地獄の番犬
どうしても気になる私は渋るセインと村の外の戦闘が激しい場所まで行ってみることにした。
この辺りでは見かけない珍しい魔法使いの冒険者が居るのか、明るい火の玉が上がったり、氷の刃が空気を切り裂く音も聞こえる。
(お姉さん、危険だよ。家に帰ろうよ)
「待って、もしかしたら私にも出来ることがあるかもしれないし」
(お姉さんみたいな人に出来ることなんて戦場にはないよ。僕、ディーノに怒られちゃう…)
「大丈夫だから」
(ぜんぜん大丈夫じゃないよ…お姉さん)
「おい。こんなところで何をしている?」
荒々しい声が響く。…混乱している村を狙った物取りだろうか、大きな荷物を背負って私を見下ろしている。
「おい。こいつドラゴン連れているぞ。しかも子供だ。高く売れそうだな」
仲間だろうか、もう1人が近づいてくる。
(お姉さんに近づくな!)
セインが男達を威嚇して喉から警戒音を鳴らす。
「セインに触らないで」
私はセインに覆いかぶさって抱きついた。私の好奇心のせいでこの子をひどい目に合わせたくない。
「この女も高く売れそうだ。おい。縄を持ってこい」
血の気が引いた。こんなことになるなんて。
ディーノに言われた通りもっと早く王都に行ってたら…。
(遅いよ。ディーノ)
「悪い。これでも最短だった」
聞こえて来た声にハッと顔を上げた。さっきの男達は倒れ伏していて顔が見えない。
「シャルロッテ、大丈夫かい?」
輝く金髪が闇夜を照り返す。明るい緑の目がすこし笑って私を見ていた。私は呆然としてその綺麗で余裕のある顔を見返した。
「ディーノさん…」
「こんなところで何をしていたんだ?それに村の近くにもケルベロスが居たようだが」
(いきなり現れたんだ。理由はわからない。お姉さんはすこし様子が気になるからと言ってここまで来たんだ)
セインはフンフンと鼻息荒く答えている。ちょっと私に怒っているみたい。
「シャルロッテ、君みたいな可愛い女の子がこんな所に自分から来るなんて自殺行為だよ」
「ごめんなさい…」
「僕は君が手紙をくれたから全部放り出してここまで来たのに…自分から危険に飛び込むなんて…いけないお姫様だな」
(ディーノ、もっと言ってあげた方が良いよ。お姉さん、自覚ないみたいだから)
セインは大きな尻尾をぺしぺしと私に当ててきた。くすぐったくてすこし笑ってしまう。
「可愛い笑顔が見られて良かったよ。手紙をもらった時は最悪の想像しか浮かばなかったから」
(もうすぐでその想像通りになるところだったよ)
「もうっ、セインごめんなさい」
ぎゅっと冷たい体に抱きつくと硬質な鱗が気持ちよかった。
「それ、僕にもやってくれる流れかな?」
「しませんよっ」
私はディーノの顔を見上げて言った。含みのない爽やかな笑顔が憎らしい。
(おい、ケルベロスは?)
セインが不思議そうに言った。そういえば冒険者達が死闘を繰り広げていたはずだ。
「ん?もう終わったよ」
なんでもないことのようにディーノは言った。
(さすがはディーノだね。聖剣ラグナログで一閃?)
「まあな」
軽く言って黒衣の勇者は薄く笑った。その姿はまるで魔界からの使者のようだった。