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第9話 最強だって敵わない!

 枕にした腕がじんじんする。

 ぐらつく頭の中はおぼろげだ。


 この世界の時の流れは変わらない。

 しかし俺は二日分の行動をした訳で、身体というのは正直者だ。

 眠りから目覚めた俺は軋む身体に鞭を打って、のそのそと活動を開始する。

 

 今は何時だろう。


 携帯端末に手を伸ばし画面を開く。

 するとそこには一件のメッセージが表示されていた。


『寝ちゃったのかな? おやすみ♡』


 そういえば、昨日は夜までチャットをしてたんだ。文章的に、途中で寝落ちしてしまったようだが。

 だが、そんなことより、この折り返しの返事を送っている相手が大事だ。

 チャット画面、その上部に記されているのは、『マヒロ』の三文字。


 ゆ、夢じゃ、ないんだ!


 ファンタジーの世界。

 それは、現実と比べれば遥か彼方の世界であることは間違いない。


 だけど、漫画やアニメが趣味の俺にとっては、フィクションといえどファンタジーの方がよっぽど身近で、現実の女子との交友関係は手の届かぬ遠い存在だと感じていた。


 そんな幻想が今、間近にあるのだ。

 この画面の向こうにいる女性は、遠い世界、異なる時間の人間ではない。

 今この時間、この街で、共に朝を迎えて勉学に励む、紛れもないクラスメイトの一人なのだ!


 そのことを改めて実感すると、自然と顔が緩んでいく。

 

 しかし、俺にはプライベートというのは存在しない。

 いつどこで、神出鬼没の女神が現れるか分かったもんじゃないからだ。

 余所行きの顔に引き締め直し、改めて時間を確認する。


 現在は、朝の九時。


 普段ならば遅刻確定だが今日は休日。つい最近まで俺の大好きだった土曜日だ。

 過去形なのは推して知るべし。

 まさか、休日を歯痒く感じることになるとはね。恋心とは恐ろしいものだ。

 

 いつもなら、もう少し寝ていたいと思うのだが、チャットを返せばマヒロからの返事があるかもしれない。

 そう思うと眠気なんて吹き飛んだ。一分一秒を大切にしたいと、そう感じた。


 どう返そうかな、なんて思いつつ、小腹も空いたので朝食を採りに階下へ向かうことにする。画面を見ながらふらふらと、鼻歌混じりにリビングへの扉を開いた。

 

「おはよぉ」


「あら、土曜日の割に早いのね」


「まあちょっとね。心改めようと思ってさ」


「ながら歩きなんて危ないですわよ」


「あぁ、そうだね。もう少しで返し終わるか……ら?」


 ん?

 二度目の返事の、質が違う?


 はじめの返事は紛れもなく、聞き慣れた母親の声だ。

 間違えようのない、百人と聞き比べようが即答できる。

 だが、その次に言葉を発した声の主は?


 父親は単身赴任で家にはいない。

 だからこの家にいるのは、俺を除いて母さんだけ、のはず。


 手元の画面から前方へと、恐る恐る顔を上げる。



 ずでん!



 尻から後方にひっくり返る。

 昨今、漫画でも見ない古典的なずっこけ方をしたのは、生まれてこのかた初めてだ。



挿絵(By みてみん)



 ル、ルル、ルディア! なんでここに!?


 あまりの衝撃に声が喉から出てこない。

 金魚のように、口をパクパクさせるのが精一杯だった。


「あんた、まだ寝ぼけてるの?」


 いやいや、母さん……

 寝ぼけているのはアンタだろう。

 目の前にいる女が、一体誰だか分かってんのか。


 どういう意図で、ルディアがリビングにいるのかは不明だ。

 その答えの催促の意味も込めて、鋭い視線を送りつける。

 そんな俺を一瞥すると、特に何を言うこともなく茶を啜りはじめた。


「あぁ、この方ね。こちらはホームステイで今朝から家に来ることになったルディアさんよ」


 母よ。説明してくれたところ申し訳ないが、俺はきっと母さん以上にこいつのことを知っている。

 

 紹介を受けたルディアは、ようやく席から立ちあがる。

 にこやかな、まるで、さも自分が女神であるかのような微笑みで、腰抜けた俺の前まで歩み寄ってきた。


「どうぞよろしくデース! ワタシ、ルディアといいマース!」


 見上げる俺に合わせて腰を曲げると、すっとその手を差し伸べる。

 屈んだ姿勢から垣間見える谷間は、暴力的な破壊力だ。


 その一連の動きは、本来ならば善意に満ちた行為だろう。

 手を差し伸べる、という言葉に、マイナスなイメージを持つ人は少ないはずだ。


 だが、俺はこいつの本性を知る手前、何かしらの企みがあるのではと勘繰ってしまう。


「な、なんの冗談だよ」



挿絵(By みてみん)



 依然変わらぬ笑顔だが、逆光となり影の差すその微笑みは、救いというより最早ホラーだ。


「思いの外、キラの部屋の漫画が面白かったので帰るのが面倒になりましたわ。それに日本食って美味しいんですのね。ヘルシーですし。ということで、お母様の記憶をいじってホームステイすることにしたのですわ」


 母には聞こえない声量で、何気なく訪れた理由を話し始める。

 だが、『記憶をいじる』だって?


 その穏やかではない行為に、背筋がぞくりと凍りつく。


「お、おい! 母さんに、一体何を!」


「落ち着きなさい。何も取って食おうという訳じゃないですわ。転生者はともかく、それ以外の者には極力関わらないと決めていましてよ。最低限必要な、私に関する記憶を改ざんしただけ。

 そうでなければ、あの不気味呼ばわりした小娘なんぞ、その場で即断罪していたのですわ」


 嘘なのか本気なのか、ルディアはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。

 冗談でもそんなこと言わないでくれ、頼むから……


「そろそろ怪しまれますわよ。さ、早く手を取って、立ち上がるのですわ」


「あ、ああ……」


「あと!」


「は、はい!」


「お母様の前で、私のことを『女神』なんて言わないように気を付けなさい。ここでは私は『麗しいルディアちゃん』なのですわ。よろしくて?」


「はい……」


 無茶苦茶だ。

 極力関わらないのなら、そもそも俺の家に来るなよ。

 漫画だったら読ましてやるし、平穏が得られるのであれば持ち帰ってくれたって構わない。


 しかしどうやら、それはもう手遅れなようで。


「キラ! キラも一緒にご飯を食べるのデース!」


 ルディアの胃袋は、既に俺の母にがっちり掴まれている。

 利点はもう漫画だけではなくなってしまっているようだ。


「なんでカタコトなんだよ……」


「おかしなこと言うのデース。ワタシ、まだ日本に慣れてないデスよ?」


 ……くそが。

 

「旦那は単身赴任で、子供はこの子だけだし。母さんも話し相手が欲しかったのよぉ。ほんと! ルディアさんが来てくれて嬉しいわぁ」


「Oh~! そう言ってくれて、ワタシも嬉しいデース!」


 はぁ。

 せっかく充実したリアルを得られたと思ったのに、当分騒がしくなることは確定か。

 深く重い、失意のため息を漏らすと、俺も渋々二人の待つ席へとついた。


 なぜか頑なに欧米テンションを貫くルディアが喧しかったが、朝食を終えて席を立つと、母との会話に花を咲かせるルディアの肩を引き自室へと連れていく。

 まだ話し足りないのか、名残惜しそうに見つめる母の姿に若干心が痛んだが、こいつには聞きたいことが山ほどあるのだ。


「言えよ。何か他に企んでることがあるんだろ?」


「企みなんてありませんわ。信用無いですわね。強いて言うなら行き来が面倒ってことくらいかしら。天界って不便なところありますからね」


 うーん。そうは言ってもなぁ。

 この女神のことだし、腹の内では何を目論んでいるのかは計り知れない。


「じゃあ次の質問。さっき不気味呼ばわりしたと言った女の子、マヒロっていうんだけど。昇降口で話した時に女神の気配を感じてたよな?

 あの力って、誰にも気配を感じさせないんじゃなかったのかよ」


「アレとコレとではまた別の力ですわ。あの時は霊体になって姿をくらましただけ。

 見えるのは指定した者と、霊感が強い者くらいかしらね。気付ける程の霊感の持ち主など、そうそういるものではないですが」


 では、マヒロは相当な霊感の持ち主ってことになるのか。

 霊感はうつるというが……いや、マヒロと知り合えたことの方が遥かに大事だ。


 しかし、強い霊感の持ち主が少ないとはいえ、わざわざ見つかるリスクを冒す能力を使う必要などあったのであろうか。


「だったら、『神の視点』だっけか? その力を使って学校まで来ればよかったんじゃないのか?」


「質問ばかりで、ちょっとは考えなさいよ。神の視点を使ったら、あなたも周りから認識できなくなってしまうでしょう? 知らない世界で使うのと、キラの存在が認知されている世界で使うのとでは話が違いますわよ。途端にいなくなったと、騒がれてしまいますわ」


「なら、俺には効果を及ばないようにすれば……」


 その言葉を聞くと、ルディアは頭を抱え大きく溜め息を吐く。


「そしたら、キラも私が認識できなくなってしまうじゃない。あの場面では霊体となるのがベストだったのですわよ」


 あ、そういうことか。

 自分のアホさ加減に恥ずかしさを覚える。

 これからは、もっと自分の頭で考えるようにしなくちゃな。


「わ、悪かったよ。でも、それにしてもだ。霊体とはいえ、気配を感じることのできるマヒロって凄いよな」


「時々いるんですわよね、そういう人間。転生した時にも、通常より遥かに強力な力を持てるタイプの者ですわ」


 一言に転生といっても、そんな違いがあるのか。

 あんな可愛い見た目だが、特別さ加減ではトウマといい勝負だ。

 もしマヒロが転生したなら、誰よりも強い転生者になるのかもしれないな。


「じゃあさ、そんなにもレアな人間なら。マヒロにもしものことがあった時には、頼むから転生させてあげてくれないか?」


 そんなこと、そうそうある訳ないだろう。

 と、誰しも思うかもしれないが、なんせ俺自身が唐突なトラック事故で死んだのだ。

 いつ死ぬか分からないという気持ちは、人一倍強かった。


 だが、そんな切なる願いを、この女神は毛先ほども聞いちゃいない。

 眉根を寄せてきょろきょろと、辺りを注意深く見回している。


「あのさ、話聞いて……」「むむっ! この反応は! 私の転生者波動アンテナがビンビンいってますわぁ!」



挿絵(By みてみん)



 波動アンテナ?

 って、転生者を見つけたってことか!

 なんつー紛らわしい……


「しかも……今までにない強い力を感じますわ。これは、まさか!」


「なになに? 何だよ? どういうこと!?」


「ま、百聞は一見に如かずってことですわ! 下らない問答してないで、とっとと異世界に行くのですわよぉ!」


 こいつ、また説明を省きやがったな。

 しかしそれを聞いたところで答えやしない。

 それに俺は、自分で考えて戦う力を身に付けなくては!


 無敵の力なんざ持っちゃいない。

 だけど、地道に努力を続ける者には、最強だって敵わない。


 それを、俺が証明し続けてやるんだ!








挿絵(By みてみん)

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