初めてのダンス
「ディーノ」
不意に声がした。柔らかで低めの女性の声だ。声の方を見やると可愛らしい猫の仮面を被った美しい王女だ。ふわふわの金髪と青い目が、ディーノと対の人形のようだ。
「…クラリス、すまない。もう少し向こうに居てくれないか」
「やあ、クラリス王女、お久しぶりです」
「アレク…白の騎士が何故こんなところに?あなたの仕えるラナトーンに居なくて大丈夫なの」
当たり前のようにディーノに寄り添ってクラリス姫は言った。
「僕はある程度自由裁量が認められている立場なもので。それに個人的な仕事もあるますからね。それで、この前からサンディガルにお邪魔しています」
優雅に王女に礼をすると、私の手を取った。
「本当に恋人達の逢瀬を邪魔してしまったようだ。これで失礼しますね」
「おい、アレク、シャルロッテっ」
「…ディーノ、待って」
王女に呼び止められたディーノと一瞬だけ視線を交わしてアレクにエスコートされるがままでその場を後にした。
「せっかくだし踊らないか、シャルロッテ」
「さっき言ったと思うけど本当に踊れないの。私、本当は地方に住む村娘なのよ」
「そんなの恋に落ちるのに何の関係ないよ」
「あなたが恋に落ちる可能性を言ってるんじゃなくて、本当に踊れないっていうことを強調したかったの」
その話題からずっと離れない軟派な騎士に私はちょっと呆れてしまった。
「冗談だ。僕がリードするから体を預けてくれるだけで良いよ。こんな席だし、他の連中もわざわざ注目したりしてないさ」
「…一曲だけなら」
私も本当は1曲踊ってみたいと思っていた。せっかくの舞踏会なのだ。どうせなら最大限楽しんでみたい。
すっと手を取られて、滑るように踊り出す。私も足の動きを合わせて、小声で教えられるままに踊り出す。
「そう、上手いね。シャルロッテ。君の初めてのダンスの相手は僕ということになるな。光栄だよ」
「ありがとう。アレクさん。良い思い出になったわ」
おや、というように片眉を器用に上げる。
「思い出にしないという選択肢もあるよ。僕ならこんな舞踏会なら、いつでも連れて行ってあげられる」
「良いわ。私はいずれ村に戻る身なの。こんな華やかな世界、似合わないのはよくわかっているのよ」
「…君は自分を知らないようだな」
「よくわかってるからこその言葉なの。私にはこんな華やかな場所は似合わないわ」
「そうかな。それを決めるのは君じゃないと思うけど」
燃えるような赤髪を揺らして白の騎士は微笑んだ。
「今はこの場を楽しもう。朝までの短く儚い夢から覚めるまで」