第12話 続々 異能力転生者を始末ですわ!
暫くの間、ルディアとの会話が続いた。
もちろん転生者への注意も怠らない。静止した時間は見えなくとも、時を止めたかどうかは分かるはず。瞬間的に物が動けば気付けるだろうし、そうでなくても、転生者自身が静止前と寸分違わず元の位置に戻るのは不可能だ。動画の一部が飛んでしまうように、一瞬の違和感までは消せないはず。
だがその間も、転生者には怪しい動きは見られず、いまだ注文を頼みもしない。店内にいる男の給仕も、依然呼ばれぬことを気に掛けている様子だ。入店時にもかなりの時間を掛けていたし、優柔不断な男なのだろうか。
さすがに少し見飽きてしまった。背骨を伸ばし、ぐるりと辺りを見回すと、先程出迎えた女性の給仕が店の奥からやってくる。ホールに出るや否や、華やかな笑顔で愛想を振り撒くその姿は、まさに接客業の鏡である。
だが、それにしても――
あの女性、かなり可愛い部類に入るのでは? おまけに、両丘という表現が不適切なほどに膨らむその大山脈は、店内を行き来するごとに大地震を引き起こす。
「どこを、見てるのですか」
振り返ると、そこにも負けず劣らずの双子山が。ただし、こちらは怒りに震える活火山ではあるが。
「わ、悪かったよ。つい……」
「すみませぇええん!」
突然だった。
それまで沈黙していた転生者が、唐突に声を張り上げたのだ。
何事かと視線を戻すが、見れば転生者は片腕を頭上に掲げ、手招きしている。なるほどこれはメニューが決まったのか。だが、このタイミング、もしや給仕が来るのを待っていたのか?
いやいや、それはないだろう。先程までは、男の給仕がホールにいたのだから。
呼ばれた給仕は、容姿に違わず愛らしい声高な返事をすると、転生者の下へと駆け寄っていく。通常ならば距離を取るが、給仕の女性に俺達は見えない。席を横切る際、目と鼻の先ほどの距離を通過していく揺れる果実が印象的だった。
「じゃあ、これで頼むよ」
ようやく動きの見られた転生者ではあるが、なんのことはない、ただ注文を頼むだけの飲食店としては至極全うな場面。肩肘を置き、そのありふれた様子を眺める俺とルディア。
プツッ
給仕の女性は、下着姿で店内に立っていた。
は?
はぁああああああ!?
俺自身、何に驚いているのか分からない。給仕の女性に至っては、それ以上に理解のできない状況だろう。その身に起きたことが把握できず、肌を隠しもせずに、棒立ちの状態で立ち尽くす。
次第に大衆の視線が給仕の姿に集まって、それに気付くと、顔を真っ赤にして店の奥へと逃げていった。
こんなことが起きれば、大衆だって誰しも驚く、驚いた後でラッキーエッチにニヤける訳だ。一方転生者はというと、驚きもせず、終始薄気味悪い笑みを浮かべている。
そ、そうか!
止めたのか、時を!
その間に給仕の服を脱がしたのか!
ていうかなんて下らない使い方!
店選びにメニュー選び、時間を掛けたのは、目当ての女性が目的かよ!
最強の能力、時間停止。その用途がセクハラって……
違う、そうじゃない。と、満場一致の声が聞こえてきそうだ。
呆れ果てて苦笑いをこぼしていると、傍らから高温の熱気が吹き込んでくる。その熱さに思わず身構え、振り向くと――
「ゆ、許せないのですわ……」
灼熱の闘気、邪心の如き形相。こめかみは押し寄せる津波のように脈を打ち、拳は怒る大地の如く震えている。
「気付けないのをいいことに……女体を公に露にするなんて! 強姦と何も変わらないじゃない! 地球なら、強制わいせつに強姦罪! 即ッ効でブタ箱行きですわよ!!」
前に見せたものが生ぬるく見えるほどの、猛烈な神の怒り。その凄まじい怒気は、悪魔も鬼も、裸足で逃げ出す凄みがあった。
「こ、これは多分、だけど、転生神エーブイの仕業ですわね。奴は確か、時間停止モノが好きだったわ」
もうそいつ、神様辞めたほうがいいんじゃないかな。
「先程は、少しずつ、らしくないことを探して倒す。そう言いましたわよね、キラ」
「あ、ああ……そう言ってたな」
「あれは撤回しますわ。この愚かな性犯罪者は、細かな罪状をちまちまと並べるのではなく。
絶ッ対! 確実にィイイ!! 静止中の悪事を暴いて、この異世界から葬り去ってやるのですわァアアア!!!」
殺意にまみれた、凶悪なる意志が溢れ出す。
手を下すのが俺でよかった。もしルディアに任せたら、きっと彼女は転生者を殺してしまうだろう。
怒りに満ち溢れるルディアを抑えながら、事件のその後の進展を待つ。
だが、結局この件は未解決に終わった。誰も給仕の服を脱がしているところを見てないし、そもそも彼女自身も何が要因か分かっていない。そんな中、転生者だけは終始、緩みきった締まりのない表情を浮かべている。
間違いなく犯人は奴だろう。だが、証拠がない。見てもいない。であれば、それは憶測の域を脱しない。見えない相手に、どうやって戦えばいいんだ。
ルディアに助言を求めたいが、依然、凄まじい怒りを湛えている。まずは怒りを鎮めるべく、同調の言葉を投げ掛けてみるが――
「何を気安く! 分かったつもりで! 下賎なオス共には、決して女の気持ちは分からないのですわ!!」
俺がやった訳じゃないのに……
怒りの矛先は、なぜか世の男性全てに注がれているようだ。汚物でも見るかのような、軽蔑の視線が胸に突き刺さる。
「とはいえ、奴を始末するのは他でもない、あなたですわ。キラの心の『らしい』『らしくない』を無視する訳にはいかないのも事実……」
少し、ほんの少しだけ冷静さを取り戻したルディアは、事態の考察をし始めた。
確かに言う通り、結局は俺がどう感じるかで主人公パワーの良し悪しは決まってしまう。例えルディアがどんなに怒ろうとも、それが力に影響することは決して無いのだ。
暫くの間、腕組みをし唸るルディア。冷静さを欠いているからか、いつもより上手く頭が回らない様子だ。威圧に怯えながら待っていると、少しの間を置き、ようやく話を切り出した。
「では、こう考えてみるのがいいですわ。転生者は、無差別に女に手を出しています。相手の素性や人間関係などお構いなしに。これは理解できますわね?」
「あ、ああ。もちろんだよ」
「ではそれが、大切な妻、彼女、娘だったら、キラはどんな気持ちになりますか? あなたは、マヒロ、とかいう女に現を抜かしていましたわね。そのマヒロが、もし、彼女も気付かない内に裸にされ、凌辱されたら! キラはどんな気持ちになりますか!?」
ブチッ
その瞬間、俺の怒りが爆発した。
この能力を持って以来、はじめて心に殺意が沸いた。
「おい、俺は奴を殺してしまうかもしれない」
「構いませんわぁあああ!!!」
ここにきてようやく、ルディアと同じレベルの意気込みを持った瞬間だった。
だが、依然時を止めることへの対策が思い浮かばない。こればかりは、怒ったところでどうしようもない。難しい顔をして唸っていると、強くも優しく、そして頼もしい掌が、俺の肩に乗せられた。
「見えないのならば、聞けばいい。証言は証拠となりうるのです」
「そ、それは……奴自身に罪を吐かせるということか?」
「ええ、最早手段はそれしかありません」
「だけど一体どうやって!? 悪事をやっただろうと尋ねるのか? そんなの素直に答える訳がない!」
犯罪者の気持ちになどなりたくはない。だが、相手の気持ちになって想像すれば、証拠がなければ自白などしないだろう。
「そうね。だから私が一肌脱ぎます。この私、女神ルディアが! 転生者を魅了し、直接言質をとるしかないですわ!」
「でも!」
「なんです?」
「お前に興味を持つとは限らない!」
バチィイイイイン
意識が吹き飛ぶほどの、強烈な衝撃が頬を叩いた。
「失礼な! この類稀なる美貌を見なさい! これで落ちない男など、いかなる世界にも存在しないと断言できますわ!!」
朦朧とする意識の中で、僅かにルディアの声が耳に届く。
「私の美と知略を、しっかりとその目に焼き付けておきなさい!」
ま、任せた……
きっとお前ならやり遂げられるさ……




