戸惑い
(うわ、お姉さん、湯上がりにディーノと会ったの?)
「…やっぱりダメだった?」
(…お姉さん、ご馳走を前にした飢えた狼の気持ちわかる?)
「どういうこと?」
朝ご飯を終えて自分の部屋に帰る途中、セインは大袈裟にため息をついた。
(お姉さん、山奥の村娘じゃなかったらすぐに騙されちゃってるんじゃないの?)
「…田舎者なのは確かだけど、ちゃんと説明してくれないとわからないわ」
(良い?お姉さん、ディーノはお姉さんのことを好きなんだよ。多分あいつの人生の中でも1番だ。そんな女性が湯上がり姿。わかるよね?…お姉さん本当に彼氏居たことあるの?)
「セイン、ひどい。嘘なんかついてないわよ」
(むくれた顔も可愛いけど、あまりに清くて何も知らなくて相手の男も何も出来なかったんじゃないかな?…ねえねえ、お姉さん、キスってしたことある?)
「え?ええ?何言ってるの!セイン!」
私は慌てて振り返った。ぺたぺたと音をさせてセインは落ち着いた様子で私の前に出ると腰に腕を当てて言った。
(やっぱりなあ。お姉さん男女交際のなんたるかをわかってないんじゃないの?そりゃディーノだって男なんだから好きな女性の隙ある姿見せられたら堪らないと思うよ。…まだ付き合ってない内はそういうことしちゃダメだよ。わかった?お姉さん)
私はしゅんとして答えた。
「ごめんなさい。お父さん以外と暮らしたこともないしそういう機微もよく分かっていなかったの」
(素直なのも可愛いけどね。…これからは僕がついてるから大丈夫だよ。昨夜は僕が先に寝ちゃってたから止められなくてごめん)
「セイン、ありがとう。優しいのね」
ちびドラゴンは尻尾をくるんとすると振り返って大きく口で笑ってくれた。
「おはようございます。シャルロッテ様」
「ルカリオ、おはよう。ディーノさんは?」
利発な黒髪の少年ははきはきと答えた。
「今朝はこの国の王と会われていると思います。しばらくはこちらに滞在することになるかと…」
「えっと、ごめんなさい。この国の名前を教えてもらっても大丈夫かしら?」
「こちらは大陸の南に位置する国、ラナトーンですよ。シャルロッテ様」
「ラナトーン、どこかで聞いたような…」
「僕が仕える国だからだと思うよ。シャルロッテ」
「アレクさん、おはようございます」
白の騎士は軽く頭を下げると微笑んだ。
「おはよう、ディーノはいないようだな」
「あら、お約束ですか?」
「いや?いないのを見計らって来た」
悪びれもせず、アレクは言った。私は困ったように笑うとセインを振り返る。
(おい、何しに来たんだよ)
「せっかくだから案内しようと思ってね。シャルロッテ、約束だ。1日デートしよう」
(はあ?またお前)
「アレクさん、今日ですか?」
「そうだよ、ディーノに邪魔されたくないからね、昨日の今日で油断していると思ったらやっぱりだな」
くくっと面白そうに笑う。
(バカ言うな。お姉さんに手を出したらディーノが黙ってないぞ)
さあ、と差し出された手を私は黙って見つめた。