か所を囲むように集まっているのだ。
場の人々は皆、気品のある中世貴族のような顔ぶれだ。その中でもとりわけ、輪の中心にいる者達は一際高貴で、知識に疎い俺でも身分の違いがあることを認識できた。
その者達は、三人。一定の距離を置き、皆がこの三人に注目している。一人は男性。金髪で短髪、色白で高身長、見間違うことなきイケメンだ。ただ、笑えば爽やかであろうその顔は、歪み、軽蔑の眼差しをとある対象に向けている。
もう一人は、その男性の傍らで抱きかかえられるように寄り添う女性。麗しき黒髪、目鼻立ちの整った顔。これまた満場一致の美女である。だが、その美しき女性。血の気の少ない肌、吊り上がる目尻、かのヴィランズのような、どこか敵役や悪役を想起させる冷たい印象を受ける女性であった。
最後の一人、非難の眼差しを一身に浴びる、ウェーブのかかった栗色の髪の女性。小柄な体躯で、どこか守ってあげたくなる印象だ。一見すると不憫に思えるその女性は、その愛らしい身なりとは裏腹に、恨み、妬み、そんな憎悪の表情で満ち溢れていた。
「何がなんだかよく分からないけど、とりあえず何かのイベントの真っ最中って感じだな」
…………
あれ、返事がない。
視線を外し、ルディアの方へと振り返る。
「あぁ……これ、か……」
その顔は、先程までの気の高まりが嘘のように無機質。暇を持て余していた時の方が、よほど感情的であったと言えるほどに、興味の削がれたつまらない表情を顔に張り付けるルディア。
「い、一体どうしたっていうんだよ。あんな楽しそうにしてたのによ」
「悪役令嬢――」
「え……?」
「ちっ、誰の転生者かと思えば……
いけ好かないメンヘラ女、アンジェリアの転生者だったとはね……」




