湯を浴びて
「ふー」
私はお湯を張った大きな浴槽の中で大きく息をついた。なんだか、色々なことがあった日だった。そして産まれた国サンディガルまではじめて出てしまっている、聞き忘れていたけど、この国はどこなんだろう?
私はざばっとお湯から出ると、手早く体を拭いて用意されていたシンプルなワンピースを身につけた。髪を乾かそうとして、乾いた布を取り鏡台の前に腰掛ける。
コンコン、とノックの音がした。
「シャルロッテ…?」
そっと扉を開けたらシンプルな部屋着に着替えているディーノだ。こういう服も黒なんだな、なんて思いながら首を傾げる。
「ディーノさん、何か御用ですか?」
「わ!…すまない、湯を浴びたばかりだったか、また出直そう」
どこかギクシャクした動きで去ろうとするのを引き留める。
「えっと、大丈夫です。どうぞ」
ドアを開いて招き入れる。どうぞっていうのも、おかしいけど、彼の家なんだから。
ディーノはすこしもぞもぞとしながら、応接のソファに座った。
「…すぐに君付きのメイドを雇うよ」
「え?大丈夫です。自分でなんでも出来ますから」
「ダメだ。こういう時にシャルロッテ自らが出ないといけないなんて想定してなかったから」
「大丈夫ですよ、そこまで気にして頂かなくても」
くすっと笑う。ディーノは気にしすぎてるみたいだ。髪から滴がポタリと服に落ちて慌てて布で拭う。
「濡れ髪に湯上がりは目に毒だ」
ディーノは手で目を覆いながら呻いた。
そんなにダメなことだったのだろうか?村育ちでマナーなんて何もわからないから何か粗相をしてしまったのかもしれない。
「あの、ごめんなさい。私こういう時のマナーとかよくわからなくって」
チラッとディーノは俯く私を見ると慌てて言った。
「いや、君は何も悪くない。僕がすこし気になるだけなんだ。その、湯上がりの君があまりに魅力的で、出来れば誰にも見せたくない。…ルカリオにも、だ」
「言い過ぎですよ、ディーノさん」
熱くなっていく頬をあおぐように手を動かした。
「いや、言い過ぎなんかじゃない。気をつけて、お願いだ。シャルロッテ」
「その、ここに来た用件なんですけど」
すこしの沈黙の後、私は切り出した。
「そうだな、アレクの条件のことだ。セインから聞いた」
「えっと、仕事の話を話してもらうかわりに何か代償を、ということでしたよね?」
「そうだ、僕が話をつけるから、君は何もする必要もない」
「…でも、約束ですし」
「ダメだ。シャルロッテ」
「ディーノさん?」
「あいつは何を言ってくるか、わからない。君が何かをするなんて危険すぎる」
くすっと笑って私は言った。
「大丈夫ですよ、じゃあ私に出来ないことだったら相談しても良いですか?」
「シャルロッテ…」
ディーノは困ったように眉を下げた。そんな顔も綺麗だなぁなんて呑気に思いながらふふっと笑った。