伝説の勇者
ふわっと強い風が舞い降りた。
大きな黒いドラゴンが村の広場に舞い降りたのだ。そのドラゴンに乗った勇者、たなびく金髪と強い緑の目、吟遊詩人の唄の通り、すらりとした体躯の美丈夫だ。
「これはっ、よくこんな村においでくださいました」
村長が前に出て口上を宣べるのを片手で制して彼は言った。
「セインはどこだ」
「こ、こちらです、シャルロッテ、こちらへ」
私は慌ててちびドラゴンを連れて前へ出た。ちびドラゴンは知ってる顔を見て安心したのか早くも泣きそうだ。
勇者ディーノはちびドラゴンより連れてきた私の顔をしげしげと見やると言った。
「え、めちゃくちゃ可愛いな、君。彼氏とか居る?」
は?
「こんなところに僕の理想が服着て歩いているとは思わなかったよ」
(ディーノ、お姉さんがビックリしているよ)
「セイン、でかしたな。いきなり巣からいなくなった時は流石に驚いたが…これはお手柄だ。あとでお前の好きな林檎を買ってやろう」
(えー!嬉しい!やった!ディーノ、忘れないでね。父さんも聞いたでしょ。忘れてたらちゃんと言ってね)
(ああ、無事で良かった、セイン。心配したぞ)
いきなり渋くて格好良い声が頭の中で響く。多分彼を連れて来た立派な黒竜の声だろう。
「それにしても」
ディーノは周りを見渡した。あまり大袈裟にお迎えするのも無礼だろうと村民は最小限の人数に絞っている。
「まだろくに飛べもしないのになんでこんなところに居た。セイン」
(知らないよ。昼寝から起きたら居たんだ。このお姉さんが見つけてくれた)
セインが私の方を振り向いた。くるっと揺れる尻尾が可愛い。
(引き寄せられたか…)
「ジーク、なんだ?」
ディーノが大きな黒竜の方向を振り向く。さらっとした金髪が日の光を浴びて輝いた。
(この娘はおそらく竜の加護を持って生まれついている。セインはその相性の良い加護に引きつけられたのだろう。…恐らく連れ帰ってもまたこちらにお邪魔することになりそうだな)
(えっ、僕もう母さんや父さんと一緒に居れないのっ、そんな、いやだよ…)
(仕方あるまい。すこし早い巣立ちだが…ヴィクトリアにもこちらに来るよう伝えよう)
急に進んでいく会話に頭がついていかない。え?このちびドラゴンくん、私のところに居る流れになってない?
「それには手っ取り早い解決方法がある」
ディーノは自信満々で言った。
(なんだ、ディーノ)
「彼女が僕と結婚したら良いんだよ。セインもジーク達と離れなくて良いし万事解決だ」
私の方向を向いてウインクした。
ちびドラゴンが私の裾を引っ張る。
「え、嫌です」
つい出てしまった言葉に私は口を押さえた。
ちびドラゴンセインは心配そうに見つめているし、他の村民達は驚きすぎて固まっている。
余裕があるのは彼だけだ。ふーんと納得するように呟くと言った。
「そういうところも良いな」
(おい、ディーノ。無理強いは良くないぞ)
ジークが呆れたように言う。彼等にとってはよくあるやりとりなんだろうか?
いくら顔が美形でも出会ったばかりでちゃらけたことを言う人は嫌いだ。私は手を握りしめた。
「私はこの村から離れるつもりはありません」
「何故?」
畳み掛けるように問われる。強い緑の目がすこし怖い。
「…家族に病人が居るんです。ですからこちらを離れるのは難しいです」
「それが解決したら君もサンディガルの王都まで来ると言ってくれるかい?」
え、と目を瞬いた。
「治せるんですかっ?」
「まぁ、僕は一応勇者の称号を持っているからね、治せる伝手は用意出来るかもしれない。もちろん君の返答次第だが」
「治してもらえるのなら何処にでも行きます!」
私は思わず大きな声で言った。
長年病床に居る父の病気を治してあげられるのなら、なんでも出来る、と思った。
「よし、分かった。交渉成立だな」
綺麗な顔を綻ばせると握手を求めてきた。私はおずおずとその手を握った。