20.噂
そんなわけで、診療の帰りには村長の家に寄って、少し熱めのお湯を大きなタライにためて宿に戻るという日課が始まった。
村長家族には、このタライ風呂がことのほか好評で、特にハサンさんは持病の神経痛が和らぐと言って、最初の熱めのお湯に率先して入っているということだった。
『宿~診療所~市場~村長の家~宿』のルーティーンを続けて2週間、『村長の家~宿』の間に久しぶりに例のスキンヘッドのマスターのいる酒場へ寄り道した。
「・・ところでさ。お前、フロって知ってるか?」
「フロ?なんだそりゃ」
カウンターでエールを飲んでいると、二人がけのテーブルで飲んでいる男たちが会話しているのが耳に入ってきた。
「なんでもさ、疲れがえらく取れる代物らしいぜ」
「疲れが取れる?俺あ、エールを飲めば疲れが取れるけどなあ」
「たしかにそうだけどよ。フロってのは、体の芯から疲れが取れるらしいぞ」
「ん~~そんなのがあるんだったら、一度お目にかかりたいな」
「そうだな」
「でもよ、それ、どこにあるんだ?」
「んー・・よくわかんねえけど、村長なら知ってんじゃねえか?」
「そうだな」
どうして情報が漏れたんだ?
田舎の村の情報伝達力は恐ろしいな・・・。
「もし、あなたがマモルさんですかな?」
次の日、市場で買い物をしていると、突然声をかけられた。
「は、はい。そうですけど」
声のした方に振り向くと、この村にしては、比較的身なりの良い小太りの男の人が目の前に立っていた。
「よかった!黒髪で、やけに背の高い人だと聞いていたから、間違いはないと思ってはいましたが」
小太りの男の人は、額の汗をふきふき、安堵の表情で笑った。
「あのー、どちら様で?」
『やけに背の高い』って、たしかに身長は190cm以上あるはずだけど。
なんか言い方が・・。
「これはこれは、失礼しました!私はドリンと申しまして、この村でいくつか店を営んでおります」
そう言って、ドリンさんが頭を下げる。
「はあ・・マモルといいます」
「ええ!そのマモルさんに折り入ってお願いがありまして、呼び止めさせてもらいました」
「お願い・・ですか?」
なんか、嫌な予感がするな。
俺の感はよく当たるんだ。
「マモルさんは、ふろという・・・」
「あ!ちょっと待ってください。ここじゃなんなんで、集会所に行きません?」
やっぱり!
俺は慌てて、『風呂』と言いかけるドリンさんを制止して、場所を移動することを提案した。
「おお、そうですな。では、集会所はちょっと遠いので、私の店でどうですかな?」
「わかりました。そうしましょう」
とりあえず、往来での話は回避できる。
ドリンさんの店は、村の大通りに面した中央広場寄りの大きな肉屋だった。
「ここが、私の店です」
「ドリン精肉店・・」
どうやらこの世界では、肉食中心のようだから、肉屋は大きな商売なんだろうな。
「こちらです」
村では珍しい2階建ての建物で、店の奥の階段を登っていく。
部屋に入ると、事務室のようになっており、入り口付近には応接スペースがあった。
「どうぞ、おすわりください」
「ありがとうございます」
俺は勧められたソファーに座ると、さりげなく周りを眺める。
奥に立派な椅子と机、その他にも席が2つ。
従業員もいるのかな?
「どうぞ、お茶です」
「あ、どうも」
ドリンさんが、ハーブティーを出してくれる。
普通のお茶か紅茶、ぜいたくを言えばコーヒーが飲みたいなあ。
「・・それで、お願いというのは?」
おっさんと二人っきりで、向かい合ってハーブティーを飲んでいるシチュエーションに、居たたまれなくなった俺は仕方なく自分から切り出した。




