第10話 異能力転生者を始末ですわ!
四度目の異世界。
まずはじめに俺とルディアの訪れを歓迎するのは、耳をつんざく大声量。すかさず耳を塞ぐが、その音は骨を伝い振動として、体の中で響き渡る。
声の内容は歓声に怒声と多種多様ではあったが、いずれも何を言ってるのか、までは聞き取ることができない。それほどに感情に吞まれた、荒々しく熱気に溢れた空間。
ここは、スタジアムか?
その場所は、俺を中心に円形の壁で囲まれており、先程の声の主達は、その壁の上の観客席らしきところから声を張り上げている。
声の向けられる先、つまりは俺の立つ場所は、石で造られた四角いフィールド。傷つき欠けたその足場は、決して穏やかではない用途に使われていることが見て取れる。
異様な熱気に満ち溢れ、無骨な舞台で行うこと。
考えられることはただ一つ、この舞台……いや、リングは――
「闘技場か!」
「そこまで思案することじゃないでしょう。ですが、正解ですわね」
当てたところで嫌味を漏らすルディアは、俺と共に、今まさにリングのど真ん中に立っているのだ。
目と鼻の先ほどの距離に男が一人、リングの両サイドに向かって手招きをしている。ここが闘技場なのであれば、この男は審判なのであろう。それは深く考えるまでもなく分かることだ。そしてその合図が、これから戦う闘技者を呼び入れるジェスチャーということも、場の雰囲気だけで理解できる。
つまり、呑気に状況を分析しているこの場所は、まもなくすぐに決闘の場となるということだ。
「ここは危険だ! 避難するぞ!」
ルディアの手を引きリング外まで避難する。
いや、したかったのだが、そこにあるはずの腕を掴もうとした掌が空を切る。
あれ?
振り返る視線の先を見てみると――
リング脇で観戦に入るルディアの姿がそこにあった。
だぁあああ!
なんでそうなる!
どれほど離れれば、神の視点の効果外になってしまうのか。慌ててルディアの下に駆け寄ると、胸倉を掴む……訳にはいかないが、乱れる呼吸で問い詰める。
「おま、ほんと、ざけんなよ……バレた、どうする、だよ……」
「なぁに言ってるのか全然分かりませんわぁ。ともかく、もっと判断力を高める練習をしなさいまし」
ちくしょ、少しはマシになってきてると思うんだけどな。だが、やろうと思った次の瞬間からできるなんて、そんな都合が良い訳はないか。
努力だ……努力……
ふぅ。
呼吸も整えたところで、転生者探しといきたいが、転生先が転生先である。
ルディアの言い分では、転生者の波動を感知して異世界に来ていること。その波動との距離が決して遠くはないこと、までは分かっている。
つまり、今回の転生者は闘技者である可能性が高い。これから呼ばれる闘技者が転生者かどうかはいざ知れず、これが大会なのであれば、主人公が観戦だけということは物語的にも少ないだろう。
ひとまず見てみないことには分からない。転生者の連れの可能性も否定はできないが、戦いぶりを見れば一目瞭然なのは間違いない。なにせ、転生者は最強なのだ。きっと一瞬でケリがつく。
審判の誘導により、互いに対となる方角から、闘技者がリングに上がってくる。だがその二人は、竜虎のように互いに双璧をなすような、釣り合う力の持ち主とは思えない。
一方の闘技者の体躯はというと、そうだな。端的に言えばガチムチ、と表現するのが一番イメージしやすいであろうか。大柄で鍛えあげられた肉体の持ち主。その身体は盛り上がる筋肉で陰影が付き、並々ならぬ強者感を醸し出している。
かたやもう一方はというと、細い、ひょろい、以上。
細ければ細いで、引き締められた肉体ということもあるが、ひょろさも加わるその男は、別段筋肉質でもない。
話題性のあるメークマッチ以外、ほぼ格闘技など見ない俺でも、その差は歴然。この試合が試し合いになるのかどうかすら怪しい、兎と亀の組み合わせだ。
「ではこれより、今大会決勝戦を始める!」
審判の発する言葉に、会場のヴォルテージは最高潮まで達する。
なにせ決勝戦なのだ。盛り上がって当然……
待て、決勝戦だと?
「なぁ、審判は今、この試合が決勝戦だと言ったよな?」
「言いましたわね」
「つまりさ、あのヒョロガリは、そんな体格で決勝戦まで勝ち残ったってことだよな?」
「ふふ、そうですわね。つまりは?」
俺は一方の闘技者をまじまじと見据える。それは、一目で強さ推し測れる筋骨隆々の漢ではなく、細身で貧弱で、見るからに弱そうな頼りない優男。その横顔を、ルディアは期待を込めた眼差しで覗き込んだ。
「あの身体が、努力して、修行して、苦難の上に手にしたものであるはずない。それにも関わらず、あの男は決勝の舞台まで辿り着いている。この大会がひ弱な者同士が集まる、素人ばかりのエセ武道会だったから?
違う、だったら観客はここまで熱狂するはずがない。考えられることは、ただ一つ! あのヒョロガリがチートを扱う転生者ってことだ!」
「ピンポンピンポォオオン! ご名答ですわぁあああ!
キラのお察しの通り、奴が今回の転生者ですわ!」
期待通りの答えを聞けたルディアは、さぞご満悦だったのだろう。大げさな笑みとモーションで、パチパチと幼稚な拍手を俺に送る。
まるでよくできた子供を褒めるような扱いだが、事実俺とルディアは大人と子供なんて比にならない程の年月の差があって、これが彼女の素直な賞賛なのだと受け止めることにした。
「でも、一つ気がかりなことがありましてよ」
「ん? なんだよ、気がかりなことって」
「私の波動アンテナがあそこまで強烈に反応したことですわ。並みの転生者ではここまでならない。奴は『普通の』最強転生者とは違う何かをもっていましてよ!」
最強が普通というのもなんだか可笑しな表現な気はする。だがそんなことよりも、並みではない、という言葉。その言葉にゴクリと唾を鳴らす。
今までの転生者だって、十分すぎるほどに異常だった。なにせラスボスですら勝ち得ない能力を持ち合わせているのだから。
だが、それらをもってしてもルディアにとっては並みであり、今回の転生者はそんな彼らを上回る。不穏な胸のざわめきは拭えないが、そうこうしてる内にも、リングの上では次第に事が進んでいる。互いに向き合う闘技者の元に審判が歩み寄ると、掲げた両手を交えるように空を切った。
「では……はじめ!!」
いよいよ始まる最終試合。
まずは大柄な闘技者の方が間合いを空ける。素人目にも割と自然な行動だ。相撲じゃないのだから、試合開始直後に間合いを測るのは定石だろう。
対して転生者。
様子を見る、という点においては彼も同じなのかもしれない。だが開始した場所から動かずに、にやにやと嫌らしい笑みを浮かべるその姿は、様子見というより舐めプレイだ。
やはり、おかしい。
それは大柄な闘技者の行動。先程は自然な行動と評したが、これほどの体格差があれば、様子見など不要の実力差があるはずだ。両者の行動が逆だったのなら、客観的には自然な立ち回りに見えるに違いない。
だが実際は、強者に見える闘技者が距離を取り、貧相な転生者が威圧する。おそらく、前者は決勝以前の戦いを見て、転生者が只者ではないことを察知しているのだ。
拳を構える闘技者は、一定の距離を保ちながら、転生者を中心に円を描くように隙を伺う。その顔つきは険しく、精悍で、武人としての誇りを持った佇まい。
その動きを目で追う転生者は、依然口角を吊り上げ、戦士としては不適切な薄気味悪い笑みを向けている。
しばらくこの膠着が続いたが、それに待ちあぐねたのか、転生者の方から間合いを詰め始めた。その方法はじりじりと、足を擦るように距離を縮めるような慎重なものではない。大股で、ずんずんと、まるで散歩にでも行くような振る舞いで、両者の距離は瞬く間に近づいていく。
予期せぬ大胆不敵な行動に、追われる闘技者には焦りの表情が伺える。ついにはリング端にまで追い詰められると、耐えきれなくなったのか、たまらずにその女性のウエストほどはあろう剛腕を転生者に対して振りかざす!
プツッ
闘技者は地に伏せ、リングの上には転生者が一人立っていた。
「あ………え?」
何か、あるべき描写が抜けていないか?
相手を殴る描写は? それに対応する転生者の描写は?
なぜ、拳を振りかざした闘技者が倒れている?
「これは一体……」
自分で考える努力をすると誓ったが、いくらなんでもこれは、思考の限界を超えている!
ルディアなら何か分かるかもしれない。そんなすがる思いで振り向くと――
下唇を噛み、冷や汗を垂らす。
物怖じとは無縁なルディアがはじめて見せる、焦りの表情を浮かべていた。
「こ、これは――」
「な、何か見えたか? 俺には全然……」
「いえ、何も。この私の千里眼を持ってすら、何も捉えることはできなかったのですわ……」
普段おちゃらけてばかりの女神、そしてこの驚嘆の眼差し。
その落差が、今回の転生者が尋常ならざることを暗に示すものであり、俺に更なる不安と恐怖を煽らせたのだった。




