六話 勇者の立場
「ホントに離して、イヤ、イヤァ!」
「その女性は嫌がっていますよ。即刻解放しないのなら私が手を出させてもらいますね。」
言い切る前から既に手を動かしており、男の腕を強く叩き女性を掴んでいた手を離させた。
それとこの子を安全な所に誘導しないといけませんね。とりあえず私が乗ってきた馬車に向かってもらいましょうか。
あ、でも預かっている力をお渡ししないといけません。
「お嬢さん、危ないからあっちの馬車に向かって逃げてください。あの馬車はあなたの味方ですから。」
そう言いながら、軽く頭を撫でるふりをして力を委譲する。
「は、はい!ありがとうございます!」
この状況に呑まれることなく、即座に走り出してくれたことに安堵する。そして、面倒なこの状況を作り出したこの男はどうしようかと振り返る。
「貴様!何をする!」
あれ?でもこの人のおかげで自然にセイゲンさんから離れることができたからその点は感謝しないといけません。ですが女性を襲おうとしたことの方が悪いですからやはり少し痛い目をみてもらいましょう。
「お前が邪魔をしたから、珍しい奴隷を手にいれ損ねたではないか!」
うーむ。身体能力がどれほどかわかりませんし、ここは魔術を行使して対処しますか。
となると昔、暴漢対策に最適だという謳い文句で発表された術式を引用しますか、えっと名称はスタンでしたね。
「おい、聞いているのか!」
「ええ、聞いていますよ。暴漢さん?【スタン】」
バチっと右手に発現させた魔術を暴漢?に放つ。
すると、暴漢?は脂肪が重しとなっているようで、【スタン】を避けられなかった。
まあその結果、意識だけを刈り取ることが目的の術式だったので気絶し地面に大の字でハグしている。
狙い通りの威力だったことに少しの喜びを覚える。だが今ならセイゲンさんから逃げれることに気づき、勇者が無事保護されたのをチラッと確認したのち転移魔術を発動させる。
浮遊感がなくなり、地面に立っている感覚を得たことで、転移魔術が発動し終わったことを感じ、
目的地に設定したあの召喚陣の上にいるか確認する。
よし、合っています。ですが人がいるとは予想していませんでしたね。
まだこちらに気づいていないようで、床の魔法陣に何か置いているローブ姿の人が2人。
「それにしても、毎回毎回召喚用の魔石を交換するのもめんどくさいよな。」
「まあ、そうだが下っ端の俺らにはこんな仕事ぐらいしかさせてもらえないからしょうがねえよ。」
「にしても、今回は男が召喚されたから次は女がいいな~。」
「確かにな、召喚される者は大体整った顔立ちだから眼福だし。もしかしたら召喚されてすぐの不安な状況で俺を頼ってくれたりしないかな~。」
「それはないな。てか、すぐ国か幹部様に囲われるから全く接点ないしな。」
彼らの不注意さに感謝しつつ、話の内容から頻繁に召喚をしているのが伺える。
それにこの様子だと勇者の扱いはあまり良くなさそうですね。便利な駒扱いをされている可能性が高いです。
とりあえず、どちらかを気絶させてもう片方から話を聞かせてもらいましょう。
【スタン】は便利なものです。距離に関係なく一定の効果を果たしてくれるので簡単には制圧できました。
軽く脅しただけで、色々と話してくれた男にお礼として【スタン】を浴びせ、得た情報を整理する。
まず、召喚は多いときは一日に二回することもあるが、大体は触媒の魔石が揃ったときにするそうです。
魔石はモンスターから入手するものと鉱石のように埋まっている物があるとのこと。
召喚された者は、エリーやその他の聖女見習い、もしくは教会の幹部などが気に入った見た目の者は教会が囲み、それ以外は国に引き渡しているそうだ。
エリーはその中でも、国のこと世界のことを考える派閥の者らしくほとんど国に勇者を引き渡しているとのこと。
国に引き渡された勇者は、最近勇者軍として、独立した部隊が創設されたらしくほとんどの者はそこに所属している。
魔王率いる魔族の進攻を阻止するべく国境では常に小競り合いや中規模の争いがあるらしい。
だが、この聖国の首都には一度も攻めてこられたことはないため、あまり実感はないらしい。
そもそも、世界の危機として、隣国の帝国から大軍が動員されているため、聖国自体の民は派兵されていないところが大きいと言っていた。
それに、この聖国は王権は神が与えたものという考えが強いらしく、国王よりもエリーら教会幹部の方が立場は上のようだ。
かなり情報を得られたけれど、気になることは多いですね。
とりあえず、勇者軍とやらに一度接触してみましょう。
この体の設定を地球の日本人として潜り込もうとしていたままで変更し忘れていたのでちょうどいいでしょうし。
確か居場所は冒険者ギルドの一角を借りて本部を設置していると言っていたので冒険者ギルドに向かいますか。
教会から逃げ出してきた召喚者だとでも言えば会わせてくれませんかね~。