聖女ルクレツィアの治療
「…もう治ったわ」
お父さんの額に手をかざして数秒、聖女ルクレツィアさんは言った。
「流石だね、ルクレツィア。ありがとう」
緑の双眸を細めてにこりと笑う。その腕に聖女は飛びついた。
「ディーノ、約束よ。1日付き合ってくれるって言ったでしょう?」
「わかっているよ。でも王都に帰ってからだ」
「あの、ありがとうございました」
私は頭を下げた。ルクレツィアさんは金髪の巻き毛を揺らしながら腕を組んで言った。
「別にあなたの為にやった訳じゃないわ。ディーノのためにしたことだもの」
つんと顔を上げると足音もなく去っていく。まるで妖精みたいな容姿を持つ彼女だから、本当に気まぐれでいじわるな妖精なのかも、なんてバカなことを考えてしまった。
「…シャルロッテ、来て」
ディーノが呼ぶ。私はそこで信じられない光景を見た。
「…お父さん…!」
「…シャルロッテ。心配をかけたな。体が嘘みたいに軽いんだ。これは…何が起こったんだ?」
「お父さんお父さん。良かったっ。本当に良かったっ」
お父さんの手を取って泣いてしまう。衰弱してしまった体は流石にそのままだけど、きちんと自分の意思で体を動かす事が出来ている。
「シャルロッテ、これは…」
「聖女の奇跡ですよ。こんにちは。はじめまして僕はディーノ・フォーサイスと言います。娘さんと結婚を前提に…」
「していません」
お父さんはビックリ顔だ。起き抜けにこんな状況だと無理もないけど。
「ディーノ…?もしかして勇者様でしょうか?」
ディーノは鷹揚に頷いた。
「その名で呼ばれることもありますね。僕には過ぎた称号です」
「こんなっ、こんな所に何故勇者様が?どういうことだ。シャルロッテ」
私は森の中でちびドラゴンを拾って今こうなっている経緯を混乱しているお父さんに話した。
「そうか…お前に竜の加護が…エメリアの家系の方にはそういう人も居たようだから、もしかしたら隔世遺伝したのかもしれないな」
「お父さん…」
「そういうことなら、すぐに王都へ行きなさい。シャルロッテ。もうこんな機会一生ないかもしれない。苦労をかけた私が言うべきことじゃないかもしれないが、自分の人生は自分で切り拓くんだ」
「でも、まだ体の調子が…」
「大丈夫だ。仕事にはすぐに戻れないかもしれないが、嘘みたいに体が軽いんだ。心配しなくてもやっていけるよ」
「お父さん…本当に良かった…」
「僕の方はすぐにでも王都の家に来てもらっても良いんだけど…確かにまだお父さんの様子も気になるだろうし、また連絡を貰えたらジークと迎えに来るよ」
「はい…ありがとうございます」
(…父さん)
ちびドラゴンはまた父親と別れるのが辛いのだろう。しゅんと顔を俯けたままだ。
(シャルロッテさんはお前のために王都に来てくれるんだぞ。お前だって少しくらい我慢するんだ)
(はい)
「セイン、またすぐに会えるだろう。今度来る時は林檎も買ってきてやろう」
パッと顔が輝いた。単純だなぁ。可愛くて思わず笑ってしまった。
ディーノは眩しいものでも見るように目を細めた。
「早く君を迎えに来たいよ」
「お父さんの容体の目処がついたらすぐお知らせします」
「うん。待ってるよ」
黒竜は大きな翼をはためかせてふわっと舞い上がった。黒衣の勇者はすぐに見えなくなって青空の中にある黒い点になる。
ちびドラゴンと手を振りながら、すこし胸騒ぎがした。