明けぬ夜
ざわざわとした喧騒と会場のホール全体に響く美しい音楽。周囲には仮面を被った大勢が居るのにまるでしんとした大きな空間に1人でいるかのような、そんな不思議な感覚。
「シャルロッテ。疲れたかな?」
獅子の仮面を被ったアレクの口元が笑う。そこを見るだけでも美男子と分かってしまう。…あの勇者ディーノと並び称される人だから当然だけど。
「そうね。そろそろ帰ろうかしら」
「ディーノは待たなくて良いのかい?
「ええ、お仕事ですもの。邪魔は出来ないわ」
「そうか、君は本当にディーノのことをなんとも思ってないんだな」
「…別世界の人だわ」
「それは僕のこともそう思っているということかい?」
「もちろん」
「ただの人間だよ。君と一緒だ」
「あなたが思っているだけよ。周りはそう思わないわ」
「君は周りの人に決められる人生を望むのかい?」
「…事実だもの。決められてはいないわ。ただそれが事実なだけ」
「君の艶やかな亜麻色の髪、菫色の瞳、妖精のようなその容姿、どこをとってもただの人間じゃなさそうだけど」
「茶化さないで。あなたは慣れているかもしれないけど、私は言われ慣れていないの」
「茶化してないよ。これもまた事実だ。僕達がそうであるように」
僕達?
「お前と一緒にするな」
「ディーノ、仕事は終わったのか?」
「シャルロッテ、帰ろう。馬車を用意してきた」
「流石に仮面舞踏会からはお得意のドラゴンで帰ろうという気にはならなかったみたいだな」
ククっと喉を鳴らしてアレクは笑う。
「…ここで死にたいなら叶えてやろうか?」
「勘弁してくれ。君に死なれたら依頼料も受け取れないじゃないか。大損するのは御免だね」
アレクはディーノの溢れる殺気を感じても涼しい顔だ。私は息が詰まりそう。本気の殺気って冷たく、息苦しくなってしまうものっていうのを初めて知った。
「ディーノさん、あの…」
ふっと辺りの空気が軽くなる気がする。我に帰ったようにディーノは微笑むと手を繋いできた。
「シャルロッテ、帰ろう」
「はい。…アレクさんありがとうございました」
「またね。シャルロッテ、今夜は楽しかったよ」
騎士の礼をしてアレクは口元だけで笑った。
「…シャルロッテ」
「はい」
馬車の中、規則正しい蹄の音を聞きながら眠りそうになっていた私に隣に座るディーノは言った。
「今日は悪かった」
そんなことを言われると思っていなかった私は面をくらってしまう。てっきり怒られると思っていたのに。
「…私も、ごめんなさい。ディーノさん」
月明かりに照らされ仮面を外したディーノの笑顔は、すごく優しかった。