新しい街で
ふわっと緩やかな下降線を描いて黒竜は街中にある大きな屋敷の庭に舞い降りた。
「着いたよ。シャルロッテ」
「あ、はい。ありがとうございます」
そっと手をとって下ろしてくれるので礼を言う。
ため息が出るほど大きな屋敷だ。庭園は整理され季節の花々が咲き誇っている。
「ルカリオ!」
「はい、只今~」
あわあわと眼鏡をかけた執事服の少年が出てくる。
「彼女がシャルロッテだ、粗相のないように頼む」
「かしこまりました。シャルロッテ様こちらへ」
「あっ、はい」
私はまだ黒竜の上に居るセインを振り向いた。
(僕は母さんのところに行ってからすぐに行くよ。心配しないで)
その言葉に頷くと、荷物を持ってくれたルカリオの後に続いて歩き出した。
「あのっ…」
先を歩くルカリオに声をかける。
「はい、なんでしょう?」
黒髪と赤い目の利発そうな少年だ。
「このお屋敷の持ち主の方はどなたなんでしょうか?ご挨拶は…」
ああ、と赤い目を細めて笑うと少年は言った。
「ここはディーノ様のお宅ですよ。挨拶なら必要ありません」
「えっ」
驚いて思わず足を止める。
「以前の魔物討伐で国王より賜ったお屋敷です。驚かれるのは無理はないかもしれませんが本当ですよ」
「そうなんですか…」
私はすこしこのお屋敷を見渡した。勿論勇者であることは百も承知なのだけど…思っていたよりすごく…お金持ちみたいだ。
「ええ、ディーノ様は道中ご説明はされませんでしたか?」
「こちらに来るときに私は眠ってしまったんです。もしかしたらその時に説明するつもりだったのかもしれませんね」
黒い髪の執事はにこり、と笑って歩き出した。
「さあ、シャルロッテ様のお部屋にご案内します。ディーノ様は手ずからご用意なさったんですよ」
部屋全体が渋いミントグリーンを基調に所々にアクセントでピンクが入っている。控えめに言ってもお姫様やお嬢様が使っているような部屋に見える。
「あ、あのっ、私こんなお部屋使わせて頂く訳には…」
「ご心配なさらないでください。こちらにある物はすべてシャルロッテ様の物ですので」
手に持った荷物を机の上に置きながらルカリオは言った。
「え?」
「すべてディーノ様がシャルロッテ様のためにご用意なさった物ですので、気にせずお使いください」
「えっと、そんな…私何も出来ないのに」
「ディーノ様とその辺はまた話し合われてください。それでは、夕食時にお迎えに参りますのでそれまでゆっくりとお過ごしください」
「あ、…はい」
ルカリオは役目を終えると颯爽と去っていった。
「広いお部屋…」
私は1人言うと荷物をしまうためにクローゼットを開けた。無言でパタンと閉めてしまう。クローゼットの中には色とりどりのワンピースやドレス、なぜか乗馬服まであったからだ。
「冗談よね」
ルカリオはこの部屋にある物はすべて私のものだと言っていた。もしかしてこのクローゼットの中もそうなのだろうか?
(お姉さん)
ぽてぽてと足音をさせながらちびドラゴンが部屋に入ってくる。
「セイン、来てくれたのね。お母さんとは会えた?」
(うん、お姉さんのおかげだよ。本当にありがとう)
にまっと口元を上げる。本当に嬉しそうだ。良かった。
「セイン、このお部屋をディーノさんは用意してくれたって言うんだけど、もっと、その庶民的なお部屋はないのかしら?落ち着かなくって」
(お姉さん、本当によくがないなぁ。ディーノはお姉さんがビックリするくらい金持ちなんだからいくらでもみつがせてやったら良いんだよ)
ちびドラゴンは可愛い顔で恐ろしいことを言った。