彼方
私は水平線というものを初めて見た。
夕暮れ、お日様が沈む前のほんの少しの間、綺麗な薄紫の彼方の中、後ろにいる人は「君の目の色みたいだね」と囁いた。
大きな竜の背中の上、ずっと揺られているのに誘われてしまったのか、私は寝てしまっていた。
「…シャルロッテ、起きた?」
「ディーノさん」
私は後ろから抱きしめられているのを感じて慌てて顔を上げた。
「…急に遠出したからね、ごめん。そろそろ降りるよ」
「はい?」
「何処かの街に降りてご飯を食べなきゃね。君の可愛いお腹もさっきから鳴いてたみたいだ」
お腹を押さえて、間近の整った顔を睨む。
「その顔も可愛いね。キスして良い?」
「ダメです」
「残念だな」
ぜんぜん残念じゃなさそうに肩をすくめる。
「えっと、どのくらい寝てました?」
「1時間くらいかな?いつもなら夕飯の時間だから、お腹も空くよね」
「…ディーノさんは空かないんですか?」
「…実はどっちでも良いんだ。食べても食べなくても、ジークと生命力が繋がっているからね、空腹で死ぬことはないが、食べることも嫌いじゃないから」
「…なんだか、すごいですね」
「君もいずれそうなるよ。可愛い人。…そろそろ見えてきたな。あそこはラナトーンの港町、エルガだ」
眼下に明々とあかりが灯された大きな街が見えてきた。夜の闇に浮かび上がるその様子に私は思わず感嘆の声をあげる。
海鮮がふんだんに使われているであろう料理を見て、私はカウンター席の隣に座るディーノをそっと見つめた。
「どうしたの、シャルロッテ」
私はすこし恥ずかしく思いながらも正直に言った。
「えっと、食べ方がわからなくて」
そうなのだ。私は山奥の村に住んでいたから、こんな風に魚がドン!と乗った良くわからない料理には縁がなくて、じっと若草色の目を見つめる。
ディーノの屋敷の料理は小さくカットされていたりしたから尚更だ。
「ああ、そうだよね、ちょっと待って」
と言うと、フォークで身を取って私の口の前に持ってきた。
「あの、ディーノさん」
「はい、あーん」
「私子供じゃないんですけど」
「君がちゃんとした大人なのはわかっているけど、ラナトーンではこれが普通なんだよ」
私はチラッと周囲を見渡した。人気の店みたいで、満席で、女性が男性に同じようにしているのが横目で見えた。
「ん、はい」
と小さく口を開くと、ゆっくり魚の身が入っている。
「シャルロッテ、美味しい?」
「ええっと、美味しいです」
「可愛いなぁ、栗鼠みたいだ」
「もうっ、ディーノさん」
くすくすと笑う人がもう一口持ってきたので、また口を開いた。




