私の役割
「何もしなくても良いよ。もし何かしたいことがあるなら出来るだけ叶えてあげよう」
夕食の後、ディーノはにこりとしながら、言った。
「でも、こんな立派なお屋敷に住まわせて頂くのに、何もしない訳には…」
「僕の恋人とか、婚約者でも良いよ」
「それはお断りします」
「つれないなぁ、でもそういうところも良いね」
にこにことした笑顔を崩さない。整った顔が恨めしい。
(お姉さん、ディーノはすっごくお金持ちだから使用人もたくさん居るし、お姉さんのすることは多分ないと思うよ)
隣に座って赤い林檎をもしゃもしゃ食べているちびドラゴンが言った。
「でも、」
「もし良かったらだけど、」
ディーノが明るい目を輝かせて言った。
「あ、はい」
「僕、シャルロッテの手料理が食べてみたい。昼に家に居ることは少ないんだけど、その時だけでも作ってもらえるかい?」
「え?それだけで良いんですか?」
私はビックリした。ちょっとした料理なら村で住んでいた時にもしていたし定食屋ですこし働かせてもらっていたこともあるしお手の物だ。
「それと、狩りに行く時のお弁当も作って欲しいな。体が鈍らないようにたまにだけどね」
「わかりました」
(お姉さんは真面目だなぁ)
「そう?こんな家に住まわせてもらったり少なくないお給金を頂いたりするんだから当然よ」
私は泡立て器でカシャカシャと卵白を泡立てながら言った。
(ディーノはお金持ちなんだからみつがせておけば良いんだよ。あいつもそれを望んでいると思うよ)
「それはわからないわ」
(わかるよ、ダダ漏れだよ。お姉さんにベタ惚れだよ。すごい好きなんだと思うよ、ディーノ)
「そんなこと」
(あるの)
ピシャリと私の言葉を封じ込めるようにちびドラゴンは言った。
1人と1匹で同時にため息をついて笑う。
「勇者様ってなんでそんなにお金持ちなの?」
(ディーノだって報奨金目当てで仕事することもあるし…それになにより討伐した魔物の希少部位を売ればお金なんかすぐに出来るよ。あ、お姉さんそろそろちょっとだけ食べて良い?)
「ダメ。完成するまで待っててね…そうだ。ルクレツィアさんが昔パーティの仲間だったってどういうこと?」
(サンディガルのお姫様が魔王に拐われた時があってその時に4人でパーティ組んだんじゃなかったかな。古より生きてきた魔法使いと敬虔な神官長それに聖女と勇者)
「ふーん、そうなんだ」
(お姉さん、あの色ぼけ聖女気になるの?ディーノはまったく相手にしてないよ)
「色ぼけって…どこでそんな言葉覚えるの。もう」
(僕は見た目は幼く見えると思うんだけどもう人間で言う30歳は超えているよ。お姉さんよりずっと年上だ)
「えっ…そうなの?」
うん、と無邪気にちびドラゴンは頷く。
(巣立ちは50過ぎてからかな、一人前に認められるのは100歳過ぎてからだ。先は長いよね)
ちびドラゴンは欠伸して体を伸ばした。
「す、すごいのね。そんなに年上だとは思ってなかったわ」
(精神的にはお姉さんより大分幼いかもしれないけど、生きてきた年数が違うからね。お姉さんが知らないことも知っているかもしれないよ?)
「…なんでディーノさんはいつも黒尽くめなの?」
ああ、とちびドラゴンは尻尾を揺らした。
(どうしても血が付くからね。黒だと目立たないから)
「えっと、そんなに?」
(南の国の白尽くめの騎士と対抗しているって言われたこともあったみたいだけど、多分血が付くからいちいち服変えたりが面倒なんだと思うよ)
「白尽くめの騎士様って聞いたことあるような…」
(ディーノと一緒に会ったことあるけどなんかキザで嫌味な男だったよ。そいつは血で服を汚したことがないっていうのが自慢だったみたいだね。ディーノは相手にしてなかったみたいだけど)
「そうなんだ」
途中、上の空になりながらふわふわのパンケーキは完成した。




