緑の風
(お姉さん、器用だね)
木陰で編み物をする私の手元をフンフン、と興奮した息をつきながらセインは言った。網図を確認しながら模様が出来ていく様子を目をキラキラさせながら見ている。
「お金を得るための仕事の一つだったのよ。ずっとやっていたから上手にもなるわ」
(すごいよ。僕何がどうなっているか全然わからない)
「ふふ、セインにすぐに分かったら私の努力も大したことないわね」
「すごいな、シャルロッテ」
さらさらの金色の髪も眩しいディーノが城から帰ってきたみたいだ。黒衣のマントだけを外した状態で後ろから覗き込んで来る。
「おかえりなさい。ディーノさん、大変だったんですね」
「ただいま、シャルロッテ。…大変とは?」
「今朝帰って来てそのままお仕事に行かれたみたいだったので」
ああ、と息をつくと隣に座った。
「確かに疲れたな…シャルロッテ、膝を貸してもらっても?」
「…はい?あ、あの」
返事する前に膝にふわっと頭を置いてくる。慌てて編み棒と毛糸をまとめて近くに置いてあったバスケットに入れた。
「うわ、想像した通り、すごい気持ち良いな」
緑の目を細めてにやっと私の顔を見て笑う。
「ディーノさん強引ですね」
「まあね、でないとここまで生きていられない。生きるか死ぬかの時に遠慮なんかしていられないんだよ」
「今生きるか死ぬかじゃないですよね…?」
「眠くて死にそうだ」
知らずくすくすと笑いが漏れる。
「あのままお仕事ですか?」
「そうだ。僕もうすぐ過労死するかもしれないよ。遺産は残すから結婚してくれる?」
「嫌です」
「そっか、残念だな」
ぜんぜん残念じゃなさそうな顔をして目を閉じた。
すうっという規則正しい息が聞こえてくる。
行儀悪く足は伸ばしたままだからそれほど負担ではないけれど…なんでこんなに無防備なんだろう?私が殺し屋だったらすぐに死んでしまうんじゃない?…違うけど。
風に揺れるさらさらした金色の髪に触りたくてうずうずしてしまう。だって本当に太陽の光の糸のように綺麗で。
ふわっと触ると本当に気持ち良い。私の髪より艶々でさらさらなんじゃないだろうか?
なんとなく悪戯心が湧いてゆるく三つ編みをしてしまった。ぱっと手を離すとすぐにほどける。すごくさらさらなんだわ。さらさらすぎてくくれないじゃないだろうか?
「…良いよ。続けて」
「きゃ」
慌てて手を離すと鮮やかな若草色の目が微笑んでいた。
「ふ、シャルロッテ、可愛いね。僕の髪気に入った?良いよ。好きなだけ触って」
「気に入ってません」
「そっか。残念だな」
「ちっとも残念じゃなさそうですね」
「いや、残念だよ。後に引き摺らないようにしているだけだ」
「…ディーノさんは、落ち込んだりします?」
「するよ。シャルロッテだってそうだろう?一緒だよ」
「だって、勇者なのに」
「それは称号だよ。僕の名はただのディーノだ」
「…なんで黒い服ばかり着るんですか?血がつくからですか?」
「ああ、セインから聞いたんだね。間違ってないけど、もうひとつ理由があるな」
「何ですか?」
「黒衣は勇者らしくないだろう?僕だってすこしは反抗したくなるのさ」